マロニエ君は、長いことピアノの鍵盤蓋の中央に埋め込まれたメーカー/ブランド名のロゴマークは、どうすればあれほど見事に木の中に金属を美しく埋め込むことができるのか、ただただ不思議でなりませんでした。
もし彫刻刀のようなもので木を削り、そこに曲線も多用される金属の文字を首尾よく埋め込むのだとすると、なんとすごい技術だろう!…というか、その完璧な技術とはいかなるものなのか、考えれば考えるほどまったくの謎でした。
とりあえず単純な想像としては、箱根の寄木細工のような細密な作業かと思ってみたこともありました。
しかし、ベーゼンドルファーの複雑で装飾的な文字、スタインウェイのほとんど細い曲線だけで出来ている琴のマークなど、あれをあの形のままに木を削って、そこへぴったり金属を埋め込むなどということが果たしてできるのか、できるとしたら、それはどれほどの高等技術であるのか、まるで想像ができなかったのです。
で、シュベスターを依頼している職人さんにそのことを聞いてみると、彫って埋め込むという手法もないわけではないけれど、大半は文字やマークの金属を所定の位置に並べて貼り付け、その金属と同じ厚みになるまで塗装を重ね、しかる後に面一になるまで磨き出すのだということを聞いて、あー、なるほどそういうことか!…ということで、長年抱え込んでいた不思議の答えがようやくにして解明されたのでした。
やはり浮世絵の彫師じゃあるまいし、木を彫っていたわけではないようです。
エラールの繊細な線など、あれをいちいち彫っていたとしたら人間技じゃありません。
木ではなく、塗装の厚い膜の中に埋まっていただけということなら納得です。
さらに付け加えると、それが年月とともに木が痩せてくる、あるいは塗料が痩せてくるなどの理由で、文字の周りが微妙に下がってくることがあるのだとか。
そういわれたら、新品のピアノの鍵盤蓋のロゴマークって、ほとんどあり得ないほど、異様なまでにまっ平らですもんね。
それが時間とともに、そこまでではない感じになるのも頷けました。
ただ、木目仕様の場合、透明のクリアだけを塗り重ねるのか、艶消しの場合も同じ手法なのか等々…疑問はあとからあとから湧いてきます。
輸入ピアノの古い木目仕様の中には、どうみても書き文字やデカールでは?というような、あきらかに金属ではないものもあり、そのつどやり方を変えているのかもしれません。
そういえば、ピアノのフレームに刻印されたメーカーのマークやロゴなども、いつだったか、砂型にその凹凸があるものだとばかり思っていたマロニエ君でしたが、あとからマークや文字プレートを貼り付け、上から塗装していかにも「もともと」みたいに見せるのだということを知るに及んで、たいそう驚いたというか、半分納得しながら、半分騙されたような気分になったことがあります。
それなら、同じ型から作られるフレームでも、マークやモデル名だけ変えて、さもそのピアノ/メーカー専用のフレームであるかのように見せかけることはいくらでも可能ですね。
というようなことから考え合わせると、以前あったディアパソンのフルコンも、ボデイは(カタログですが)見事にカワイそのものだったから、当時のGS-100あたりのフレームを使ってマークのところだけディアパソンのを貼ったのかも…、そういうふうにして作られたのかと思うと、なにやらちょっと価値が下がったような気がしたものです。
むろん、量販の見込めないコンサートグランドの設計をして、専用のフレームを作るということなど、よほど赤字覚悟の道楽でもない限りできることではないですが。