父から子へ

先日の日曜のこと、ちょっとした用があって郊外まで友人と出かけた帰り道、夕食の時間帯となったので、どこかで食べて帰ろうということになりました。

ところがマロニエ君も友人も外食先として思いつくレパートリーをさほどが多くもたない上、前日も数日前も外食だったので、同じものは嫌だし、日曜ということもあって、どこにするかなかなか思いつきません。
あれもダメ、これもイマイチ…という感じで、どうも適当なところがないのです。

やむなく行き先が定まらないまま車を走らせていると「餃子の王将」のネオン看板が目に入り、いっそここにしようかということになりました。
しかし幹線道路に面したそこはかなりの大型店舗であるにもかかわらず店内は超満員!
ガラス越しに待っているらしい人が大勢見えるし、駐車場も止められない車がハザードを出して待機しているため、ここはいったんスルーすることに。

そこから車で10分ほどの国道沿いにも同じ名の店があったことを思い出し、そちらへ向かうことに。
こちらも駐車場は満車に近かったけれど、なんとか1台分のスペースは探し当てたし、すこし外れた場所であるぶん店内の混雑も先ほどの店舗よりいくらかおだやかでした。

少し待って席に案内され、さあとばかりに分厚いメニューを開こうとすると、すぐ横からやけに大きな話し声が聞こえてきました。
父と若い息子の二人連れらしく、父親のほうがさかんにしゃべっていて、息子は聞き役のようでした。
いきなり、
「ま、お前も、野球して、大学に入って、オンナと同棲して、今度は就職だなぁ!」と感慨深げに言いますが、その父親の横は壁で、それを背にこっちを向き、通りのいい大声でしゃべるものだから、困ったことに一言一句が嫌でも耳に入ってくるのでした。

マロニエ君は一応メニューを見ていたのですが、その父親から発せられる奔放な話し声が次から次に聞こえてくるのでなかなか集中できません。
友人もマロニエ君がこういうことに人一倍乱されることを知っているので、困ったなぁという風に笑っています。

こういうあけすけな人が集まるのも「餃子の王将」の魅力だろうと思いつつ、店員が注文をとりにきたので、まず「すぶた」と言おうとした瞬間、さっきの「オンナと同棲して」という言葉が思い出されて、可笑しくて肩が震え出しました。
気を取り直してもう一度「すぶた」と言おうとするけれど、笑いをこらえようとすればするほど声が震えて声にならず、それを察した友人がすかさず代ってくれて、無事に注文を終えました。

その父親は、自分が務めた会社をあえて「中堅だった」といいながら、自分がいかに奮励努力して、同朋の中でも高給取りであったかを、具体的な額をなんども言いながら息子に自慢しています。
「だから心配せんでいい!(たぶん学費のこと)」というあたり、なんとも頼もしい限りで、大学生と思しき息子も自慢の父親であるのか、そんな話っぷりを嫌がるどころか、むしろ殊勝な態度で頷きながら食べています。

「お前の野球は、無駄じゃなかったよ。それがいつかぜったい役に立つ筈。」と励ますことも忘れません。

そのうち父親の話は、人間は海外へ出て見聞を広げなくてはならないといった話題に移っていきました。
自分がそうだったらしく、いかに数多くの海外渡航を経験したかをますます脂の乗った調子で語りだし、同時に息子の同棲相手の女性が一度も海外旅行を経験したことがないということを聞いて、そのことにずいぶん驚いたあと、いささか見下したような感じに言い始めました。

「ま、最初は釜山に焼き肉を食べるのでもいいんだよ、まずは行ってみろ」というような感じです。
日本にだけいてはわからないことが世界には山のようにあるんだということが言いたいようで、それはたしかに一理あるとも思えましたが。

翻って自分はどれだけの国や都市、数多くの海外経験を積んだかという回想になり、これまで訪れた行き先の名が鉄道唱歌の駅名のようにつぎつぎに繰り出しました。ずいぶんといろいろな名前が出ましたが、どうも行き先はアジアの近隣諸国に集中しているようで、訪米の名は殆どなく、唯一の例外は「ハワイだけでも21回は行ったなあ…」と誇らしげに、目の前で焼きそばかなにかを頬張る息子に向かって言っています。

はじめはよほど旅行が趣味のお方かと思っていたら、どうやらすべて仕事で「業務上、行かされた外国」のことのようでした。
さらに、「ホテルはヒルトン…シェラトン…ほとんど5ツ星ばかりだった。そういうところに行かんといかん!」と、最高のものを知らなくちゃいけない、安物はダメだ、お前もそういう経験ができるようになれよという、陽気な自慢と訓戒でした。

海外ではずいぶんたくさん星のついた高級ホテルばかりをお泊りになった由ですが、いま息子とこうしている場所は「餃子の王将」というのが、マロニエ君からみれば最高のオチのようにも思えましたが、それはそれ、これはこれというところなんでしょう。
終始悪気のない単純な人柄の父親のようで、久しぶりに会った息子に、父の愛情と威厳を示す心地良い時間だったようでした。

さらに驚いたのは、息子も父親の話に気分が高揚してきたのか「そんな仕事がしてぇ!」と言い出す始末で、ここでマロニエ君は思わず吹き出しそうになりましたが、食事をしながら、真横からどんな球が飛んできてもポーカーフェイスというのは、かなりスタミナのいる時間でした。
それにしても今どき珍しい、父子の麗しき姿を見せられたようでもあったことも事実です。