作業終了

ヤフオクでシュベスターを落札したのが2月の下旬。
それから運送の手配をして、福岡に到着したのが3月上旬、さらにそれから約2ヶ月が経過しました。
仕上がりがいつ頃になるのか、はじめは少しでも早くと思って気を揉んでいましたが、途中からどうもそうはいかないらしい気配を悟ってからは半分諦め気分に突入。
それが、ついに「できました」という一報を受けるに至り、ゴールデンウィークの最後の日曜の夜、工房に見に行ってきました。

全身のあちこちに認められた細かい凹み傷等はパテ埋めして直し、塗装も必要箇所は塗り直しをして、蝶番やペダルなどの金属類もピカピカとなって見違えるようにきれいになりました。
2ヶ月というのが妥当かどうかはともかく、ここまででも大変な作業だったろうと思います。
ただし、ボディのあちこちを走り回る塗装ヒビだけは磨いても消えることはなく、これだけは如何ともし難いものでした。

どうしても直したい場合は塗り直しをすれば可能なのですが、以前も書いたようにこの職人さんは、古いものの味わいに敏感で、そのあたりの感性というか美意識を持っておられます。
その方の意見によると、このヒビはこのピアノの味として残しておいても悪くはないんじゃないかということで、マロニエ君も冷静に考えてみましたが、古いピアノの塗装だけ(中まで全部オーバーホールするのならともかく、外側の見てくれだけ)を新しくするのも見方によっては物欲しそうでもあるし、言われている意味も自分なりに納得できたので、美しくはしてもらうけれど、ヒビはそのままにすることにしました。

いちおう整音と簡単な調律も終えた状態ということでちょろちょろっと弾いてみたのですが、その音の良さには想像以上のものがあり、シュベスターが一部の愛好家の間で根強い人気があるらしいのも大いに納得できるものでした。

技術者の方も言っていましたが、「このピアノは僕がいうのもなんですが、塗装とか外装はどうでもいいというか、べつに(マホガニーの木目ですが)黒でも良かったんじゃないかと思う」と斬新なことを言われます。
それほど、このピアノの価値は音そのものにあるのであって、だからそれ以外は大した問題じゃないという意味のようでした。

マロニエ君は普通は音だけでなく、外観も結構気にするミーハーなんですが、たしかにこのピアノに関しては彼の意見が何の抵抗もなくすんなり気持に入ってきたのは、それがいかにも自然でこのピアノに合っていると思ったからだと思います。
このピアノは、その固有の音色やふんわりした響きを楽しみながら弾くための楽器であって、それ以外のことは二の次でいいと思わせる人格みたいなものを持っている気がします。

重複を承知で書きますと、シュベスターのアップライトはもともとベーゼンドルファーのアップライトを下敷きにして設計開発されたそうですが、悲しいかなマロニエ君はベーゼンドルファーのアップライトはむかし磐田のショールームでちょっと触ったぐらいで、ほとんどなにも知りません。
むろんシュベスターはベーゼンのような超一流ではないけれど、独自の繊細さや優しげな響きが特徴だというのは確かなようだと思いました。
繊細といっても、けっしてか弱いピアノという意味ではなく、音に太さもあるけれど、それが決して前に出るのではなく、あくまでもやわらかなバランスの中に包み込まれる全体の響きのほうが印象に残ります。
少なくとも無機質で強引な音をたてる大量生産ピアノとはまったく違う、馥郁としたかわいらしい音で、弾く者を嬉しい気分にさせてくれます。

大別すればベーゼンドルファーはオーストリアなのでドイツ圏のピアノということになるのかもしれませんが、シュベスターはもっと軽やかで甘さもあり、こじつければちょっとフランスピアノ的な雰囲気も持ち併せているように思いました。
このあたりはプレイエルに憧れるマロニエ君としては嬉しいところですが、それはあくまで勝手な解釈であって、本物のプレイエルはまたぜんぜん別物だとは思いますけど。

その点でいうと、以前愛用したディアパソンはあくまでも堅牢なドイツピアノを参考としながら昔の日本人が作ったという感じがあり、その音色の一端にはどこか昭和っぽい香りがあったように思います。(現行のディアパソンには昭和っぽさはありません、念のため)

シュベスターの特徴とされる北海道のエゾ松響板のおかげかどうかはわかりませんが、量産された響板をなにがなんでも鳴らしているという「無理してる感」がまったくなく、どの音を弾いてもほわんと膨れるような鷹揚な響きが立ち上がって、楽器全体がおっとりしているようにも思いました。

不思議というか幸運だったのは、塗装面にあれだけヒビがたくさんあったにもかかわらず、肝心の響板は、ずいぶん細かく点検していただきましたがどこにも割れのようなものはなく、楽器としての肝心な部分は望外の健康体を保ってくれているということでした。

あと技術者さんが言っていたことですが、すごくしっかり作られていたということ。
塗装の修正をしたりパーツ交換したりする際に、あちこちの部品を外したり分解したりするそうですが、それが通常のピアノに比べてずいぶん大変だったらしく、そのあたりにも手造りピアノの特徴なのか、製作者の良心のようなものが感じ取れる気がしました。

まだ自宅に納品されていませんから、実際に部屋に入れてみてどんな印象を持つかは未知数ですが、なにしろヤフオクで実物も見ず、音を聴くこともせずいきなり入札するという、ピアノの買い方からすればおそらく最もやってはいけない入手方法であって、いわば禁じ手のような買い方をしてしまったわけですが、そんな危険まみれの購入にしては、覚悟していたよりずっといいものだったようで、とりあえずラッキーでした。