シュベスターが納品されました。
調律がまだなので本来の状態とは思えませんが、それでもとても軽やかによく歌ってくれるピアノだと思います。
とくに中音から次高音あたりは、柔らかでデリケート、華やかでくっきりした輪郭があって、ピアノがもっとも旋律を奏でることの多い部分が美しいピアノだと想います。
もちろん個体差があるでしょうし、何台ものシュベスターを経験したわけでもないから、他の個体がどうなのかはわかりませんが、少なくとも我が家にやってきたピアノに関していうと、ゆったりした曲を、デリケートに弾けば弾くほど、このピアノの懐の深さというか、得意とするところがどこまでも出てくるように感じました。
スタインウェイのような第一級品は別ですが、いわゆる大量生産のピアノは、アスリート的なテクニックをもった人ができるだけバリバリ弾いたほうが演奏効果が上がるように思うし、ピアノの価値もそういうときにでるようで、あまりタッチのこだわりとか、音色の変化の妙、ピアニシモの聴かせどころという部分ではとくに特徴らしきものが出るようには思いません。
その点、シュベスターはフォルテがダメというわけではないけれど、繊細なものを求めていくときのほうで本領を発揮して、どんなに柔らかく小さく弾いても音楽的なテンションを決して失わないところは素直に凄いなあと思います。
同じ曲でも、早めにさっさと弾くより、よりゆっくりと、より注意深く、気持ちを込めて弾けば弾くほど、納得の仕上がりになるのは素晴らしいと思うし、これがマロニエ君の好きなタイプのピアノです。
ただし、つい先日、工房というか倉庫で弾かせてもらったときと、我が家で弾いてみて最も違う点は「響き」の特性だと思いました。
これはシュベスターの問題というより、アップライトピアノ全般が共通して抱える問題のように感じます。
広い空間では、アップライトピアノの後ろ部分は広い空間に向けて開放されているので、そこからきれいに抜けたような響き方をしますが、通常の家などではアップライトは後ろに大きな空間をとって設置することはまずなく、大抵の場合、後ろ部分を壁にかなり寄せて置くスタイル(ほとんどくっつけると言ってもいい状態)となります。
そのため、楽器から最もダイレクトに出てくる音を、もったいないことに壁で塞いで、そこがいつもフタをしたような状態になってしまうようです。
グランドで言えば、お腹から下の部分に当てものをしていつも閉めきっているようなもので、これでは本来の響きを発揮させることはできませんが、かといってアップライトをわざわざ壁から話して置くというのも、欧米人の住むような広い部屋ならともかく、普通は現実的になかなかできることでもないでしょう。
だいいちそんな広い空間があれば、やはりグランドでしょうし。
つまり、アップライトはグランドに比べて、常に響きという点で設置環境で大きなハンディを背負っているというべきかもしれません。
書き忘れていましたが、個人的に「この」シュベスターの魅力のひとつだと思うのがタッチでした。
アップライトはみなストンと下に落ちるタッチ感かと思っていたら、あにはからんやコントロール性があり、音色変化がつけやすいのです。
それはとりもなおさずタッチに一定の好ましい抵抗があるということです。
この好ましい抵抗があることによって、奏者はタッチのコントロールが効くのですが、技術者さんの中にはなめらかで軽いタッチがいい、もしくはそうであることがみんなに好まれると信じこんで、まるで電子ピアノのような軽いペタペタのタッチにしてしまう場合があります。
そういうペタペタ感の無いことは麗しい音色と相まって、シュベスターを買ってよかったと思える部分です。
さらには気になっていたヒビですが、技術者さんの言われる通り、自室に入れてみるとほとんど気にならないレベルであることがわかり、これを無理して修理したり塗り直したりしなくてよかったとしみじみ思いました。
ときどきは人の言うことにも素直に耳を貸すべきですね。
こう書くといいことずくめのようですが、低音にはいささか不満が残りました。
まともな調律がなされていないので、現時点で結論めいたことを言うべきではないかもしれませんが、単音ではそれほど悪くないけれど、重音・和音になったときのハーモニーがあまりきれいではなく、このあたりは改善の余地があるのか、こんなものなのか現在のところ未知数です。
とはいえ、弾いていてとても豊かな気持ちになれるピアノで、これは楽器としてまず大切なことだと思います。
それともうひとつ気に入っているのは鍵盤蓋に輝く「SCHWESTER」という文字で、字面といい書体といい、なんともいえない趣がありますし、正直をいうと日本のピアノで、これほどいいと思えるのはひとつもありません。
音とは直接関係ないことですが、こういうことってマロニエ君は意外に大切だと思います。