関西ピアノ旅

ほんの数日間ですが、関西まで行ってきました。

目的はいくつかあったけれど、そのうちのひとつは知人が昨年買われたスタインウェイを見せていただくということでした。
大阪の地理にはまったく不案内なので、乗るべき電車と駅名を教えていただき、その通りに行って見ると改札を出たところに知人が待っててくれました。

まずは大阪らしく「二度漬け禁止」の串かつで食事をし、それからご自宅に伺いました。
部屋にお邪魔すると、気品あるつや消し塗装を纏ったModel-D(コンサートグランド)が鎮座しています。
すでに大屋根を開けておられたので、まるで巨大な黒い怪鳥が羽を大きく広げているようでした。

雑談を交わしながら、知人が弾かれるのを聴かせていただいたり、こちらも少し弾かせてもらったりという時間を過ごしましたが、とにかく素晴らしい能力を有するピアノでした。シリアルナンバーが38万台という、ハンブルクスタインウェイの黄金期と言われる時代のピアノで、全体にまろやかで太い音、低音に至ってはピアノも空気も震えるように深く鳴り響き、さすがと唸らされる点が随所に確認できました。

スタインウェイにも世代ごとの特徴というのがあり、この38万台というのは西暦でいうと1960年代の前半にあたり、ルビンシュタインやアラウの絶頂期にも重なるし、壮年期のミケランジェリ、あるいは若いポリーニやアルゲリッチが世に登場して唖然とするようなスーパーピアニズムで世界を驚かせた、あの時代です。
このころのスタインウェイは、後年のようなブリリアント偏重の音色ではなく、ピアノが持っている豊かな潜在力で音楽を自在に表現し、弾く者・聴く者の魂を揺さぶった、いかにもピアノの王道らしい豊かな響きがあふれていると思います。

いわゆるキラキラした音ではないのに、まぎれもないスタインウェイサウンドはしっかりあって、この時代のスタインウェイが今日の同社の名声を不動のものにした(少なくともハンブルク製では)といっても良いかもしれません。
マロニエ君の下手な表現でいくらあれこれいってもはじまりませんが、音の中にたっぷりとした「コク」のある佳き時代の本物の音です。

とくにイメージするのは、アラウの演奏でよく耳にする肉厚で、温かくて重厚、そしてなにより美しく充実感のあるあの音でした。
今のピアノのように、基音は細いのにキラキラ感ばかり表に出したり、パンパンとうるさく鳴らすだけの表面的な音とはまったく次元の異なる、まさに設計・材料・思想なにもかもが理想を追求できた時代のピアノでしょう。

こんなピアノに触れられただけでも、大阪まで行った甲斐がありました。

また、せっかく大阪まで来たことではあるし、実はこれまで一度も行くチャンスのなかったカワイの梅田ショールームにも足を伸ばしてみました。
こういうところに行って、買いもしないのにありったけのピアノを弾いてまわる勇気など持ち合わせない小心者のマロニエ君なので、ちょっとだけとお店の方に断ると快諾を得たので、ガラス張りの試弾室?の中にズラリと並んでいるうちの、GX2(だったか)という、レギュラーシリーズの小さめのグランドに少し触れてみましたが、さすがにメーカーのショールームに展示されているピアノだけあって調整もよくされているし、音にも良い意味でのおろしたての美しさがありました。なによりすべての動きにやわらかい膜がかかったような新品アクション特有の繊細でなめらかな弾き心地には素直に感動しました。

背後から店員の方が静かに近づいて来られて「よかったらあちらのシゲルカワイもどうぞ」と言われ、云われるままついて行くととなりにある小さなサロンのようなところのステージにSK-7が置かれていて、どうぞこれを弾いてみてくださいと言われました。
これまでシゲルカワイはSK-6までの全機種と、SK-EXしか弾いたことがなかったので、むろん恥ずかしさもあったけれど、ある意味スタインウェイなどよりも触れるチャンスの少ないSK-7だと思うと、ここで遠慮をしていては稀有なチャンスを逃すことになるだろうと思い、恥を忍んで少し弾かせてもらいました。

いかにも現代的で、ブリリアントで、まるで上質な洋酒のようで(マロニエ君は下戸ですが)、SK-6よりずいぶん格上な感じがしました。これはもう高級品の部類だと思ったのも道理で、お値段も約600万円也だそうで、さもありなんという感じでした。

ただ、梅田ショールームは有名なわりには想像していたほどの規模ではなく、福岡の太宰府ショールームのほうが台数や種類もあるような気がしたのですが、なにしろ大阪のど真ん中という場所柄でもあり、やみくもに広くはできないのかもしれません。
でもとってもすてきなお店でした。

最終日は、せっかくついでに神戸のヴィンテージスタインウェイで有名な日本ピアノサービスにも立ち寄りました。
マロニエ君はここに行くのはもう3度目か4度目だと思いますが、先代がお亡くなりになってからはじめて伺いました、
あのカリスマ性をもった先代がおられない店はどうなっているのかとも思いましたが、ご子息方がこの店の理念と精神を何一つ変えることなくがっちりと受け継がれており、置いてあるピアノもあいかわらずの名品揃いで、ようするに良いものは何も変わっていませんでした。

先代が最後にニューヨークに行かれた際に買ってこられたという、ジュリアード音楽院にあったというDはニューヨーク・スタインウェイにしては珍しい艶出し仕上げでしたが、まんべんなく良く鳴るし、なんともいえずリッチで深い音がして、まさに文句なしの1台という印象。
またその傍らに置かれた、A3(A型のロング、現在生産されていない奥行き約200cmのモデル)も言われなければB型と思ってしまうほど良く鳴るピアノで、音よし響きよし、バランスに優れ品格もあるというあたり、「ああ持って帰りたい」と思うようなミドルサイズの1台でした。

新品のピアノにはむろん新品にしかない良さがあり、それを否定するものではありませんが、やはり個人的に深く惚れ込んでしまうというか、魂をもって行かれそうになるのは、マロニエ君にとっては古い時代のピアノのようです。
潜在力のある古いピアノに、最高の整備と調整を惜しみなく施す、これがピアノの理想のような気がしました。

いろいろありましたが、ピアノに関しては収穫多き旅でした。