うれしい変身

シュベスターの調律を含む、各種調整をやっていただきました。

前回書いたように、音の良さも霞んでしまうほどに納品後の調律は乱れ、タッチもバラバラ、ペダルのタイミングも過剰気味で、せっかくの日本屈指の手造りピアノであるはずなのに、それらしき片鱗はあまり感じられない状態でした。

これまでのグランドの調整経験からしても、この状態が気落ちよく弾けるようになるまでには、相当の時間が必要だろうし、それでもどうなるかは保証の限りではなかったので、事前に技術者さんにメールをし、納品から10日ほど経っての印象、とりわけ問題と思われる箇所等を書き出して具体的に伝えることにしました。

そのほうが技術者さんにこちらの不満点というか、希望を文書で伝えることができるし、そういう心づもりで来ていただいたほうが、いきなり伝えるより良いだろうと思っての配慮でもありました。
図らずも長文になったメールに対して届いた返事は、たったの一行「メール確認致しました。〇〇日(約束の日)に調整しますのであと少しおまちください。」というもので、これにまずひっくり返りました。

普通の調律師さんなら、いろいろな説明やらなにやらで、当方を少しでも安心納得させるようなことをいくらかは書かれるのが普通ですが、このシンプルさはまるで結果しか興味のない武士のようでした。
とはいえ、ご本人はとてもあたりの良い、優しい素晴らしい人柄の方なので、文章になると一転してそういうふうになる男性っていますから、まあともかく約束の日を待つことにしました。

当日、ピアノのある部屋に案内したあとは、メールを出していることでもあるし、技術者さん側からもとくに質問たしきこともないので、直ちに作業開始となりました。加えて驚いたのは「グランドは多少時間がかかりますが、アップライトの場合はだいたい2時間ぐらいで終わると思います。」と、いともすんなりいわれたこと。
えっ!?ほんとうに!?

まあ、こちらとしては結果が良ければ途中経過はどうでもいいわけで、まずはやっていただく事になりました。

冒頭にも書いたようにタッチはバラバラで、だいたい白鍵は50kg以上、黒鍵に至っては60kg以上もあって、弾きにくいといったらないし、しなくてもいいミスタッチをしたり、出るべき音がでない、逆に必要以上の強い音が出るなど、要するに乱れまくっていました。
また右ペダルもちょっと踏んだだけで過剰反応し、ほとんど調整らしきものが効かずにワンワン響くだけだったし、調律に至ってはただ唸りが出ているというレベルではなく、素人でもわかるほどあちこちの音が1/4ぐらい下がっていたりと、まあとにかく散々だったのです。

作業開始から2時間ほど経った頃、「すみません、もう少し時間がかかりそうです」といわれ、こちらも「そりゃそうだろう」と思いましたが、プラス1時間ほど経ったころ別室にいると携帯に電話が鳴り、「だいたい終わりました」と言われてまたびっくり。
部屋に行くともう片付けに入っています。
お定まりの「どうでしょう、ちょっと弾いてみてください」と言われ、ちょっと鳴らしてみると、「えっ、これが同じピアノ!?」というほど音からタッチから、何もかもが良くなっていて、ただもうびっくり仰天でした。

無論調律をしているので音程が揃って気持ちいいのは当然としても、音色ものすごく良くなっているし、タッチは全体になめらかで均一で、コントロールも効くしとても弾きやすくなっていました。
ペダルも踏んだ感触と効き方がリニアになっているし、あれだけの問題をこんなにすんなり解決できるというのは、マロニエ君の長いピアノ生活の中でもまったく初めての経験でした(翌日経ってみると、鍵盤のダウンウェイトは平均して50kg前後にきれいに収まっていて、いやはやお見事!)。

この方の技術が特別なのか、あるいははじめに言われたようにアップライトはそれほど調整に手間暇がかからないのか、そのあたりのことは今だ不明ですが、いずれにしろこんなに驚いたことはありませんでした。

それと、ときどき仕上がり具合を確かめるためか、ジャズ風な曲を試し弾されているのがドア越しに聴こえるときが幾度かありましたが、その音の美しいことは思わず立ち止まるほどで、これがシュベスターたる所以かと感銘を受けました。
決してエッジの立った音ではないのに、色艶があって、どこまでも澄みわたった美しい音色は、これまで一流品以外のピアノからはついぞ聴いたことのないもので、たしかに上質な音であるばかりか、きわめて音楽的なのです。

自分で弾いても、楽器を弾いているという実感がたえずあり、弾くごとに心が刺激されところは特筆に値するピアノだと思います。きれいなような音は出るけれども心の通わない大量生産品とは、ここがまったく違うところだと思いました。
個人的にシュベスターはかなり自分の好みに合うピアノのようです。