一瞬の悪夢

いささか滑稽な話ですが、人間はいつ何時、どんな目に遭うかわからないという経験をしました。

日曜の夕方、外出する前に車の窓を拭こうとしてバケツに水を溜めようとしたときのこと。
我が家のガレージの水道には、洗車のために長い巻取り式のホースリールを取り付けています。

そのホースは先端を回転させることにより、水の出方が4種ほど変化するようになっているものですが、それをいちいち動かすのも面倒なので「シャワー」の位置のままにしていたのです。
この日はちょっと急いでいたため、つい蛇口をひねる量が大きめだったのか、はじめバケツ内でおとなしくしていたホースが突然、コブラの頭のように動き出し、すぐ脇で窓拭き用ウエスの準備をしていたマロニエ君に向かって、盛大にシャワーの雨を浴びせかけました。

この予期せぬ事態に、もうびっくり仰天!
外出用に着替えていた服は上下とも無残なまでにびしょ濡れとなり、おまけに動きまわるシャワーヘッドを追いかけているうちに、水は目の前にある車にも容赦なく水を振りまき、車も1/3ほどがびしょびしょです。

というわけで、人も車も仲良く水浸しとなりました。
服のほうはというと、とてもちょっと待ったぐらいで乾くようなレベルじゃないので、一旦家に戻って全部着替えるほかはありませんでしたが、急いでいるときに限ってこんな理由で着替えをするときの、なんと情けなかったことか!

この日は梅雨にもかかわらず、せっかく雨は降っていなかったのに、車の左側はたったいま雨の中を走ってきたかのように屋根まで水滴だらけで、このときは笑う余裕もないほどでした。車のほうは普通なら放っておくところでしょうけど、雨水と違い、水道水は放置すると塗装のシミになるので、マロニエ君としてはそのままということができず、ここから車の水の拭き取り作業までやるハメに。

途中、何度かバケツの水でぞうきんを洗いますが、腰をかがめたときにビビーッと針で刺すような痛みがあることが判明。
はじめは大して気にも留めなかったけれど、何度やってもあきらかで、しかもその痛みは決して小さいものではなく、シャワーがこっちに向かって攻撃してきたときにあまりにも慌てて、ふだんあり得ないようなアクションでのけぞったのが原因だというのはあきらかでした。

これは困ったことになったとは思ったけれど、まあそのうち治るだろう…というか治るのを待つしかないわけで、とりあえず人との約束もあり出発することに。
運転中はシートに身体も収まっているのでわかりませんでしたが、40分ほどで目的地に到着、車を降りようとしたときに初めて猛烈な激痛が体中を貫きました。
右足を地面に出して立ち上がろうとすると、その痛みもさることながら、まったく力も入りません。
やむを得ず両足を外に出し、友人の手助けで両手を支えてもらいながら、数分間かけてやっとの思いで車の外に這い出すことができましたが、激痛は収まらず、支えがなければその場に立っていられないほどでした。

これでは歩くこともままならず、ゆっくりゆっくり腰を伸ばしてみると少しずつ痛みが収まり、それからゆっくりではあるもののようやく歩けるようにはなりました。立って歩くというかたちが定まってくると、なんとかそのことはできるようになるのですが、また座る/立つということになると、そのたびに脂汗が出るような痛みが腰から背中にかけて襲ってきました。

思いがけない水攻めに遭って、イナバウアーではないけれど、咄嗟によほどむちゃな身体が壊れるような動きをしたのでしょう。

その日はなんとか無事に自宅に帰り着きましたが、やはり最も厳しいのは車から降りるときでした。
車のシートは普通の椅子と違って深く座り、運転は腰に重心をかけているから、そのカタチがいったん固まると、今度は腰を伸ばすという変化が一番きついようです。車から降り立ったときは精も根も尽き果てたようでした。

一旦こういうことになると、日常生活も不便の連続で、何をするにも腫れ物にさわるような慎重な動きになってしまい、健康の有り難みをイヤというほど知らされます。
まあ、これが自分の腰ぐらいだからいいようなものの、例えば深刻な交通事故なども大抵は直前まで予想もしないような僅かなことが発端となって起こってしまうのだろうと思うと、あらためて気を引き締めておかなくてはいけないと思いました。

早く治って欲しいけれど、この手合は時間もかかるでしょうし、焦ってもどうにもなりませんね。
たかだか車の窓を拭くというだけのことが、えらいことになったものです。