グランフィール

またしても友人に教えられて、興味深い番組を見ることができました。

TBS系の九州沖縄方面で日曜朝に放送される『世界一の九州が♡始まる!』という番組で、鹿児島県の薩摩川内市にある藤井ピアノサービスが採り上げられました。
主役はいうまでもなくここで開発された「グランフィール」。
これを装着することで、アップライトピアノのタッチと表現力をグランド並みに引き上げるという画期的な発明です。それを成し遂げたのがここの店主である藤井幸光さん。

グランフィールは2010年に国内の特許取得、2015年には「ものつくり日本大賞」の内閣総理大臣賞を受賞、いまや日本全国の主なピアノ店で知られており、ついには本場ドイツ・ハンブルクでもデモンストレートされたというのですから、その勢いは大変なもののようです。

もともとアップライトとグランドでは、単に形が異なるだけでなく、弾く側にとっての機能的な制約があり、とくにハーフタッチというか連打の性能に関してはアクションの構造からくる違いがあり、グランドが有利であることは広く知られるところ。
具体的にはグランドの場合、打鍵してキーが元に戻りきらない途中からでも打鍵を重ねれば次の音を鳴らすことが可能であるのに対して、アップライトは完全に元に戻ってからでないと次の音がでないという、決定的なハンディがあります。

そんなアップライトに、グランド並の連打性を与えるということは、世界中の誰もができなかったことで、それを藤井さんが可能にしたところがすごいことなのです。
キーストロークの途中から再打弦ができるということは、小さな音での連打が可能ということでもあり、そのぶんの表現力も増えるということ。通常のアップライトでは毎回キーが戻りきってから次のモーションということになるため、演奏表現にも制約ができるのは当然です。
例えば難曲としても知られるラヴェルの夜のガスパールの第一曲「オンディーヌ」の冒頭右手のささやくような小刻みな連続音は、和音と単音の組み合わせによるもので、それを極めて繊細に注意深く、ニュアンスを尽くして弱音で弾かなくてはならず、あれなどはアップライトではどんなテクニシャンでもまず無理だろうと思われます。
それが、グランフィールが装着されていたら可能になるということなら、やっぱりすごい!
もちろん夜のガスパールが弾ければ…の話ですが。

マロニエ君は2011年に、ピアノが好きでここからピアノを買われた方に連れられて藤井ピアノサービスを訪れ、いちおうグランフィールにも触れてはみたものの、上階にすごいピアノがたくさんあると聞いていたため、わくわく気分でそっちにばかり気持ちが向いて、あまりよく観察しなかった自分の愚かしさを今になって後悔しているところです。

その構造については長いこと企業秘密だったようですが、今回のテレビでちょっと触れられたところによれば、ごく小さなバネが大きな役割を果たしているようでした。もちろんそこに到達するには長い試行錯誤があってのことでしょうし、藤井氏が目指したのは「シンプルであること」だったそうです。

しかもそれは既存のアップライトに後付で装着することができて、技術研修を受けた技術者であれば装着することが可能、それを88鍵すべてに取り付けるというもの。
また、このグランフィールを取り付けた副産物として、キレのある音になり、さらにその音は伸びまで良くなるというのですから、まさに良い事ずくめのようでした。料金は20万円(税抜き)〜だそうで、きっとそれに見合った価値があるのでしょう。

開発者の藤井さんは、もともと車の整備の勉強をしておられたところ、高校の恩師のすすめでピアノの技術者へと転向されたらしく、車にチューンアップというジャンルがあるように、ピアノも修理をするなら前の状態を凌ぐようなものにしたい、つまりピアノもチューンアップしたいという気持ちがあったのだそうで、そういう氏の中に息づいていた気質が、ついにはグランフィールという革新的な技術を生み出す力にもなったのだろうと思いました。

これはきっと世界に広がっていくと確信しておられるようで、それが鹿児島からというのが面白いとコメントされていました。
たしかに、大手メーカーが資金力や組織力にものをいわせて開発したのではなく、地方のいちピアノ店のいち技術者の発案発明によって生みだされてしまったというところが、面白いし痛快でもありますね。

鹿児島は、歴史的にも島津斉彬のような名君が、さまざまな革新技術の開発に情熱を傾けたという歴史のある土地柄でもあり、藤井さんはそういう風土の中から突如現れたピアノ界の改革者なのかもしれません。