ストラドの秘密

Eテレで毎週日曜に放送される『クラシック音楽館』は、N響の定期公演の様子を放送するのがほとんどを占めており、たまにそれ以外の内外のオーケストラ演奏会を採り上げる番組ですが、7月後半の放送回では『ジェームズ・エーネスとたどるバイオリン500年の物語』と題された、これまでとはまったく色合いの変わった内容でした。

タイトルの通り、現在トップバイオリニストのひとりであるジェームズ・エーネス氏が2時間の全編を通じて登場し、演奏はもちろん、話をしたり、工房を訪ねたり、実験に参加したりと、あれだけの花形ヴァイオリニストをNHKの番組にこれほどの長時間出演させたというのは、それだけでもNHKはすごいなぁとやっぱり思ったし、内容もずっしりと見応えのあるものでした。

演奏も盛りだくさんで、バイオリン作品の起源ともされるコレッリのソナタ、ヴィヴァルディの四季からのいくつか、バッハの無伴奏ソナタ第1番からフーガ、ベートーヴェンの協奏曲から第3楽章、パガニーニのカプリースから24番、ブラームスのソナタ第1番から第1楽章、バルトークのバイオリンとピアノのためのラプソディー第1番。バッハの無伴奏パルティータ第2番からサラバンドと幅広い時代の作品を弾いてくれました。
ベートーヴェンの協奏曲だけは15年前にN響と共演した折の録画でしたが、他はすべてNHKのスタジオで今回この番組のために収録されたもののようでした。

また、NHKでは以前にストラディヴァリウス(ストラド)の秘密を探る番組を放送した時から、オールドイタリアンの秘密を探るための様々な実験を音響学が専門の牧弘勝教授監修のもとで行っていました。それは42個のマイクが演奏者を取り囲み、ストラドの音にはどのような指向性があるのかという点を科学的に実証しようという試みですが、それにも今回エーネス氏は参加してストラドの秘密の解明に協力していました。

そのひとつの結果として、ストラドはとくに前(ホールなら客席側)に向かって音が放射され、そこにゆらぎがあるということがわかったようです。

エーネス氏の次に多く登場したのが、バイオリン修理職人の窪田博和氏でした。
氏は以前の番組でも、オールドイタリアンの特徴のひとつとして、氏がたどり着いた考えによれば、表板はどこを叩いても音程がほぼ揃っていることが必要であるといっていましたが、その主張はさらに追求され、一層の深まりを見せているようでした。

窪田氏の工房にあった400年前に作られたというガスパロ・ダ・サロのバイオリンには、表板にはなんと木の節があり、そこはとくに薄く削られていることで氏が提唱するように音程が他の部分と同じように保たれているとのこと。
氏の主張やこのガスパロの作りなどから考えると、オールドイタリアンは音程の理論で作られたという点が一番大事であり、材料ではないということになるようです。

エーネス氏はこの窪田氏のもとを訪ね、愛器である1715年製の「バロン・クヌープ(黄金期のストラド)」をケースから取り出して見せていましたが、窪田さんが表板のあちこちを軽く叩くと、やはりその音程は揃っており、ストラディバリウスは完璧だと言っていました。

窪田氏は銘器の修理だけでなく、この音程に留意し、ニスなどもオールドイタリアンの特徴に基づいたバイオリンの製作もはじめられているようで、そのひとつをエーネス氏が試奏していました。
彼はとても美しい音だと褒めていましたが、テレビでもわかるぐらいにバロン・クヌープとは明らかな違いをマロニエ君は感じました。
この楽器を上記の実験に供したところ、ストラドにみられた音の強い放射やゆらぎが乏しいという結果も明らかに。

窪田氏によると、表板のどこを叩いても音程が揃うように削ることに加えて、横板は薄くすることで表板よりも音程が低くならなくてはならないという法則があるようでした。
しかし今以上横板を薄くすることはできないため、今度は表板の裏に石灰の粉をふりかけて塗りこむような処理が施されました。こうすることで表板の音程が上がり、相対的に横板の音程は表板に対してさらに低くなるというわけ。
これはストラディヴァリが石灰の粉を使っていたということが書かれた文献があるようで、そこから思いつかれたようでした。

果たしてその結果は、著しい改善が認められ、牧教授の実験データからもストラドとほとんど同じようなデータが示されたというのですから驚きでした。
さてこれが、世界中が渇望するストラドの製法の核心なのか。
窪田氏によれば、これを秘密にして窪田氏が製作してもとても間に合うものではないので、世界中に公開することで、より多くのバイオリンが製作されることを望むと言われていたことも印象的でした。

エーネス氏の演奏も随所で堪能できたし、興味深い事実にも触れられて、とてもおもしろい番組でした。