シュベスター近況

中古ピアノの買い方としては、ネットオークションという、いわば最悪というか、一番やってはいけない方法で入手したシュベスター。

ピアノを買うにあたり、実物を見ることも触れることも音を聴くことも一切せず、写真のみで入札ボタンを押してしまった無謀きわまりないやり方です。とくに中古品はどんな使い方をされてきたかもわからないし、コンディションもバラバラで、とんでもないピアノかもしれません。
いや、とんでもないピアノであるほうが確率は高く、そうでないことのほうが珍しいかも。
まして素人の場合、もし実際に見て触れたとしても、プロのような正しい判断ができるわけではなくじゅうぶん危険なのに、ほとんどやけっぱち同然で入札〜ゲットしたのですから、よくもそんな無茶なことをしたものだと、いま考えると自分で呆れます。

しかも出品者はピアノ業者でも個人オーナーでもなく、家具などを扱うリサイクル店だったため、楽器の知識などもない相手でしたから、質問なども諦めておりまさに冒険でした。

写真から、濃い目のウォールナットのそれは、外観はあまりいい感じではないことは見てわかりましたが、それでもこのとき、無性にシュベスターという日本の手造りピアノが欲しいことに気分は高揚し、値段も大したことないことも拍車がかかってこのような暴挙へとなだれ込んだ次第でした。
とくに響板には、その性質が最も適しているとされながらも、厳しい伐採規制で量産品では不可能とされる北海道の赤蝦夷松を使っていること、設計はベーゼンドルファーのアップライトを手本としているらしいことも大いに魅力に思われました。

落札から約2週間後、外装の補修のため、ピアノ塗装をメインにする工房(木工作業塗装一級技能士の資格をお持ちの技術者)に届けてもらったシュベスターは、さっそくプロのチェックを受けることに。
果たして楽器としての内部的な部分はこれといった問題もなく、外装の補修のみで納品できるとのことで、これは望外のうれしいビックリでした。
実を言うと、とんでもないものが来るのではないか(響板割れやピンルーズなど)という不安もあり、一応それなりの覚悟はしていたのですが、いずれの問題もないという報告で、この点は非常にラッキーだったとしか云いようがありません。

塗装工房では他のピアノの作業との兼ね合いもあってずいぶん時間がかかりましたが、この道のスペシャリストの方の丁寧な作業のおかげで、見違えるほど美しく蘇り、いまも自室のデスクの真後ろにシュベスターは静かに佇んでいます。

やはり自分の部屋にピアノがあるというのは、ピアノに触れるチャンスが圧倒的に増えるもので、以前よりピアノを弾く時間がずっと増えたような気がします。とはいってもマロニエ君の低次元の話であって、これまで5~10分ぐらいだったものが、せいぜい30分前後になったという程度ですが。

よくある某大手メーカーのアップライトは、高級機種とされるものでも弾いてみてぜんぜん楽しくないですが、シュベスターはなによりもまず弾きたい気持ちにさせてくれるところが、このピアノ最大の特徴のように思います。

そして、多少の失笑を買うことを覚悟でいうと、たしかにベーゼンドルファーに通じる雰囲気がちょっとだけあるし、音を出すだけでもとても楽しく、ピアノと対話しているような感覚が途切れないところがなんともいえません。
生意気に曲との相性もあったりして、バッハやベートーヴェン、シューベルトなどはいいけれど、ショパンはどうにもサマにならないところもベーゼンのようで、つい笑ってしまいます。

納品前の整音は、とりあえずソフトな音を希望していたので、しばらくはそんな音でしたが、2〜3ヶ月もするとだんだん弦溝が深くなり、艶めいた輪郭のあるよく通る音色になってきて、より個性的になっています。

今回のようなギャンブル的な買い方は絶対に人にすすめられることではないけれど、大量生産の表情のない音が出るだけのピアノがどうしても嫌だという方には、シュベスターは自信をもっておすすめできると思います。
そこそこの値段だし、それこそ磐田に行って注文すれば、貴重な材料を使った手造りピアノが今でも新品で手に入るわけで、こんな素晴らしい道がか細いろうそくの光のようではあるけれど、かろうじて残されているのは嬉しいことです。