クラビアハウス

横浜のクラビアハウスに行ってきました。
ここはマロニエ君が数年前からホームページ上で注目していたピアノ店で、いつか機会があれば行ってみたいと思う筆頭候補だったのですが、このたびふとしたことから念願が叶いました。

この店はご主人自らヨーロッパに出向き、自分の納得のいくピアノを買い付けては日本に送り、工房でじっくり時間をかけて仕上げたものを順次販売するというスタイルのようです。
ホームページでは、仕上がったピアノを紹介する際に必ずと言っていいほど演奏動画が添付されており、マロニエ君はこれまで、ここの動画のあれこれをどれほど見て聴いて楽しませてもらったかわかりません。

特別な装置で撮られたものではないようですが、パソコンのスピーカーで聴くだけでも、それぞれのピアノの特徴が思いのほかよくわかり、飽きるということがありませんでした。

知人がヴィンテージピアノに興味を抱いているようなので、ならばとここのホームページを教えたところ、その中の一台の音色にすっかり魅せられたらしく、たちまち航空券等の手配をして、すぐにも横浜に行く手はずを整えてしまいました。
それで、かねてよりマロニエ君自身も行ってみたいピアノ店であったことから、それならというわけで同行することになったのです。

こういうチャンスでもないと、購入予定もないのに、興味に任せてピアノ店を訪れて話を聞いたりピアノを弾いたりするという行為があまり好きではないし、まして近い距離でもないので、今しかないかも…というわけで思いきって腰を上げた次第。

クラビアハウスは保土ヶ谷区の住宅街にあってわかりにくいということから、ご主人自ら最寄り駅まで車でお出迎えくださり、お店へとご案内いただきました。

表にはかわいらしい花々が咲き乱れ、まるでヨーロッパの小さなピアノ工房を訪れるような感じ(行ったことはないけれどあくまでイメージ)で、控えめな入口をくぐると、そこには眩いばかりにいろいろなピアノがずらりと並んでいて、やはり普通のピアノ店でないことは一目瞭然でした。
普通は外観は派手でも、中に入ったらガッカリということが少なくないけれど、クラビアハウスはまったく逆で、さりげない店構えに対して中はまさにディープなピアノがぎっしりという驚きの店でした。

入り口から左手には工房があり、右手には仕上がったピアノが所狭しと並んでいます。
どれも技術者の手が惜しみなく入ったピアノだけがもつ独特の輝きがあり、この工房でいかに丁寧に仕上げられたピアノ達かということが物言わずとも伝わってきました。
グランドに限っても、このときベーゼンドルファー、ブリュートナー、プレイエル、グロトリアンシュタインヴェークという、綺羅星のような銘器が揃っていましたし、さらに工房には作業中と思しき六本足の華麗なアートケースをもつベヒシュタイン、さらにはもう1台ブリュートナーがありました。

展示スペースにある4台のグランドのうち、ベーゼンドルファーとプレイエルは我々のために試弾できるよう急遽組み上げられたのだそうで、こまかい調整はあくまでこれからとのことでしたので、この2台については多少そのつもりで見る必要がありそうでした。
ごく簡単に、それぞれの印象など。

《ベーゼンドルファー》
調整はこれからという言葉が信じられないほど、軽くてデリケートなタッチとソフトな音色はまさにウィーンの貴婦人のようで、他のどのピアノとも違う、ベーゼンドルファーの面目躍如たるものを醸し出すピアノ。こういうピアノでひとり気ままにシューベルトなどを弾いて過ごせたら至福の時でしょう。
1922年製の170cm。外装は黒から木目仕様に変更されたものらしく、普段なかなか目にすることのない渋い大人の色目で、淡い木目を映し込んだ美しいポリッシュ仕上げ。

《プレイエル》
マロニエ君の憧れでもあるプレイエル。さりげない寄木細工のボディ、シックで控えめな色合い、明るさの中にも憂いのある独特な音色と、よく伸びる次高音など、いまさらながらショパンがサマになる、フランスというよりもパリのピアノ。
惜しむらくはタッチがピアノの個性に似合わず全体に重めで、このあたりが調整途上である故かと納得する。
新品のように美しかったが、聞けばかなりの状態からここまで見事に蘇ったとのことで、その高い技術力に唸るばかり。

《グロトリアンシュタインヴェーク》
この日の4台の中で、最もバランスに優れ、違和感なくヴィンテージピアノを満喫できるのは、おそらくこれだろうという1台。グロトリアンはスタインウェイのルーツともいえるメーカーで、クララ・シューマンやギーゼキングが愛用してことでも有名。
その音色は最もスタインウェイ的な華と普遍性が感じられ、ピアノとしてのオールマイティさはグロトリアン時代から引き継がれたこの系譜のDNAであることがわかる気がした。
その音色は甘く温かく、過度な偏りのない点が心地よい。

《ブリュートナー》
このメーカー最大の特徴といえるアリコートシステムをもつため、芯線部分は通常が3本のところ、4本の弦が貼られているためやたら弦やピンが多い印象(ただし実際に打弦されるのは3本)。全体に手応えのあるタッチと、それに比例するような強めのアタック音と、実直さの中に艶やかさが光る音色。
明るめの美しい木目仕様で、フレームには亀甲型の穴と、鮮やかな青いフェルトが鮮烈な印象を与える。
1978年製の165cmで、この4台の中では最も製造年が新しく、ヴィンテージというにはやや新しめの音かもしれない。

~以上どれもが本当に素晴らしいものばかりで、いつまでもその余韻が残るようなピアノ達でした。

ちなみにクラビアハウスで注目すべきは、その品質の良さだけでなく、かなり良心的な価格でもあることで、これは購入検討する際には見逃せない点だと思います。
実際もっとクオリティの劣るピアノを、はるか高値で売る店はいくらでもあるので、なんと奇特なことかと思いますが、ここのご主人のおっとりした飾らないお人柄に触れていると、それも次第に納得できるようでした。

ヴィンテージピアノに興味のある方は、一度は訪ねておいて損はない店だと思います。