19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したドイツの作曲家、マックス・レーガーのピアノ作品全集という珍しいものがあることを知り、さっそくCDを購入してみました。
マロニエ君はレーガーの作品といえば、バッハの主題による変奏曲とフーガop.81と、ブランデンブルク協奏曲全曲のピアノ連弾への編曲しか知らず、op.81はなかなか聴き応えのある大曲であることから、他にどんな作品を残したのかという興味がありました。
ウィキペディアによれば、徴兵され従軍、除隊したのが1898年で20世紀幕開けの直前だったようですが、1916年に43歳の若さで世を去るため、彼の音楽活動は20年にも満たない短いものだったようです。
詳しい理由はわからないけれど、オペラと交響曲はいっさい手がけず、主な作品は室内楽や器楽曲、管弦楽曲や声楽曲などで、とくに目を引くのは変奏曲やフーガの作品が多いこと。
CDは12枚組からなるピアノソロ作品のボックスセットですが、そこにはソナタなどは見当たらず、まとまった数の小品群からなる作品集が多いことが目を引くし、あとは前奏曲とフーガのたぐい、さらには変奏曲などが目につきます。
ヴァイオリンソナタ9曲、チェロソナタでさえ4曲も書いているのに、ピアニストでもあったレーガーにピアノソナタがないのは謎です。
1枚を数回ずつ12枚を聴き通すのに数日を要しましたが、まあなんとなく全体像は自分なり掴めた気がします。
レーガー自身も自分をドイツ三大Bの正当な後継者として位置づけることが好きだったようで、さらにはリストやワーグナーの影響、ブルックナー、グリーグ、R.シュトラウスへの傾斜もあることを認めていたようで、それらが概ね納得できる音楽でした。
作品集が多いのはブラームスやシューマンのようでもあるし、変奏曲はベートヴェン、フーガはバッハを想起させますが、それだけドイツ音楽の先達に対するリスペクトはかなり強い作曲家だったようです。
どれも特に耳に心地よいわけでもなければ、難解で放り出したくなるようなものでもなく、そのちょうど中間という感じですが、この時代の特徴とでもいうべきか…作品は全体に暗く重く、耳あたりの良い軽妙な叙情性といったような要素などは見当たりません。
ウィキペディアによれば「晦渋な作風という意味で共通点のあるブゾーニとは、互いに親しい間柄であった。」とあって、まさになるほど!と納得させられる印象でした。ただし、個人的にはブゾーニの作品のほうがはるかに異端的でグロテスクでもあるとは思いますが。
12枚のCDの最後に当たるVol.12に「バッハの主題による変奏曲とフーガop.81」があり、さすがにここに到達した時は耳にある程度馴染んでいるぶんホッともしたし、やはりよくできた作品で、後世に残るに値するだなあという実感がありました。
他の作品の中にも、なんともいえず心に染みこんでくるような部分とか、はっとする瞬間などは随所に散見され、並の作曲家でないことはよくわかりましたが、全体としてレーガーの作風はこうだという明快な個性のようなものには立ち至っていないような気がしたのも事実です。
これだけのものを生み出すことのできる並外れた才能があっても、その大半は後世まで演奏され続けることなく、ほとんどが埋もれた状態になるのが現実であり、それを思うと、単純に演奏される頻度が高い作品=傑作というわけではないけれども、それでも我々の耳に名曲として残っている作品(あるいは作曲家)はいかに選りすぐりのものであるかという厳しい現実を思わないではいられません。
余談ながら、この12枚からなる全集、演奏はドイツ出身のピアニスト、マルクス・ベッカーで、1995-2000年にかけて録音されているようでした。
どういうピアニストかは事前には知らない人だったけれど、まったく安定した危なげのない技巧と、説明文の中にも「演奏難易度の非常に高い作品の数々を終始完成度の高い演奏…」とあるのはマロニエ君も同感で、高い信頼感をもって聴き進めることができました。
これが格落ちのピアニストであれば、印象もずいぶん違うものになったことだろうと思います。
ちなみにボックスの表記を見て戸惑ったのは、作曲家がマックス・レーガー(Max Reger)にあるのに対して、ピアニストはマルクス・ベッカー(Markus Becker)と、響きも字面も酷似しており、はじめどっちがどうなのか、あれっあれっと戸惑ってしまいました。
マルクス・ベッカー氏もまさか名前が似ているからマックス・レーガーの全集を作り上げたわけではないと思いますが、奇妙な符合です。
あるいはドイツ人の発音では全然そんなことはないのだろうか…。
いずれにしろ、作曲家であれピアニストであれ、音楽におけるドイツの厚みというものをまざまざと見せつけられたようでした。