ドラマみたいな話

つい先日のこと、友人から「本当にそういうことがあるのか…」というような話を聞きました。

その友人が昔勤めていた企業に、同郷で高校も同じということで親しくなったAさんという先輩がいたことは聞いていました。
後年、それぞれ別の理由で退社したものの、個人的な付き合いは続いて、たまに呑んだりメールのやり取りをするなどで近況を知らせ合っていたといいます。

Aさんは少し変わった家庭に育ち、若い頃から学業の成績などにかなり強くこだわる両親のもとに育てられ、幸い成績もよかっため就職までは順調だったようですが、その後、ある女性と出会って結婚を決意することに。
ところが両親の猛反対に遭い、Aさんの胸中には家族内に流れる偏った価値観に嫌気がさしていたのか(どうかはわかりませんが)、それが引き金となって親きょうだいと決別をしてしまいます。

その女性は、Aさんの両親の求める息子の結婚相手としての条件を満たしていなかったことが原因のようで、それがどうも学歴に関することだったらしく、Aさんとしても長年蓄積された思いもあったのか、ついに堪忍袋の緒が切れたのでしょう。
実家とは、事実上の絶縁状態に突入したそうです。

住まいも変え、勤め先も変えてその女性と結婚する道を選び、その後二人の子供にも恵まれ、しばらくは穏やかな日々が続いたようですが、その子らが受験や就職をするころになって、ある出来事が起こります。

単身赴任中、理由はよくわからないけれど、そうまでして一緒になった夫婦が不仲となり、それがこじれにこじれてお互いに修復できないところまで発展。
Aさんは、せっかく建てた家にも帰らなくなるほどの確執となり、その方は次第に精神的にも追いつめられ、とうとう会社まで辞めることに。

そのころ、友人の携帯には連日のように悩みを訴えるメールが届き、友人は困惑と同情の狭間で、せっせと励ましの返信を送り続けていたようでした。
Aさんは苦痛と孤独に苛まれるも、非常にプライドの高いところがある男性で、むかし席を同じくした同郷の後輩が唯一の心の拠り所だったのかもしれません。
そのメールの往来は、実に数年間、数百に及ぶ膨大な数に渡るもののようで、当時からマロニエ君もそのAさんから送られてくるメールのことは折りに触れ聞かされていました。

Aさんは会社をやめ、やがて故郷に戻ったものの生活にも困窮することになり、ついには疎遠だった実家にも救いを求めたようでしたが、それもうまくはいかなかったようでした。
その頃になると、ほとんど毎日のように自分の思いを綴ったメールが届き、友人も大いに同情はしつつも、いささか持て余し気味といった様子でしたが、それでもAさんの窮状を察してメールを返していたようです。

この頃になると、友人もその先輩のことがいつも気がかりで心の負担にもなっていたようですが、どうすることもできずひたすら励ましのメールを送ことを続けていました。

それが数年前のあるときから、ぱったりメールも来なくなり、連絡が取れなくなったようでした。
友人は自分が何か悪いことを書いたんだろうか?などとずいぶん悩んだ挙句、もしかしたら悪いことが起きているのではないかとまで思うようになり、事実を知るのが怖くなり、ついに連絡は完全に途絶えてしまい今日に至っていたようでした。

ところがごく最近のこと、NHKの『ドキュメント72時間』という番組内で、友人はちょっとした群衆の映るシーンの中にAさんの顔を見出したのです。
どの回というのは控えますが、たまたま年末にまとめて放送されたものを録画していたらしく、まさかと驚いて何度も繰り返し確認したそうですが、その中にまぎれもなくAさんが映っていると確信が持てるに至り、友人の安心した様子と言ったらこっちが驚くほどでした。

どうやら友人はよほど心配していたようで、万一最悪の事態まで考えてしまうこともあった由で、ともかくも健在であることを確認することができて安心し、数年ぶりで携帯のショートメールにメッセージを送ってみたところ、翌日Aさんからすぐに電話がきたそうです。
パッタリ連絡がなくなったのは、携帯を紛失してしまい、そこに入っていた連絡先のすべてが失われたため、電話もメールもできなくなったということでした。

テレビドラマなどでは、偶然テレビ画面の中に犯人や失踪した人間の顔が映るというようなシーンを見たこともありますが、現実にそんなことがあるなんて、ただもうびっくりでした。
Aさんはなんとか頑張っているようで、まずはなによりでした。