しなやかでしっかり

溜まっているBSクラシック倶楽部の録画から、「マキシミリアン・ホルヌング&河村尚子 デュオリサイタル」を視聴しました。

ホルヌングはドイツを代表する若手チェリストで、やっと30歳を過ぎたあたりで、若手のホープからしだいに円熟期へとら入っていくであろうドイツの演奏家です。
ネットの情報によれば、20代でバイエルン放送交響楽団の首席チェロ奏者を務めたものの、ソロ活動に専念するため2013年に退団したとあり、その後リリースされるCDも賞を獲得するなど、輝かしい活動を着実に重ねているようです。

この日のプログラムは実に面白いというか新鮮なもので、前半はマーラーの「さすらう若者の歌」から4曲をホルヌング自身によってチェロとピアノのために編曲されたもの。
これがなかなかの出来で、マーラーの壮大なスケール感や世界を損なうことなく、見事にピアノとチェロのための作品になっているところは思いがけず驚きでした。

ホルヌングのチェロも見事だったけれど、どうしても習慣的にピアノに目が行ってしまうマロニエ君としては、河村尚子さんの演奏はとりわけ感心させられるものでした。

河村さんは、数年前のデビュー時から折りに触れては聴いていますが、始めの頃はまだ固いところがあったようにも思うし、アクの強いステージマナーや演奏中の所作などがちょっと気になっていたところもありました。
しかし、その後ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番など、この人の好ましい演奏などに接するに従って、次第に印象が変わってきました。

こういうことは個人的には珍しく、マロニエ君の場合、はじめに抱いたときの印象というのは良くも悪くも覆ることはあまりなく、たとえ10年後に聴いても、ああそうだったと思いだしたりして、ほとんどはじめの印象のままなのですが、それが予想を裏切って良い方に変化していくのはとてもうれしくてゾクゾクするものがあります。

まったく逆が、良い印象のものがそうでもないとわかってくるときの気分というのは、まったく裏切られたようで、必要以上にがっかりしてしまいます。

彼女の演奏で、なんと言っても印象深いのは、音楽的フォルムの美しさにあると思います。
その演奏からあらわされる楽曲は、独特の美しいプロポーションをもっており、ディテールまで非常に細かい配慮が行き届いていいます。繊細な歌い込みがある反面、必要なダイナミズムも充分に発揮されており、音だけを聴いているとちょっと日本人が弾いているようには思えないほどスタイリッシュです。
メリハリがあって、知的な解釈と大胆な情念が上手く噛みあうように曲をしっかりとサポートしているのは、聴いていて心地よく、現代的なクオリティ重視の演奏の中にもこれだけの魅力を織り込めるという好例だとも思われます。

とくに彼女は音の点でも、タイトで引き締まってはいるけれど、そこに鍛えられた筋肉のようなダブつかない肉感があって、音に芯があるところも特筆すべき事だと思いました。
というのも、スーパーテクニックや器の大きさを標榜しながら、その実、ピアノを充分に鳴らしきれず、軽いスカスカした音しか出せない人、音の大きさは出せても密度という点ではからきしダメな有名なピアニストが何人もいる中で、河村さんは、音に一定の密度と説得力があるという点では、稀有な存在ではないかと思います。

後半はブラームスのチェロ・ソナタ第2番。
ここでも、河村さんのピアノはしっかりとチェロを支え、ブラームスの渋くて厚みのある音楽世界を、いい意味での現代性を交えながら描き出していたのは久々に感心したというか、心地良い気持ちで聴き進むことができました。