月の光と革命

民放のBSで『恋するクラシック』というタイトルの、クラシック音楽をネタにする番組があることを発見、さっそく録画してみました。

司会は小倉智昭氏と佐田詠夢さんという女性で、番組そのものはクラシック音楽を身近で親しみやすいものにするためか、使われた歌やドラマから紹介するなど、とくに印象的な内容ではないと感じました。
ただ、ひとつだけそう悪くはないと思ったことが。

ドビュッシーの「月の光」をその司会の佐田詠夢さんが演奏したのですが、これが思いがけずきれいでした。
まったく知らないタレント風の人ですが肩書にはピアニストとあり、調べてみるとさだまさし氏のお嬢さんとのことで、へーという感じ。

ピアニストとしてどうかという事はさておいても、まあたしかにまったくの素人というレベルではなく、本格的にピアノを学んだ人のようではあり安定した技術をお持ちでした。
しかし、驚いたのはむろんその技術ではなく、彼女の「月の光」が新鮮さをもった鑑賞に堪える演奏だったことでした。

一般的に「月の光」というと、必要以上に夢見がちに、デリケートに、淡いニュアンスを意識して過度な演奏をする人がほとんどですが、佐田さんの演奏にはそれがなく、全体にやや早めのテンポで、無用な感傷を排した、すっきりした演奏だったところにセンスを感じました。
特に後半は、輝く音の粒が流れ下るようで、ちょっとアンリ・バルダの演奏を思い出すような、要するに目先のお涙頂戴ではないところで、この美しい小品を魅力ある音楽として聴かせてくれたのは意外でした。

趣味のいい、野暮ったさのない演奏だったと思います。
この曲はアマチュアにもよく弾かれる、悪く云えば手垢だらけになってしまった作品で、プロのピアニストでも「月の光」で聞く者の耳をその音楽に向けさせることは簡単なことではありません。
これぐらい有名曲ともなると、「あー、またこれか」という意識が先に立ってしまうもので、そんなマイナスの意識を引き戻して、本来の美しさを聴かせるということは至難です。

それ以外の演奏はどうなのか…聴いたことがないのでわかりませんが、少なくとも「月の光」は洒落た演奏だったと思います。

ところがその直後、番組ではプロのイケメンピアニストという人が登場。
プロなので名を伏せる必要はないのだけれど、あえて書かないことにします。

手始めにショパンの「革命」を弾かれましたが、これがもうコメントのしようもないもので、直前の「月の光」の美しい余韻はあとかたもなくかき消され、ぐちゃぐちゃに踏み荒らされてしまったような印象でした。
これほど有名な曲なのにまったく曲が聴こえてこないし、ただ音符を早く(しかも雑に)弾いているだけで、強弱のつけ方もアーティキュレーションもまったく意味不明の、ただのがさつスポーツのような弾き方。
…というか、本物のスポーツのほうが実はよほど緻密で、それなりの丁寧さもデリカシーも必要とされるのではないかと思います。

音楽家というより、いわゆるテレビに出るためのひとつの指芸ということかもしれません。

その後、ピアノからゲスト席へ場所を移して、小倉氏の問いかけなどに導かれるまま、今どきのトークを妙に馴れた感じで展開。
すると、非常に優しげなソフトな語り口ではあるし、話の持って行き方や聞かせ方も巧みで、少なくともゴトゴトしたピアノよりトークのほうがよほどなめらかで、なんだかとても皮肉な感じでした。
内容はほぼ自分の自慢であったけれど、基本的に穏やかかつ低姿勢で、表面的な言葉づかいやマナーが悪くないために、スルスルと言葉が進み、ちゃっかり言いたいことを言ってしまって、しかも悪印象を抱かれないで終わりという手腕に、呆れるというか感心するばかりでした。

これを「話術」というのであれば、この人はピアノよりよほどトークのほうが(それも数段)お上手だとお見受けしました。この方は、ご自分のトークのようにピアノを弾いたら、それだけでずっと良い演奏になると思います。

話のあと再びピアノの前に座り、ラ・カンパネラを演奏されましたが、いたたまれない気分になり停止ボタンを押しました。