宮下奈都原作の『羊と鋼の森』が映画化されたことで、最近は何かとこれが宣伝されていますね。
マロニエ君は本が出てすぐに読みましたが、自分がピアノ好きで調律にも興味を持っているからこそ、まあそれなりに読めましたが、あの内容が一般人ウケするとは思えなかったし、まして映画化されてこれほど話題になるなんて、まるで想像もしていませんでした。
映画化どころか、もし自分が小説家だったら、ピアノ調律師の話なんか書いても誰も興味を示さないだろうというところへ行き着いて書かないと思うのですが、近ごろはマンガの『ピアノのムシ』みたいなものもあるし、何がウケるのかさっぱりわかりません。
もしかすると、小説も漫画も映画も、ありきたりな題材ではもはや注目を浴びないので、たとえ専門性が高くても、これまでだれも手を付けてこなかったジャンルに触れてみせることで世間の耳目を集めるということで、ピアノとか調律といったものも注目されているのか…。
雑誌『ショパン』でも巻頭でこの映画『羊と鋼の森』が大きく特集され、その繋がりで調律に関する記事にもかなりページが割かれていた(ように書店では見えた)ので、普段は立ってパラパラしか見ないのに、今月号は珍しく購入してみることに。
ただ、自宅でじっくり眺めてみると、期待するほど濃い内容でもなく、巻頭グラビアでは8ページにもわたって主役を演じた山崎賢人さんのファン向けとしか思えない、同じスタジオで同じ服を着た写真ばかりが延々と続き、そのあとにあらすじ、登場人物紹介、映画の写真館などのページとなり、なにも音楽雑誌でこんなことをしなくてもと思いました。
こういう芸能情報的なページ作りを得意とする雑誌は他にいくらでもあるはずで(知らないけれど)、『ショパン』ではピアノの雑誌としての独自の専門性をもった部分にフォーカスして欲しかったと思います。
映画紹介・俳優紹介のたぐいは実に24ページにもおよび、そのあとからいよいよ調律に関する記事になりました。
しかし、それらはピアノの専門誌というにはあまりにも初歩的で表面的なことに終始しており、見れば見るほど、買ったことを少し後悔することに。
変な興味をそそったのは、特集の最後に調律師の全国組織である「日本ピアノ調律師協会(通称;ニッピ)」の会員名簿が記載されていることで、ざっと見わたしたところ2千数百名の会員が在籍しておられるようでした。
それでついでにこの協会のHPを見ましたが、何をやっている組織なのか部外者にはよくわからないものでした。
会員になるにはまず技能検定試験の合格者であることが求められ、書類審査があり、会員の推薦が必要、その上で理事会の承認を得るという手順を踏んでいくらしいことが判明。
ただ、どこぞの名門ゴルフクラブやフリーメーソンじゃあるまいし、推薦まで必要とは大仰なことで、なんだかへぇぇ…という感じです。
さらに入会金と年会費が必要で、年会費だけでも32,000円とあり、ここに名を連ねるだけでも調律師さんは毎年税金を払うみたいで大変だなぁ…と思いました。
で、単純計算でも会費だけで年間7000千万円以上(HPでは会員約3000人とあり、その場合約1億円!)の収入となりますが、今どきのことでもあり、果たしてどういった運営・運用・活動をされているんでしょうね。
少なくとも、それだけのことをクリアした人は名刺にこの組織の会員であることが書けるということなのかもしれませんが、いちピアノユーザーとして言わせてもらうと、その人の技術やセンスこそが問題であって、ニッピ会員であるかどうかなんて肩書はまったく問題じゃないし、何も肩書のない人が実は素晴らしい仕事をされることもあり、とくに重要視はしません。
むしろあまり肩書をたくさん書き並べる人は、却ってマロニエ君としては警戒しますけど。
名簿の中にマロニエ君の知る調律師さん達の名を探すと、会員である方のほうがやや多いけれど、大変なテクニシャンでありながらここに属さない方も数名おられて、そのあたりにも各人の方向性やスタンスが垣間見られるようでした。
当然ながら、真の一匹狼を貫く方はここには属さないということなんでしょう。
陶器の酒井田柿右衛門が濁し手の作品で、工房の職人さんの描いたものには「柿右衛門」の文字が入るけれど、自身が手がけた作品には逆に何も書かないこと(文字を入れなくてもわかるだろう、真似できるものではないから名を入れる必要もないという自信の表れ?)を思い出しました。
さらにその後のページでは、『羊と鋼の森』の映画の効果で調律師を志す人が増えるだろうという見立てなのか、調律師養成の学校紹介や広告が続きましたが、たしかに映画の影響というのは小さくないものがあるでしょうから、これがきっかけで調律師になろうと人生の方向を定める若者がいるのかもしれませんね。