冒険のお値段

5月に某ショッピングモールのピアノ展示販売会でグランフィール装着のピアノに触れて、そのタッチ感の素晴らしさ、コントロール性の大幅アップに感激したことはすでに書きました。

アップライトピアノの小さな革命といってもいいもので、自室のシュベスターに取り付けたいのはやまやまですが、なにしろその価格は税別20万円以上で、ちょっとした中古アップライトがもう一台買えてしまうほどの金額なので、やはりちょっと迷ってしまいます。

モールに出店していた楽器店のホームページを見ると、そこの展示場に行けば再度試弾できることがわかり、もう一度試してみたいと思って電話してみたところ、折よくグランフィールを取り付けられたという技術者の方が電話に出られ、説明もしていただけるとのことで後日行ってみることになりました。

ずらりと並ぶアップライトピアノの中に、1台だけグランフィール付きがあり、おそらく展示会にあったものと思われました。
ピアノの常で、モールの広い空間と一般的な展示室では印象の異なる点こそあったものの、概して好印象であることは変わりありません。
ところが、そのとなりには瓜二つと言ってもいいほとんど同じ機種のグランフィールが「ついていない」のピアノが並んでおり、グランフィールの有無を弾き比べることができたのですが、これはこれで悪くないタッチ感があり、その差は価格相応とまでは言えない気がしてきました。

ここで考慮すべきは、ピアノのタッチのように微妙なところがものをいう場合、並んでいるピアノを弾き比べることは必ずしもプラスばかりとは限らず、却って判断が乱れてわかりにくくなることがあることです。
そもそもタッチ感というのはある程度の時間をかけて弾いたときに、わずかなことが積もり積もって大きな違いとなって出てくることがあり、やたらあれこれ触ったりするだけで、簡単に結論を出せるようなものでもないようです。
例えば椅子などもそうですが、ショールームや売り場でいくら掛け比べしても、真の評価が下せるのは購入して何時間も何日も使ったときに判明するものだったりするように。

それだけグランフィールは奥の深い機構であることも事実でしょう。

付ければたぶん弾くのが数倍楽しくなると思いますし、中にはこれならグランドは要らないという人もいるかも。
とくにアップライト特有のあの上品とはいえないアバウトなタッチと、デリカシーに欠ける発音が好みでない人にとっては、目からウロコでしょう。
ピアノを弾く楽しさや気持ちよさが上乗せされることや、グランドへの買い替えと比較すれば安いという考えも成り立ちますが、現実の施工内容と価格を考えると、その判断はまさに人それぞれの価値観しだいというところ。

そもそもアップライトピアノというものは、ほんらい横が自然であるべきものを縦にするにあたり、無理を重ねた妥協の産物なので、生まれながらに構造上の欠陥があると思います。
早くから改良の余地のない完成形にまで行き着いたグランドアクションに対し、アップライトのそれは、改良できるのもならどしどしやってほしいところで、グランフィールはアップライトのアクションの欠陥や制約を補うアシスト機能といってもいいのかもしれません。

アップライトのアクションにはダブルエスケープメントがないせいか、なにかというとグランドに比べて連打性能のことばかりが強調されますが、マロニエ君はそんな超高速連打などあまりできないし、そこにはとくだんの不自由は感じていません。
それより大きく問題としたいのは、弱音域のコントロール性や、軽やかな装飾音の入れやすさ、音色の微妙な濃淡とか表情付けに対するセンシティブな反応であって、これらは場合によっては音よりも重視するところなのですが、アップライトではついワッと大きな音になったり、ベチャッとした音質になったり、音色変化に対する反応やコントロールの幅が狭いことには不満を感じます。

グランフィールはその点で、アップライト特有のクセや不自然さがかなり消えて、弾く人のイメージそのままに自在なコントロールが可能なタッチになっていることは、驚くべき画期的な発明だと思います。

ただし、今回わかった最も重要なことは、あくまで元になるピアノのタッチが基本となるので、グランフィールを取り付けるといっても、それぞれのピアノの状態からのスタートとなり、装着後の効果も各ピアノによって異なるということ。
その点でいうと、ヤマハは音に関してはいろいろな好みや評価があるものの、アクションのクオリティに関してはやっぱり一流だと思います。

その一流の上に取り付けられたグランフィールの効果が、どのピアノにもあてはまるものではなく、各メーカーの各ピアノによっても結果に差がでるのは当然といえば当然で、ここは見落としてはならないところ。
ただ、そうなると自分のピアノで結果がどうなるかは付けてみないとわからないということになり、一定の冒険心と覚悟は必要で、それにはやっぱりこのお値段は気軽に踏み出せるものではありません。