ディアくまもん

熊本は福岡からはおよそ100km少々で、近いといえば近く、遠いといえば遠いところ。
東京からいうとちょうど御殿場ぐらいの距離で、行こうと思えばいつでも行けるものの、気軽にサッと往復する距離でもない微妙な距離でしょうか。

たまたま所用で熊本に行くことになったので、これは好機とばかりに予定より早く出発して、とあるピアノ店におじゃますることに。
市内中心部の幹線道路に面した店舗で、ここが珍しいのはディアパソンを販売のメインとしているところです。

ご店主自らご対応くださり、いろいろと興味深いお話を伺い、店内のピアノもほんの少し触らせていただきました。
ディアパソンといえばマロニエ君も3年前まで自宅で使っていたこともあり、とても親しみ感じるピアノですが、一般的な認知度はヤマハ/カワイという巨大勢力の前では、あくまでもマイナーブランドという位置づけ。

それでも、この数十年で日本国内の多くのピアノブランドが次々に消滅してしまったことを思えば、生みの親である大橋幡岩さんがブランドごとカワイ楽器に譲渡していたことが幸いして、今日まそのブランドは保たれ、少数でも生産されているのはまさに奇跡的といっていいかもしれません。

とはいえ近年のモデルは順次整理が進み、大橋氏が設計した3種のグランドはついに183cmのひとつを残すだけになってしまいました。
さらには今年のことだったと思いますが、カワイ傘下の子会社として運営されていた株式会社ディアパソンが、ついに統合されてしまったようです。
これによりディアパソンとしての独自性はさらに制限を受けることになるのか、あるいは新たな道が拓けていくきっかけになるのか、マロニエ君ごときにわかるはずもないけれど、むろん後者であることを願うばかりです。

会社の話なんぞするのは無粋なので、ピアノの話に戻ると、ディアパソンは現在でも一部のファンにとっては、なかなかの人気ピアノなんだそうで、ご店主曰く「モデルによっては生産が追いつかず、注文したものがやっと届くというような状況」というのですから、これは意外な驚きでした。
そんな好調な売れ行きの裏には、ディアパソンに惚れ込んだ販売店が、熱心にその魅力を説いていくことに日々奮闘されているという、いわば草の根の努力あってのことと思われ、そこはまさにそういう店なのだと思われます。

むかしのように「良い物さえ作っていれば、お客さんは必ずついてくる!」というような法則は崩れ、どんなに優れたものでも、それをいかに周知させ、果敢に良さを説いていくか、これに尽きる時代ですから大変です。
特にピアノはヤマハ/カワイという両横綱を相手に、ディアパソンという平幕が金星を勝ち取らねばならないのですから、ご店主の努力と情熱は並大抵のものではないと推察されます。

店内には4台のグランドがあり、新品では定番の183cmと猫足の164cm、レッスン室で使われているのはディアパソンとボストンいずれも奥行きが178cmというものでした。

3台のディアパソンには明確に共通する特徴があり、それは音とタッチだと思いました。
ディアパソンは昔から広告に「純粋な中立音」と謳っていますが、中立音というのがこういう音なのかどうかはわからないけれど、その音には飾り気のない素朴な味わいとズシッとした重みがあって、どちらかというと昔気質のピアノだと思います。
タッチも同様で、今どきの軽やかなアクションではなく、やや重めのタッチできちんと弾かされる感じでしょうか。

驚くのは、ディアパソン伝統のオリジナルではないモデル、すなわちカワイベースの164cmや178cmでさえ、骨太なディアパソンの音がしっかりすることで、決してマークを貼り替えただけではない、ディアパソンらしい音の特徴がしっかりと保持されていることでした。
ボディや響板は同じだとすると、この「らしさ」はどこからくるものなのか、おおいに興味を覚えるところです。

少なくともカワイと違うのは、今だに木製アクションを搭載していることや、ハンマーなどのパーツが違うということはあるかもしれませんが、それだけでああもディアパソンの音になってしまうものなのか、これは非常に不思議でした。
個人的な印象でディアパソンを人間に喩えるなら、根は優しいけれど心にもない作り笑いや耳障りのいいトークなどは苦手な正直者で、長く付きうならこっちというタイプだと思います。

ただし、アクションに関してだけは、もう少し今どきの新しさを採り入れて欲しいというのが正直なところ。
さすがにヘルツ式にはなってはいるのでしょうが、依然としてボテッと重く、指の入力に対してアクションの反応にわずかな齟齬があるのは少々の慣れを要します。
マロニエ君もこのタッチに関してだけは、ディアパソンを所有しているころ、ずいぶんと調律師さんにお願いして改善を試みましたが、それにも限界があり、かなりのところまでは持って行けたと思いますが、根本的な解決には至りませんでした。

カワイの樹脂製のアクションになるとしたら素直には喜べないとしても、少なくとも現代的なストレスのないアクションが組み込まれたら、それだけでもディアパソンの魅力が倍増して、理解者・支持者(要するにお客さん)が一気に広がるのではないかと思います。

個人的な好みをいうと、ピアノ店には営業マンが何人もいるような規模は必要なく、この店のようにご店主自ら一つのブランドに精通し、業界に確かな人脈をもち、その魅力をひとりひとりに説きながらファンの裾野を広げていくというスタイルが理想的で、楽器はそもそも本来そういう世界ではないかと思います。
聞けば、遠方からでもディアパソンに興味のある方はわざわざここを訪ねて来られるそうで、結果として納入先は九州全体に広がっている由、納品時の写真を収めたものという分厚いアルバムがその事実を雄弁に物語っていました。

ディアパソンあるかぎりますます頑張っていただきたい貴重なお店でした。