コンサートベンチ

必要もないのに、意味もなく欲しくなるものってありませんか?

マロニエ君にもそんなものがいくつかあって困りますが、その中の一つがピアノの椅子。
中でも欲しくなるのはコンサートベンチ、すなわちコンサートのステージでも使われる椅子のこと。

たしか20年ぐらい前のこと、それまで使っていた普通のダサいピアノ椅子に我慢できなくなり、よくわからないまま日本のピアノ椅子では有名メーカーのコンサートベンチを購入。
当時は注文制で、座面を本皮、足の部分を黒のつや消し仕上げで購入しましたが、これが見た目はたいそう重厚で立派なんですが、一年もしないうちにギシギシと雑音が出始めて憤慨。

で、次に買ったのが、ヤフオクで見つけたカワイ純正のコンサートベンチで、ピアノメーカーがコンサートで使うものなら間違いないだろうと思ったのですが、その期待もあえなく裏切られて、こっちははじめから雑音があって前回以上に落胆。
これは中古品だったものの、そんなに使われたとは思えない美品で、大きさ重量ともに立派だし、サイドには小さなKAWAIのエンブレム付きであるにもかかわらず、盛大にギシギシいうのはびっくりでした。

調律師さんが、調律に来られたついでにCRC(潤滑剤)を吹きつけたり、一度は自宅に持ち帰って各所を増し締めしたりとかなり奮闘してくれましたが、音が消えるのはしばらくの間で、そのうち再発しはじめて、時間経過とともに完全に元に戻るのには閉口させられました。
そのうちこの2つに関してはあきらめてしまい、やっぱり日本製はダメだと思い、輸入物を狙うことに。

一時代前までのコンサートベンチは、ヤマハはヤマハ製、カワイはカワイ製を使い、スタインウェイやベーゼンドルファーではドイツのバルツ製、あるいはアメリカのポール・ジャンセン製というのが定番でした。
バルツはいかにも高品質な感じはあるものの、古いメルセデスみたいな実直なで遊びの一つもないデザインがあまり好きになれず、対してジャンセンのほうがデザインが好ましく、価格も少し安いこともあってか、当時のコンサートの多くがこれでした。

というわけで、次はポール・ジャンセンだと心に決めていたのに、さる輸入ピアノ店のオーナーにして技術者の方によると、ポール・ジャンセンも所詮はアメリカ製品で、いずれ雑音が出始めるのは避けがたいとのこと。
その時点ではジャンセンのベンチにはかなり思い入れもあり、聞いたのがいよいよ購入する直前のことだったので少なからずショックを受けました。
でもまあ、安くもないものを期待をこめて買った後に3たび裏切られるよりは、事前にわかってよかったと思い直すことに。

というわけで、では雑音が出ないという観点から最もオススメのコンサートベンチはなにかと尋ねたら、即座に「イタリアのランザーニ製でしょう」との回答でした。
イタリア製は車好きの経験から、デザインやスピリットは認めるとしても、品質に関しては大いに疑問符がつくイメージがあったので、俄には信じ難い気もしましたが、その方は抜きん出て知識が豊富で信頼のおける方であったし、自信をもって推挙されるので結局それを購入することになりました。

当時ようやくこのベンチがコンサートで使われはじめた頃で、側面に赤いラインが2本入り、座面ステッチにも赤い糸が使われるあたりいかにもイタリアンで、すでにポリーニなどが使っていたし、ホールにも結構あるようで今でもときどき見かけます。
そのころ、このランザーニのコンサートベンチを取り扱っているのは松尾楽器商会だったので、ここから購入。

送られてきたそれは、これまでの2つのコンサートベンチにくらべて明らかにガッシリしているし、かなり重く、たしかに作りもかなり堅牢、どんなに重心移動してもミシリとも言わず、まずこの点においてはかつてない頼もしさがありました。
いやな雑音からも解放されたのはよかったけれど、強いていうなら座面のクッションの沈み込みがほとんどない平坦な作りなので、厚みのあるクッションの感じがないのは少し残念でした。

でもとりあえずこれで落ち着いたことでもあり、部屋にコンサートベンチばかりごろごろしていても仕方がないので、カワイ製のものは人にあげて整理をつけたころ、今度は油圧式のベンチがちらほら出始めました。
はじめは「骨組みだけの変な椅子」としか思わなかったけれど、コンサートでもこの油圧式のベンチがしばしば目につくようになり、実際に楽器店で腰を下ろしてみると、これまでのものとは違った心地よさがあって良さを認めざるを得なくなります。

慣れの問題もあって、見た感じはさほど好きにはなれなかったけれど、抜群の安定性、レバーひとつの高さ調整のしやすさなど、とくに機能面では有利なんだろうと納得し、早い話が今度はこれが欲しくなったというわけです。

続く。