過日、マロニエ君に日本調律師協会の過去のカレンダーを送ってくださった方のメールの中に「ヤマハで言うトップサポート」という言葉が出てきて、不勉強なマロニエ君はすぐになんのことかわからず、さっそく調べてみることに。
判明したことは、アップライトピアノの上部の板をほんの少し開けるための機構。
アップライトの場合、ボディの一番上の水平の板は前屋根と後屋根というものに前後で分割されているのがほぼ一般的で、前屋根は後ろへ向かって180°バタンと開くようになっており、開けた状態では前屋根と後屋根がちょうど重ね合わせるかたち。
マロニエ君はまさかここにカバーをかけるといったことはしていないものの、ついあれこれの楽譜を積み上げてしまって、前屋根をわざわざ開けて弾くことはまずありません。アップライトピアノでは上がちょうど便利な楽譜置場になっているというのは、わりによくある光景ですね。
さて、その「ヤマハで言うトップサポート」とは、ボディ内側に仕組まれた短い棒を立てることで、前屋根をほんのちょっとだけ開けるというもの。
この方のピアノにはそれがあって、そのわずかな開閉の違いがもたらす響きの違いを楽しんでおられるようでした。
シュベスターにないことはご存じで、まずは本を数冊挟むなどして試してみることを薦められたので、すぐに楽譜を床におろし、文庫本を3冊ほどを輪ゴムでまとめて前屋根が3〜5cmほど開くよう、そこに挟んでみました。
さっそく弾いてみると、こんな僅かな事にもかかわらず、思わず「エッ!」といいたくなるほど音の体感差がありました。
なんといってもまず格段にダイナミックでパワフルになり、発音の細かい点までバンバン聞こえてくることに驚かされます。
普通に前屋根を180°開けだだけでは、音は上に抜けていくのか、こんなことはないし、調律時には鍵盤蓋から上下のパネルまで全部外して作業されるので、その状態で音の確認をするときなども、ほとんど何も遮るものがない状態で弾くことはありますが、そのときも音が裸になった感じはあるものの、こんな独特な感覚を味わったことはありませんでした。
まるで、エアコンの吹き出し口の前に立っているように、音がこっちをめがけて一斉に流れだしてくるようで、全身で音を浴びているような感覚です。
音量じたいも上がるほか、低音などは厚みが増して、響板の振動そのものを感じるようで、ときにうるさいぐらいに感じることもありました。
タッチまでまるで反応が良くなったみたいで、こう書くと良い事ずくめのようですが、そうとばかりは言いません。
自分の弾き方のまずさやペダリングの問題点などもはっきり認識できるのは練習にはいいとしても、ちょっと困ったのは、音によって、音色や響き方などに違いやムラがあったり、個々の音に良くも悪くも特徴があることが明瞭となり、ある音は響板の深いところで鳴っているのに、ある音はずいぶん手前に聞こえたり、これまでは気にならなかったようなことなども次々に白日のもとにさらされることでしょうか。
暗がりで素敵な空間と思っていたところが、昼には見えなくていいものまで見えるようでもありますが、それでもやはりおもしろいものだと思います。
数日これで弾いてみて、再び元に戻してみると、とりあえずまとまりというか収まりは良くなるかわりに、なんとなく力ない響きのように感じてしまい、人間の慣れというものは困ったものです。
さらにその方のメールによると、この効果はピアノやメーカーによっても違いがあるのだそうで、ご実家の大手の量産ピアノでは少し改善するぐらいで、さほど音に包まれるような強烈な感じにはならないのだとか。
もしかすると、この前屋根の「チョイ開け」こそが、良いピアノかどうかの判断手段になるのかもしれません。
とくにピアノ選びの時には、チェック項目のひとつに加えてみるのも無駄ではないでしょうし、文庫本をちょっと挟むぐらいなら、お店もやらせてくれるでしょう。