時代の流儀

iPadでのメールやLINEなど、いわゆるタッチ画面で文章を書くのが苦手なので、少しまとまった量になると一旦パソコンで書いて、それを自分に送信しコピペして送るのですが、ひょんなことから知人が別売りの便利なキーボードがあることを教えてくれました。

そんなこと常識なのかもしれませんが、マロニエ君はそっちのほうはからきし苦手なので、あれば便利かも…と思い、いわれるままにそのメーカーと機種をアマゾンに注文したところ驚くべきことが。

お昼少し前に注文したものが、なんと5時間後にはそれが届いて、その早業にビビリました。
発送元を見るとアマゾンの千葉県市川市となっていますが、九州にも大きなセンターのようなものがあるらしく、売れ筋のアイテムは揃っているのかもしれません。

それにしても、大変な時代になったものだとあらためて思ったし、これでは店頭販売が年々廃れていくのも仕方ないかと思います。
我が身をふりかえっても、たしかに店舗に足を運んで商品を見て、触って、比べて、その範囲の中から買うという行動が激減してることに気づきます。
現物確認さえあきらめれば、多種多様な中から商品を選ぶことができるし、その選択肢の多さは、とうてい実店舗がかなわないもので、しかも同時に価格の比較もできるとなれば、そちらが主流にならざるを得ません。
さらに、実際に出向く必要がないから、そのための時間も交通費も駐車料金もかからずで、とくに実用品はネット購入ということに(くやしいけれど)なります。

自分も利用しておいて言えた立場ではないけれど、こうして必要最小限の合理的なエネルギーで動いていくから、世の中は一向に活力が出ないような気がするし、ムダがなく安いことが全てに勝る正義のようになっていくことに殺伐とした怖さを感じながら、かくいう自分を含めて後戻りはできないレールの上を進んでいるようで、それがさらに恐ろしさを感じます。

そのうち本当にドローンがお届けに飛んでくる日もくるのかも…。


買い物といえば、先日H&Mでちょっとした安いシャツを買おうとしたら、さんざんレジに並ばされたあげく「袋代が20円かかりますが、よろしいでしょうか?」とにべもなく言われました。
咄嗟のことで、もしそれを拒否してシャツを裸で持ち去るのはさすがにどうかと思ったし、後ろにはレジを待つお客さんが何人も並んでいたので、ここは早く済ませることが大事なような気がして、考える時間もないまま承諾しました。

すると、小さな白いビニール地に赤でH&Mのロゴが入った袋がカウンター上におかれたものの、畳んだシャツ一枚がどうにか入るぐらいの小さなサイズで、こんなちっちゃな袋が20円もするの?と非常にびっくりしたし、なんともいえない不快感を抱きながら支払いを済ませ、店を後にしました。
スーパーのレジ袋だって、まだ大きいのが3円ぐらいで、こんなに小さいペラペラのビニール袋が20円とは、どうにも納得がいきません。

これはひとえに気分の問題で、商品代があと20円高くてもまったく構わないけれど、こういうことはできたらしないでほしいと個人的には思いますが、これも時代と割り切らなくてはいけないのかと思うと、無性に楽しくない気分。
とりわけ、外資系の会社というのは、客の心情などといったものを考慮しないのか、ずいぶんとドライで大胆なことをやるようで、そのあたりはどうにもマロニエ君は馴染めません。

会社側にしてみれば、いくらでも主張や理屈はあるのでしょうが、来店して商品を買ったお客さんに、それを持ち帰るための袋が必要ならを20円よこせというのは、マロニエ君が経営者ならぜったいしないと思う部分。

スーパーの有料レジ袋はさすがにもう当たり前になったので、マイバッグ持参で行くけれど、さすがに服を買うときまでそんな準備をしたくはないし、なんとなく通りがかりに立ち寄って買うということもあるわけで(今回が正にそう)、そのために常時袋のようなものを忍ばせておくなんてまっぴらごめんで、かといってあんな小さな、ゴミ用としても使い道もないような小さなビニール袋に20円出させられるのは、やっぱり納得はしかねます。

ゴミといえば、回収のための有料袋が福岡市の場合、最小サイズが15Lで15円なのですが、それよりも高いなんて、いったいどういうことかと思いました。

最近は、いろいろと理由はあるにせよ、どうにもしっくりしないようなルールがあまりに多いのは、それだけでも人生のいくらかをスポイルされているような気がします。
ひとつひとつは「たかだか!」というレベルのことですが、その「たかだか!」もずんずん積み重ねられたら、意外に大きなものになりますからね。