最近のパリ

最近のパリの話というのを、久しぶりに会った友人から聞きましたが、かなりショッキングな内容でした。

一年ほど前にパリに行って戻ってきたとき、「我々が知るパリはもうどこにもない…」というようなことを電話で言っていたので、「またまた、大げさな!」と思っていたのですが、今回じかに詳しく聞いてみたところ、そこから語られる数々の話には少なからず驚かされるものがありました。

普通パリといえば「花の都パリ」という言葉が思い浮かぶように、芸術、美食、ファッション、その他もろもろの文化にかけては歴史的にも世界の中心として君臨した街。
パリを愛した芸術家は数知れず、その美しい街並み、すべてのものに息づくシックで斬新なセンスなど、マロニエ君もずいぶん昔に行ったパリはまさにそういう場所でした。

ところが近年の状況はさにあらず、街は殺伐とし、いわゆるパリジャン、パリジェンヌの大半は姿を消し、まったく似つかわしくない違った様子の人達でパリの街は溢れかえっているといいます。

ありとあらゆることに変化が起きており、例えば、かつては街のいたるところにあった美しい菓子店など、どこを見渡しても一気に払いのけられたように無くなり、かろうじて残る店も、商品は日持ちのする魅力ないものに合理化され、さらには昼食時間帯にはマックよろしく、パン(パン屋ではないのに)に何かを挟んだテイクアウト用の軽食を販売するなど、もはや伝統的なパリの気の利いた繊細なスタイルの多くは、ゼロではないだけで大半は消滅しているのだとか。

街角で土産として売っていたエクレアには「I LOVE YOU」の英字が踊り、地元の人々の優雅な生活を感じさせるものはことごとく消えているとかで、街全体は殺伐としているといいます。
ランドマークである凱旋門、エッフェル塔、オペラ座といった建造物はあるものの、でもそれだけで、街全体はほとんどスラム化しているといいます。
思わず涙しそうなノートルダム寺院の大火災は、こうしたパリの変化を象徴した惨事だったような気もしてきます。

なにより強く訴えていたのは、美しいパリのイメージとはかけ離れた治安の悪さで、いたるところにどこから来たのかわからないような怖そうな人達がたむろしているから、ただ歩いて通過することさえたじろいでしまうため、街歩きなんぞしたくてもできない状況だとか。

いっぽうルーブルやオルセーなどの美術館は、いずれもアジアの大国の人達でテーマパークのようにごった返し、有名作品の前ではワイワイガヤガヤ大声が飛び交い、揉み合うようにして自撮り棒で写真をとるなど、名画の世界に浸ることなどまったく不可能だとか。
日本の美術館のように静かに作品を鑑賞できるところは、アメリカのことは知らないけれど、もしかしたら日本ぐらいではないか…ともこぼしていました。

さらに驚くべき事件が追い打ちをかけます。
そもそも、この旅にはクリニャンクールの蚤の市にあるらしい楽器店に行く企みがあったというので、またバカなことを!とは思いました。
家族にも内緒でまとまった現金を持っていたらしいのですが、オペラ座近くのメトロの駅階段を登っていたところで、日中、突然背後から襲われ、有無を言わさず背中のリュックのファスナーを開けて現金を強奪されたというのです!!!
まさに一瞬のことで為す術もなく、さいわい現金は2つに分けていたため、1つは無事だったものの、その被害たるや笑っては済まされないような額で、聞いているこちらが心臓はバクバク、頭はクラクラしてきました。

警察に飛び込んでも訴えるだけの語学力もないし、上記のような街の状況からしても、取り返すことなど不可能だと悟って、被害届も出さなかったというのです。
それからというものさらに気を引き締め、リュックは背中ではなく体の前に提げるなどして全身注意の鎧を固めていたにもかかわらず、後日なんと再び歩いているところを物盗りに襲われ、今度は必死に防御して被害はなかったというのですが、相手は複数の場合が多いから、下手をすれば物陰に連れ込まれて命の危険さえあることを肌で感じたそうです。

帰国していろいろな人に話したところ、フランスに限らないそうで、スペインではターゲットを路地裏に連れ込み、口元を殴って前歯を折られてパニックになっているところで、身ぐるみ剥がれるという手口が多いのだそうで、今どきのヨーロッパとはそんなにも恐ろしいところなのかと驚愕しました。

この友人は、ロッシーニではないけれど音楽と美食を心から愛するため、一人旅のくせに高級レストランに行くことも目的で、それでも意地でいくつかの有名店には行ったというのですが、さすがに店内はどこも安全だったけれど、食事が済んで一歩店を出ると、とたんに再び恐ろしい危険と緊張感が広がり、要するに街全体が一瞬も気の抜けない無法地帯のようになっているということのようです

これがパリの現在の姿だなんて、考えたくはないですね。
近年日本のアニメがパリでも大人気などという話を聞いて首をひねっていましたが、環境自体がこれだけ変わっているということも考慮しなくてはいけないのかもしれません。

その友人は、佳き時代の終わりの頃から4回ほどパリに行ったけれど、もう二度と行くつもりはないそうです。