BOXセット

近年、スター級の演奏家もほぼ不在となり、芸術全般に対する関心度も下がる中、新しいCDを作っても売れる見込みが立たないのか、新譜の数も激減しています。
考えてみれば、好きな演奏家が新譜を出すといってわくわくして、発売日に即購入したいと思うような人はもういませんし、そもそもそんな時代でないということなのか。

時代の変貌、価値観の急速な変化、優劣で決まるコンクールが基軸になるなどの条件が重なって、個性のない平均化された演奏者ばかりがあふれ、若い人で人気があるといえば、ほとんど例外なくテレビタレントのような人で、ピアノの弾ける漫談家のような人も現れて、もうめちゃくちゃといった感じしかありません。

指揮者でいうと、いまどきはどんなに有名な人でも、練習風景の映像など見ると、まず楽団員に嫌われないように気を配り、低姿勢を貫き、愛想笑いを絶やさず、リハもいちいちお願いしてお礼を言っての繰り返しで、むしろ団員のほうがどことなくエラいような感じ。
それでは思い切ったこともできないだろうし、演奏はだいたい似たりよったりになるのは当然の帰結です。

かつてのような暴君や帝王がいいとは云わないけれど、そうかといって気を遣いまくる指揮者の演奏なんてあまり聴きたくもありません。
芸術と名のつく限り、そこにはエゴも魔性も毒も一定量は必要であるにもかかわらず、現代の演奏はそういう要素はことごとく除去されて、尋常で整った無味乾燥な演奏をしていれば次の仕事にありつけるのでしょうか?

器楽も同様で、追い求めているのは表面的な演奏クオリティとありきたりの解釈をセットにして弾く、それだけ。
技術的訓練はぬかりはないのだろうけれども、大曲難曲なんでもござれで片っ端から手を付けても、何のありがたみもないし、だからいまさらコストをかけて録音しても買う人がいないから、その数は減るいっぽうという気がします。

この傾向は当分変わりそうにもなく、各レーベルに残された捨て身のCDビジネスがBOXセットなんでしょうか…。

閉店前の放出セールでもないでしょうけれど、過去の名盤・名演を惜しげもなく集めてはBOXセットにして、昔ならおよそ考えられないような破格値で次々に放出されていますね。

老舗レーベルは過去数十年にわたって蓄積された膨大な音源があるから、ひとりの演奏家、作曲家、あるいは特定のテーマごとにBOXセットを組むことは可能でしょう。

こうしてひとまとめにされたずっしり重いBOXセットは、その誕生の経緯がどうであれ散逸することなく整理され、だれでも入手可能となるという点では価値あるものだとは思います。
BOXセットということで拾い上げられる以外、おそらく永久に日の目を見なかったであろう録音も、これを機に蘇るという点でも意義はある。

こちらにしてみれば、長年コツコツと買い集めたものが重複することも珍しくなく、これまで投じたエネルギーやコストを考えたらいやになることも正直あるけれど、それでも買い漏らしたものが手に入ったり、一枚ずつなら絶対に買わなかったようなものを聴くチャンスにもなるし、おまけに望外の低価格であることは大変ありがたい。
もしCD全盛の頃だったらほとんど0がひとつ違うほどで、一枚あたりに換算すると100〜200円ぐらいだったりして、買う側にしてみれば非常にありがたいけれど、演奏者には申し訳ないような気がするのも事実です。

果たして偉大な演奏家の長年にわたる演奏の軌跡を一気網羅的に辿れるのだから、かつてならまずできなかったような経験があっさりできるのは驚くばかりです。

しかし良いことばかりかというと、そうでもなくて、やはり一枚一枚を丁寧に、熱心に、集中力をもって聴くという、聴き手のスタンスがどうしても甘いものになってしまいます。
この手のBOXセットは、多くは膨大な数のCDがこれでもかとばかりにギッシリつめ込まれており、まず、ひととおり聴くだけでも相当な時間と根気を要するようなものがゴロゴロしています。

そうなると、どうしても先に進むことに追われてしまい、いつしか聴くことが仕事のようになってしまう危なさがあります。
せっせと聴いては次に進むという、まさに数を消化して終わらせるために聴いているようなもので、これでは音楽の楽しみとは似て非なるものになってしまいます。
贅沢な悩みではありますが…。