少し前のことでしたが、ある技術者の方から、至極もっともといいましょうか、大いに納得の行く話を伺いました。
ピアノのハンマー交換をする場合、何に最も留意すべきか?
こういうことは技術者さんによっても流儀はいろいろだろうと思われるので、あくまでもお話を伺った技術者さん個人のお考えとして紹介しますが、その方は「ハンマーの重さに対する注意につきる」といわれました。
ふつうハンマー選びというと、レンナーだアベルだというような単純な話になりがちですが、各社とも等級はいろいろあって、一概にどうともいえないようです。
その方が言われるには、それなりの品質のものであればメーカーはそれぞれだし一長一短で、それ以外にも優れたハンマーを作る会社はあるし、さらに取り付けるピアノの年代や相性、弾く人の好みなどとても一概にはいえないようです。
それより、メーカー以上に守る(こだわる?)べきことがあるとすれば、それはハンマーの重量。
これは決して外せない要素だと言われました。
ピアノの設計やアクションの作りに対して、最適な重さのハンマー(シャンクも含むとおもいますが)であるかどうか、この点をその方はもっとも注意されるそうです。
とくに古いピアノなど、データが豊富でないピアノになるとさらにその点は細心の注意が必要らしく、これを誤ると、どれだけいい音がしても、弾きにくくて好かれないピアノになり、ピアノそのものの価値を左右するに至るというのは納得でした。
その点の注意を怠って、安易に有名ブランドハンマーを取り寄せて交換すると、タッチの面で思ったような結果が得られないピアノというのはかなりあるそうで、多くの技術者はこの部分をハンマー交換時のリスクとしているようですが、決してそうではなく技術者がそこをよく認識し注意さえしていればそういう間違いは起こらないとのこと。
我々一般ユーザーにとって、信頼している技術者さんが吟味して仕入れたブランド品のハンマーなら、まさかそれが不適合だったとは思いませんものね。
重すぎるハンマーがつけられてしまったが最後、整調などでいくら小細工を繰り返しても基本的な解決には至らず、気持ちの良くないピアノになり、最悪の場合はピアノそのものが嫌われてしまうこともあるでしょう。
こういう場合、もともとのサイズが違ってしまうぐらい大胆にフェルトを削ってダイエットすれば、その分の効果はあるかと素人考えで思いますが、それではハンマーそのものの価値を毀損するようでもあるし、そもそもの選択ミスをそんなかたちでカバーするのもおかしいですよね。
話は変わるようですが、マロニエ君は無類のクルマ好きでもありますが、通常の好ましい実用車の場合、日常の使用でどの性能が最も乗員に寄与するかというと、それはエンジンでもパワーでも燃費でもなく、日常的な使用範囲における「乗り心地」です。
段差を乗り越えた時のいなし方、揺れの少ない節度感あるボディ制御、駐車場から表通りに出て加速して、流れに乗って走行する際にもっとも気持ちの良く感じる性能は、キチンと腰のある繊細でしなやかなサスペンションです。
これをピアノに当てはめますと、もちろん音や響きも極めて大切ではあるけれど、まずはしっとりと弾きやすく、程良い抵抗とコントロール性を兼ね備えた「上質なタッチ」だと思います。
マロニエ君は、音とタッチのいずれが大事かというと、悩んだあげくの究極の選択ではタッチかなぁ?と思います。
音は元のピアノがよければ優秀な技術者の力を借りてあるていど磨けますが、タッチはなかなかそうはいきません。
打弦距離だのなんだのと調整箇所はいくらもありますが、そもそも重いハンマーが悪さをしている場合、いくら技術者さんが中腰で汗水たらして時間をかけてがんばってくださっても、さほどの劇的変化は起こりません。
ハンマーの重量さえ適正なら、技術者さんも音色やパワーや調律など他のことに労力と時間を使えますが、これがボタンの掛け違えのように、出発の時点で間違っていると、あまり効果のない調整等でお茶を濁す以外にどうすることもできません。
そういうわけで、上記の技術者さんがおっしゃるハンマー交換の場合、最も重要な点は「適正な重さに細心の注意を払う」というのは大いに納得の行くお話でした。
こんなことを言っちゃ怒られるかもしれませんが、そこさえきちんとしていれば、レンナーでもアベルでもRGでも、そんなにワアワアいうような大問題ではないんじゃないかと思いますけどね。
もちろん、フェルトのクズを固めて作ったような安物じゃダメでしょうけど。