つい最近、フルートマニアの友人から聞いたこと。
彼はさほどの演奏もできないのにモダンフルート(古楽器ではない、現代様式の金属のフルート)のコレクターで、ムラマツ、ヘインズ、ハンミッヒ、ルイロットなどいくつもの名器をコレクションしているお馬鹿なのですが、まあその点ではマロニエ君も(コレクションこそできませんが)ほぼ同類であることはかねがね書いてきたとおりです。
さて、フルートのような管楽器や弦楽器は定期的にメンテに出して、調整したり、消耗品の交換をしたり、時に解体修理をしたりと定期的なプロのケアを必要とするようで、楽器と名のつくものはおしなべてそういうものであるようです。
それを請け負う職人さんにも様々な名人・才人・奇人のたぐいが多々おいでのようで、修理のやり方ひとつにも各人各様の流儀と価値観・手法・巧拙があり、どこの誰に頼むかは難しいところのようです。
技術者のセンスや考え方、持ち主との相性や好みなどが幾重にも絡みあい、単純な答えがないあたりもピアノ技術者と同様だなあと思います。
いや、ピアノより楽器が小さく繊細なぶん、技術者の施した仕事の影響を受ける要素も多いのかもしれず、技術者選びはさらに困難を極めるといえるのかもしれません。
ヴィンテージの楽器が得意な人(ピアノと違って、そこには真贋の鑑定やそれに伴う金銭問題も含む由)から、メーカー系の定める基準にそって、マニュアル通りの整備を目指す人まで様々で、よって依頼する楽器によっても使い分けが必要なようです。
驚いたのは、さる名人とされる職人某さんの談によると、修理や調整にはよほどの自信とプライドがあるからか、自分が手がけた楽器(それも名器と言われるもので、そのへんのお稽古用の楽器ではない貴重な銘器!)に、自分が技術者としてその楽器に関わったという証を残すために、どこか所有者には見えないところに自分なりの印を入れるのだそうで、早い話が自分だけにわかる「キズをつける」のだそうで、これには仰天しました。
この方は、これを友人へさも誇らしげに語ったというけれど、マロニエ君は聞いていいてまったくいい気持ちはしませんでしたし、これは職人さんがやってはいけない道義の問題ではないでしょうか?
もし自分がそんなフルートの銘器の所有者で、わずかでもそういう印(キズ)を入れられたと知ったら、マロニエ君はとてもイヤだし容認できないだろうなと思いました。
唯一許されるとすれば、それは製作者のみ。昔のピアノには内部の何処かに墨文字で製作者の署名があったりしましたが、それはオーナーに内緒でキズをつけるというような陰湿なものではなく、堂々と名前や日付が書かれていただけ。
たかだか修理や整備をしたらかといって、所有者に無断で「キズ入れ」とは、どのような理由をつけようとも、他人の価値ある所有物に勝手に自分の印を刻み込むなんぞ、思い上がりも甚だしく、マロニエ君は聞いたそばから憤慨しました。
もし記録として純粋に必要なら写真を撮ってシリアル番号と仕事内容などを記録するなど、別の方法もあろうかと思いますが、楽器本体に消せない印を入れるのは自己顕示も甚だしい行為だと思いました。
骨董の世界などは、本体のお値打ちはもちろん、箱書きや添えられた古文書が示す来歴、時には包んだ布切れなどまでが骨董としての価値を決定することもあるようで、さらに歴史を加える場合には、箱ごと入るさらに大型の箱を作って新たな箱書きをするといったことをするようですが、喩えて言うなら、鑑定家が自分の手を経たからといって貴重な志野茶碗や織部や乾山の作品に、自分だけがわかるキズを入れるようなもので、そんな冒涜的な話は聞いたこともありません。
こういうことを書くとお叱りを受けるかもしれませんが、どんなに名人であっても、楽器の技術者さんは裏方の存在であって、自分を表立って表現する仕事ではありません。
…だからこそ、そういう歪んだ願望を抱く御仁も出てくるのかもしれませんが。
そういう行為には、どこか倒錯的な心理さえ垣間見える気がしてゾッとしてしまいます。
あんがいストラディバリやグァルネリの中を開けたら、そんなものだらけかもしれず、だからああいうオールド楽器の世界って素晴らしさとオカルトやホラーが背中合わせなのかもしれません。
人の悪意や怨念が渦巻いたとき、音に魔力が加わるものなのか?!?