やわらかさの保持

ピアノの調律をすると、パッと音が明るくなって音粒も上品に整い、あの気持ちの良さはなんとも言えないものです。

しかし、その気持の良さは儚いもので、切り花がしおれるようにしだいに失われていくもの。
どれぐらい保つかは、温湿度管理や、弾き方、弾く時間など様々に左右されるとしても、だんだん崩れていくのは(程度の差こそあれ)ピアノの宿命ですね。

さて、その、ピアノの状態が好ましくなくなってきたと感じる要因は、いろいろあるように思います。
音程やユニゾンが狂ってくるということもあるけれど、意外に要因として大きいのは音質の変化ではないかと思うのです。

弾いていれば弦溝は深くなり、優しげな膜がかかったような音がだんだんはがれて、節度のない、キツい感じになってくると「ああ、調律しなきゃ!」と思うのではないでしょうか。
つまり、音の硬軟が変化することのほうが耳障りとなって、言葉では「調律」というけれど、実際には音のキツさを消す「整音」のほうが心地よさに寄与する部分は大きいのでは?と思ったりするこの頃です。
たとえば、音の固さが不揃いになってしまったピアノに、一切整音はせず、ただ調律だけをやればピッチは整ったとしても、それでどれほど満足が得られるかといえば甚だ疑問です。

で、以前にも少し書いたことがあったように記憶していますが、ハンマー硬化剤の逆の効果がある「軟化剤」というのがあることを聞いたことがあり、これの経験のある技術者さんが「まだ実験段階なのでお客様のピアノではできません」といわれるのを拝み倒して試しにやってみてもらったことがあります。
その経過も含めてのお話ですが、この軟化剤の効果というのは思った以上のものがあり、キンキンしない音の保持力がとても長く続くのです。

かといって、音の腰や輪郭がなくなったりというような弊害もありません。
(むろん、硬化剤と同様、技術者さんの経験に基づいて適正に使用された場合でしょうが)

例えば、音を柔らかくすることは、固くなった弦溝を剥ったりハンマーに針を入れることでもかなり効果はありますが、悲しいかな一時的で、弾いていればしだいに元に戻ってしまいます。
極端な喩えですが、寝る前に枕をほぐしてみても、朝起きた時にはペチャンコになってしまっているようなもの。

もちろん針刺しは、単に音の硬軟だけでなく、ピアノの音に骨格や品位を与えるための奥深い作業で、もちろん同等に論じているわけではないことはしっかりお断りしておきたいのですが、さしあたり、表面的な意味でのやわらかな音の保持という点だけでいうと、軟化剤による持続性にはかないません。

ひとことで言うなら、洗濯に使う柔軟剤と同じようなものと思えばいいようで、出来上がりはふっくら優しく、しかもそれは一晩で元に戻ることない、あれです。

この軟化剤のお陰で、次の調律まで抱く不満が格段に減じられることは驚くに値するものだと思いました。
次回調律までのスパンが半年なり1年だとして、針刺しだけでは、すぐに硬化してくるはずの音が、数ヶ月間続くのですから、これをどう見るのかはピアノの所有者の価値観しだいだろうと思います。

仮に年に1回の調律として、その大半が音質の乱れがきわめて少なくて済み、気持ちよく弾ける時間が圧倒的に長く保てるのなら、こちらのほうがいいと思わる方は多いのではないかと思います。
もちろん、高級ピアノやコンサートグランドでは軽々にそういうこともできませんが、家庭で普通に使うピアノにはかなりの威力があり、音が気になって調律をせき立てられる要素が激減すると思います。

ただ、ピアノによって(メーカーによって)は軟化剤の効果を得にくいものもあるようで、メーカー名は申しませんが、そういうハンマーはよほど質が悪いか、製造時から意図的にガチガチにされているんでしょうね。
どれを弾いても、キツい音がするのも頷けるというものです。

いずれにしろキンキン音はいけません。
それだけで耳が疲れて楽しくなくなります。