C3+アベル

先日のこと、とある技術者さんがアベルのハンマーを使うなどしてオーバーホールされたC3があり、交換から半年が経過したということで、これを触らせていただくべくお邪魔してきました。

ピアノ自体は50年ほど前のものだそうですが、内外はピカピカに仕上げられているし、多くの消耗品は交換され、どこを覗いてもすこぶるきれいで好ましい感じの佇まいは、むしろ若々しい感じのものでした。

いきなり驚いたのはその鳴りのパワーで、昔のピアノは違うというのはやはり思い込みではない!というのが最初の印象でした。
どこがどう違うのかわからないけれど、材料などが現在のピアノより上級品が使われているのと、製造時の手間のかけ方が違うのでしょう。現代のピアノより明らかに鳴りが太く、器が大きいことに唸りました。
この器というのは実は非常に大切な点で、今のピアノは、一見キレイな音はするけれど、昔ならあり得なかったような先端テクノロジーの力なのか、精密に極限まで鳴らされているぶん「今まさにピークで、この先の伸びしろは期待できそうにないな…」という感じを受けるのですが、そういうものとはまったく違うもの。

さらにハンマーが良品に交換されて丁寧に整音されているため、よくあるY社のものより明らかにふくよかになっている点もハッとさせられます。
ちなみに、ふくよかというのはモコモコ音ではなく、ハキハキはしているけれど、あのよくある針金の入ったようなキツい音ではないのが嬉しいところです。
アベルのハンマーが具体的にどういいのかは、マロニエ君なんぞにはわかりません。
イメージで言うならレンナーのほうが重厚でアベルのほうが少し明るめなのかもしれないけれど、等級もいろいろあるようだし、技術者の整音のやり方によっても変わってくるので、一概にどうとは言えない話です。

ちなみにマロニエ君は、ピアノの個性に合った良質なハンマーであれば、メーカーなどなんでも良いという考えで、ブランドに拘る気持ちはまったくなく、いい感じの音が出るならメーカーなんてなんでもいい派です。

さて、このアベルのハンマーはというと、Y社の純正よりも全体にフェルトの密度が高いのだそうで、そのぶん交換前よりも重くなり、それはタッチの重さにも影響するため、木の部分を削るなどの工夫を凝らされているようでした。
その効果は充分で、弾いている感じは至って軽快、このピアノの潜在力をあますことなく発揮するまでに見事に仕上げられていると思いました。

やはり、技術者の方がご自身の工房で時間をかけて仕上げられたピアノに共通するのは、音の上品さやタッチの素晴らしさです。
軽快なのにしっとりした質感があり、コントロール性にもすぐれたとても素晴らしいものですが、これは良質なタッチに欠かせない消耗品類が交換されていることと、時間制限のある出張修理ではないぶん、納得行くまで何度でも調整を繰り返された努力とこだわりの結晶だからでしょう。

やはりピアノは細かい調整の積み重ねがあってはじめて快適で上質な音や弾き心地となり、それはまさに人の手によってしか到達することはできない領域であることは疑う余地がありません。

というわけでC3としては最上の部類に属するピアノだと思いましたが、ここまで丁寧なメンテを受けたピアノであるからこそ、このピアノの生まれもった個性もより克明になるという一面も感じました。
たとえば、昔から感じていたことですが、Y社のピアノは低音域(とくに巻線部分)に特徴があり、それはこのブランドの全体の品質やクオリティからすれば、相対的に弱い部分ではないかと感じます。
このピアノもこれだけ入念な手が入れられ、弦も新しいものに張り替えられていますが、それでも巻線部分にはそこが残っており、このあたりは少々の部品交換や調整ぐらいではどうにもならないことなんでしょうね。

私見ですが、海外の優秀なピアノとか、国産でも僅かに存在した優れたピアノは、どれも低音域が深く美しく、弾き手を陶然とさせるような魅力があるのですが、Y社の場合は低音になるにしたがい音にキレがなくなり、雑味のある振動でビンビンいう感じ…。
低音域は音楽の土台であり支えともいえる部分でもあるので、きわめて重要な部分だと思うのですが、弦やハンマーも交換され、これだけ惜しみなく手が入れられたピアノであっても、そのあたりはかなり頑固なように見受けられました。

C3は大量生産のピアノなので、あまり細かい要求をしても仕方がないといえばそれまでですが、低音の美しさに関しては(モデル差はあるとしても)K社のほうがまだ優れている気がします。
また、単音はきれいでも、曲となって音数が増えたり、和音になって幾つもの音が同時に鳴る、あるいはフォルテになると、音や響きが暴れ気味となり、まとまりづらくなっていくのを感じます。
一流と評されるピアノでは、そういうシーンになればなるだけ音はむしろ収束していくところがあり、和声の色あいや厚みが増し、全体のフォルムがしっかり浮かび上がるように思うのですが、これはひとつにはY社のピアノの音に透明感がないからかなあ?とも思いました。

音に透明感があれば色のついたフィルムを重ね合わせるように、音同士が絡んだときにさまざまな色や響きを作り出せるものですが、その要素が少ないと、音と音が融和せずに混濁してくるのではないかと思いました。

余談ですが、マロニエ君はこのピアノの鳴りの良さやパワーには素直に感心したのですが、試弾に来られた方の幾人か(特に女性)は、なんと「鳴りがイマイチ」といった方向の感想を漏らされたらしく、これにはもうびっくり仰天で、さすがにその技術者さんも静かな苦笑いのご様子でした。
おそらく、日頃からわめき散らすようなピアノに慣れておいでの方だとしたら、このように上品にまとめられたピアノが「もの足りない」と感じてしまうのかもしれず、人間の慣れとはそういうものか…と思いましたね。

日頃どんな状態の楽器に接しているかというのは、だから大切なんだと思います。
これは「好み」とは似て非なることですね。