ワグナーピアノ2

一通り見たあと、おそるおそるキーに触らせていただいたところ、うわっ、なんたる妙なる響き!

既存のピアノでどのメーカーに似ているというような比較ではなく、いい材料(これが現代では大変だけれど)を惜しみなく使い、名人や職人が高い志で、時間と手間ひまを惜しまず真面目に作ったら、こういう格調あるピアノが出来るのだという、一つの事実が具現化され目の前にあるようでした。
今どきのフェイクの要素を多く含んだピアノ風製品とは、まるで目指すところの異なる、本物の世界。

さらに日本のピアノによくある──こう言っては申し訳ないけれど──うるさいだけの側(そば)鳴りでなく、純度の高い音が空間を立体的に飛んでいくのがわかります。
弾いている当人より数メートル離れたほうが、音はむしろはっきりと美しく聞こえるあたりは息を呑むばかりで、これは海外のピアノの一部には見られるものの、日本製ピアノでは個人的にはあまり経験がないので舌を巻きました。

フレームは外観そこブリュートナーを模したよに見えますが、その音は知り得る限りの同時代のブリュートナーよりも、さらに衒いのないピュアなものに感じられ、これはよほどのピアノだという驚きと喜びが終始離れませんでした。

そもそも我々が音として感じるのは、打弦によって出てくる音と、そこから引き継がれていく響きの二つが組み合わさって耳(あるいは五感?)に届いたときに得られる感触でしょうが、このワグナーピアノはそれらがこの上もなく美しく、その音を聴いているだけで心が慰められるようで、こういうものを逸品というのかもしれません。

こんなピアノを日本人が60年も前に作っていたなんて俄には信じられないほどで、もしやこの頃のワグナーが西洋の一流ピアノに最接近していた時期なんじゃないか…。
労せず軽やかに鳴っている(軽い音という意味ではなく)ことは、その場にいた誰もが感じ取ったようで、これは、ただの珍品などではなく、まぎれもない本物の楽器だということを認めないわけにはいかないものでした。

この時点でも調整は半分も終わっていないのだそうで、部品等も注文もされており、完成はまだ先という話でした。
たしかに個別には調整を要するような音も散見できましたが、差し当たりそんなことはどうでもよくなるほど心地よい音で周囲は満たされ、ピアノの音とは、つまりはこういうものなんだろうな…と理屈抜きに伝わって来るようでした。

60歳のピアノだというのに、朗々と鳴るパワーがあり、力まない歌心があり、その上、繊細さや風格も備わっていること、さらには昔のピアノを感じさせるような古さもまったくなく、こんなピアノが存在したことがなぜ語り継がれないのか、不思議でなりませんでした。
それでいうと、とある50年前の定評ある大手のグランドなどは、弦やハンマーが取り替えられてはいても、疲れた響板からくる古さは隠し切れないものがありました。

奥行きが190cmというと、それほど大型のピアノではないけれど、低音は都会の夜みたいに大人っぽい美音で、巻線になるほど安っぽく不甲斐ない音しか出ないピアノとは次元の異なるものでした。
瑞々しい音が広い倉庫じゅうに朗々と、しかも混濁することなく美しく響き渡るあたり、これなら小さな会場であればコンサートにも使えそうで、マロニエ君はお酒のことはわからないけれど、熟成されたヴィンテージのブランデーなど、もしやこういうものだろうか?などと思ったり…。
サイズ的にはスタインウェイのA型クラスですが、できれば同年代のそれと並べてみたいものです。

あの感じをなんと言葉で表現して良いのやら、自分の文章の表現力の拙さが悔しいけれど、ともかくこのワグナーはまぎれもない第一級のピアノであり、かつて日本が(しかも広島という思いがけない土地で)こんなピアノを製造しながら、わずか9年という短命で終わったことに、短い活動期間で夭折してした天才の生涯のようにも感じたり。
広島というと、被爆ピアノのたぐいはよく紹介されるようですが、このワグナーピアノも広島が誇る歴史遺産として語り継いで欲しいものです。

…あまり長居をしても作業のおじゃまだろうと、適当においとましたものの、車に乗っても家に帰り着いても、しばらくは興奮冷めやらずの状態で、ワグナーピアノの美しい音が耳から離れず、この日はその余韻をもてあまし気味に夜遅くまでボーッとしていました。

調律師さんによると、これまでにも価値あるピアノが、値がつかないという理由から、ガラクタ同然に廃棄されたこともずいぶんあったのだそうで、そういうことを聞くとペットの殺処分のような胸の痛みを感じますが、それから考えれば、ともかくもこのワグナーピアノは知人の発見からはじまって、ついには殺処分を免れ、これからもしばらくはその美音を奏でられるだろうと思うと、ひとまず安堵の気持ちで満たされます。

この調律師さんは、専らご自分の満足のためにこの貴重なワグナーピアノを入手され、整備されただけで、流通市場ではどんなに音が良くても、無名のブランドのピアノには値がつかないので、完成した暁には、どこか教会のようなところででも使ってもらったらと考えておられるようでした。