告白

前回/前々回と書いたワグナーピアノは、ベテラン調律師さんがご自身のいわば道楽で購入/整備されたものであることは末尾に記した通りです。
ワグナーピアノという超希少種の出現という、あり得ないことが起こったことに触発されたのか、技術者魂が湧き上がったようにお見受けしました。
平生、プロの世界につきまとうのは趣味と職業を隔てる厳しい線引きであり、何事も金銭的利益になるかどうかで区分されてしまうのを残念なこととは思いながらも、職業なのだから至極当然のことだと納得しています。
それでも、今回のように、ときには素晴らしいピアノのために商売抜きのことでもやってみようじゃないか!という気概と実行力と、専門家としての純粋な興味に突き動かされるという部分をお持ちの方を、やはりマロニエ君は心から尊敬します。

そんなワグナーピアノですが、完成後どうするかについてはまったくのノープランのようで、あれこれ話しをしているうちに、なんと「弾かれるならお貸ししますよ。興味があるなら家に運びましょうか?」という望外のご提案をいただいてびっくり。
お申し出に面食らったのは言うまでもありません。

それを額面通りに受け取っていいものか迷いましたが、あんなピアノをしばらく家で自由に弾けたらいいだろうなあという魅力的なお話には抗し難いものがあり、電話で確認してみるとやはり快諾されるので、ついにはお言葉に甘えて、しばらく我が家で拝借することになりました。
むかしディアパソンがあったときのように、あー、また部屋が2台ピアノになるのか…とも思いましたが、頑張れば置けないこともありません。


実は、白状すると、我ながらまったく呆れ返るような話ですが、このワグナーピアノとほぼ時を同じくして、こちらはこちらである古いピアノを購入しようという企みが進行しており、ほとんど決定に近いところまで話は進んでいたのですが、そんなタイミングでこの降って湧いたようなワグナーピアノ拝借のお話をいただいたのでした。
…で、神経がヘトヘトになるほど悩んだあげく、ワグナーのW600というのは素晴らしいピアノであることに加えて、希少性(イマ風にいうとレア度)という点でもこれに勝るものはなく、マロニエ君が検索した限りでは写真の一枚さえもネット上には出てきません。
まさに幻に近いピアノで、しかもあの美音となれば、今これを逃したら生涯二度とそんなチャンスはないだろうというわけで、その別のピアノは、今回は涙をのんで見送ることになったという裏話まであったのです。

その購入ギリギリまで行っていたピアノはなにかというと、イースタインのB型というアップライトです。
イースタインは1947年に創業された、これまた知る人ぞ知る日本の銘器を製造した東京ピアノ工業という宇都宮に工場があったメーカーで、こちらは広島ワグナーに比べれば、まだいくらかご存じの方もいらっしゃるんじゃないかと思います。
設計開発には杵淵直都・直知親子、大橋幡岩、斎藤義孝・孝親子、福島琢郎その他日本のピアノ史に今も輝き続ける錚々たるメンバーがその名を連ね、数々の銘器を製造してきました。

なかでもB型は、イースタインのアップライトのフラッグシップモデルで、独特な形状の凝ったフレーム、アップライトにもかかわらず一本張りなど、随所にいい音を追求しようとした大物設計者たちの創意と工夫が盛り込まれているのだとか。
採算性よりも良いピアノを作ろうという理念が優先された凝った設計・製法という、今では夢物語みたいなピアノが昔はチラホラあったようです。
佳き時代だったということもあるでしょうが、それでも、あまりに品質第一・技術重視のせいで、会社としては採算性や営業力が脆弱だったようで、これが祟って1973年に倒産してしまいます。
しかし、その理想のピアノづくりを諦めきれない有志たちが再結集し、倒産から4ヶ月後に自主生産組織としてイースタインの製造は再開されることに。
しかし、そこでも「宣伝よりも品質」という体質はまたも引き継がれて、それが徒となったのか、1990年に二度目の廃業を余儀なくされ、イースタインの灯はついに消えてしまったという、日本のピアノ史を語る上で欠くことのできないピアノメーカーでした。

製造最後の一台は、イースタインの価値を知りつくした某楽器店のたっての希望でそこへ収められることになり、希望モデルはやはりB型だったようですが、最後はそのためのフレームが調達できず、別モデルになったとか。
そのあたりのことは早川茂樹著の『響愁のピアノ イースタインに魅せられて』に詳しく述べられています。

また、近年では、荒川三喜男著の漫画『ピアノのムシ 第1巻』でもこのイースタインは実名で登場し、ここで働いていたひとりの職人が、どうしてもイースタインへの思いが断ち切れず、廃業数年後にとある倉庫で人目を忍んで一台のB型を組み上げていたというような話で、それほどこのメーカーのピアノづくりには特別なものがあったようです。

そんなB型が破格値でひょっこり出てきたものだから、思わず頭に血が上ってしまい、写真などでは、年月相応の感じもあったものの、目に見えるダメージは少なく、ハンマーなどはそれほど弾きこまれた様子もないように思われたこと、さらにそのピアノがあるお宅というのが、とある地方の立派な邸宅で、おそらくそこで使われ、後年は長く放置されていたものだろう…と推察されました。
1960年ごろの2本ペダルモデルなので、伝説的な日本ピアノ界の重鎮がまだご存命だった時期でもあるし、イースタインとしてももっとも脂の乗った時期に生まれたピアノではないか?などと勝手な想像をしながら、すっかりその気になって運送費などを調べていたのでした。

そんなタイミングで、ワグナーピアノが目の前に出現し、その妙なる音色にすっかり骨抜きにされてしまったというわけです。
だったら、ワグナーはお借りするものだし、それはそれとしてイースタインのBの話は予定通り進めるということも不可能ではないかもしれないけれど、我が家にはすでにほかにもピアノがあり、さすがに楽器店じゃあるまいし、そんなに家中ピアノだらけにするのも躊躇われ、そもそも置き場も相当の無理をする必要もあって、今回は苦渋の決断で諦めることになりました。

ピアノというのは、なにをするにもそのサイズ、重量、置き場の問題がつきまとうのは他の楽器に比べて大変なハンディだということを今さらのように感じます。
安くもない運送費しかり、これがフルートやヴァイオリンぐらいのサイズなら、迷わずゲットするところですが。