いつだったか、どうしようもないナマケモノのマロニエ君としては、珍しくショパンの難儀なマズルカ(op.59-1/2/3)を仕上げることを目標にしてさらっていると書きました。
その進捗と成果のほどはおよそ自慢できるようなものではないけれど、柄にもなく久々に頑張ってみるのも悪くないというような気になり、ひところやっていましたが、また最近はモチベーションが降下。
とはいえ、自分にとって少し荷の勝った曲(ここが大事で大曲などはダメ)を丁寧にさらって、細部まで詰めていくというのはとてもためになるということを身をもって実感できました。
それにまつわる楽譜のお話。
我が家の楽譜は安さと手軽さから国内版が少なくなく、これぞというものは気に入った輸入版を買い増ししていました。
ショパンでも大事なものはパレデフスキ版などを使っていたのですが、マズルカは非常に大事なのに国内版の全音版と音楽の友社版と春秋社版しかなく、ここはちょっと油断していました。
マロニエ君はもともとの考えとして、ろくに美しい演奏のための真の研究もしないで、ただ楽譜の版にだけこだわるのは、どこか「木を見て森を見ず」という気がしていたし、むしろ、それにとやかくいう人に限って、音楽の最も大切な作法をわきまえなかったり、版云々とはほど遠い演奏をされるものだから、ますますこの点に反発を覚えるところがありました。
「自分は一定以上のレベルを有し、版の些細な違いを重視するほど専門的なんだ」というポーズの趣があり、それが鼻についてばかばかしいと感じることしばしばでした。
むろん、どの版を使うかが大事じゃないとは言いません。
でも、それ以前にもっと大事なことは、作品の本質や美しさに敏感であることで、どんな版の楽譜からでも、いわばその条件の下で、美しい音楽的な演奏ができるよう努めることのほうがはるかに大事だと思っているし、その基本は今も変わりはありません。
どんな楽譜を使っても、妙なる調べやフレーズの歌いまわし、全体のニュアンスや個々の作曲家の個性をセンスよく捉えて、自分の解釈とし、それを出す音に置き換えることは、版をあれこれいうよりもっと手前にある根本問題だと思うのです。
アンドラーシュ・シフの著書によると、かのアニー・フィッシャーはそういうこと(版)にあまり頓着せず、なんでも弾いていたとあり、しかもそれが彼女の手にかかると、あれだけのかけがえのない素晴らしい演奏となるわけだから、本当に大事なものは作品から何をどのように汲み取るかだと思います。
基本はそういう考えなんですが、さすがにそれまで使っていた全音版は、事細かに見だすと問題も少なくないことが次第に浮かび上がってきました。
校訂を専門家に丸投げしているのか、フィンガリングなどやたら教義的で実際の演奏に即したものとは思えず、必要以上に指を変えたり、特定の動きにこだわったり、なんでわざわざこんなに弾きにくい指使いに固執するのか納得出来ない点も多いように感じました。
音楽の友社版のフィンガリングはこれとは対照的で、およそ工夫というものがなく、本当に作品を美しく弾かせるためには違うような気がしたし、春秋社版に至っては使う気にもなれず、そんなこんなで、これまでの経験から一番好きだったパデレフスキ版を買うことにしました。
今、ショパンの楽譜を新調するなら、多くの人(とくに学校関係者やそれに連なる人たち)はエキエルのナショナルエディションを一押しとするのでしょうし、たしかショパンコンクールなどでもこれが指定でしょう。
いくらかは持っているけれど、あれは…どうもあまり好きになれないのです。
マロニエ君ごときがいうのもおこがましいけれど、ショパンの楽譜としては多くの資料や研究結果の集成として、現在では最高権威のような地位に登りつめ、学術的に見たら最善なのかもしれないけれど、なんだかしっくりこないし、何が何でもショパン解釈の覇権をポーランドが握るんだという執念みたいなもののほうを強く感じてしまいます。
ショパンのセンスや美意識という観点からするといまいち違和感があって、こっちはただ好きで勝手に弾いているだけなんだから、やはり好きなものを買うべきという結論に達して、値段はほとんど同じでしたが、店頭で比較してパデレフスキ版にしました。
さて、そのパデレフスキ版ですが、まずフィンガリングが合理的で、すべてを縛らず、自由なところは自由にさせる。
しかも、装飾音やアクセントなど大事な点はよりショパンらしさが強調できるようなものになっているところなど、さすがだと思います。
音の間違いと思ったところや、数種あってこれが一番いいと感じていたもの、これはおかしいんじゃないか?と疑問に感じていたところ(しかも日本の楽譜はそういうところは、どういうわけか?妙に共通していたり)などが、ほとんどこちらの思惑通りに記されていたりと、同意できる点が多いのはやはり快適で、やっぱりこれにしてよかったと思いました。
それにしても近ごろの楽譜はお高いですね。
昔から楽譜は安いものではなかったけれど、最近は数が出ないのか、ずんと値上がりして薄いものでも数千円したりで、軽い気持ちでの衝動買いはできません。
ヘンレ版のベートーヴェンのソナタを今揃えようとしたら、軽く1万円オーバーですから、おいそれとは買えないものになりました。それでも全ページ数からすれば、まだ安いほうかも。
価格的な理由から、変な国内版を買う人も多いようですが、気持ちはわかります。
いちど隣県の田舎のブックオフで、どういうわけか未使用のヘンレ版の楽譜がズラリと並んでいて、価格も1/3ぐらいだったので、つい目の色変えて、ふつうなら必要ないようなものまで買ったこともあるほど。
ちなみにショパンのマズルカ全集は、ナショナルエディションもパデレフスキ版も、ともに4000円強といったところで、ひきつるほど高額ではありませんでした。