怖い世の中-1

「振り込め詐欺」というものが社会問題化してずいぶん経ちますが、その手口は年々巧妙化しているとか。
魔の手はどこからでも忍び寄るものと頭ではわかっていても、どこかで他人事のような気分があったことも事実でしたが、ついにマロニエ君のよく知る人で、あやうくその餌食になりかけたものの、幸い回避できたという話を聞いて仰天しました。

たびたびニュースなどで伝えられ、じゅうぶん深刻に受け止めているつもりでも、それがいざ身近な知人になどに起こると、俄然リアリティをもってその恐ろしさが迫ってくるものですね。

その人は大手のデパートに用があって電話したところ、直後にそのデパートを名乗る人から連絡があり、ただいまお客さまのカードで数十万の腕時計が購入されましたが、不審に思い、念のため確認の電話だという内容で、電話を傍受されているのか、なぜ電話番号やデパートとの関係が知られたかも不明。
見に覚えのないことなので、もちろん否定すると「わかりました、少々お待ち下さい」といわれて、しばらくそのまま待たされ、再び電話口から語られたのは、売り場を見に行ったけれどもうその人はいなかったとのこと、フロア全体もあちこち見て回ったが見つけられず「大変申し訳ありません」と深くお詫びを言ってくるんだとか。

電話の主はもちろん自分の役職と名前を名乗り、つとめてソフトで丁重な言葉遣いで、いかにもデパートマンらしい物腰の柔らかい完璧な口調で、内容もこちらの損害を案じてのものであるし、自分のカードが不正利用されたという驚きもあってすっかり信用したとのこと。
「では」ということで、これ以上の被害を防ぐには暫時、引き落としの口座の凍結をする以外にないとのことで、そこから先は自分達の力の及ばない領域になるので、銀行協会がそういう場合の処置をしてくれるとのこと。
「大変恐れ入りますが、銀行協会の☓☓さんにお電話していただけますでしょうか?」となり、もう言われるままだったとか。
そちらに電話すると、今度はいかにも金融関係の人らしい、怜悧で引き締まった感じの男性が電話に出て、「どうしましたか?」ということから事情を話すと、「わかりました」ということで、サッサッと銀行名から、口座がいくつあるか、果てはそれぞれの口座番号や残高まで要領よく聞かれたとか。
ここまで書いていてもおかしいと思いますが、当事者は乗せられてわからなくなるんでしょうね。

「事はスピーディな処置を要することなので、すぐにその通帳(数冊で全財産だった由!)をお預かりにうかがいます」ということになったものの、夫婦でしばし相談して、次第に何かおかしくないか?ということになり、念の為ということで警察に相談したそうです。
すると、その警察の対応が見事で、すぐにこの手の犯罪の専門官が家にやってきて、あっという間に自宅の電話に留守番機能を設置したとか。

通帳受け取りのための連絡があったら、携帯ですぐに我々に知らせて、家にきたら時間稼ぎをしてくださいということになり、それからはもうドキドキだったとか。
ところが、銀行協会を装う犯人が電話してくると、さっきまでなかった留守番電話になっていることで、こんどはなんとフガフガ言うお婆さんのような人から電話があり、しばらく話をするも何を言っているかもわからないまま切れてしまい、それ以降、件の銀行協会からもデパートからも一切電話はなくなり、もちろん通帳を与りに「受け子」が来ることもなかったとのこと。
やはり、犯人側は警戒心が強く、留守番電話になっていることで異変を察知して一斉に手を引いたようで、「あれを渡していたら全財産とられるところだった」んだそうです。
警察に相談したのが運命の分かれ目だったようですね。

冷静に考えれば不自然なことでも、ちょっとした状況で人間は判断力を失うものということなのか。
この場合、もともとはじめは自分からデパートに電話したことと、カードの不正利用発覚という予期せぬことなどで、通常の思考力を奪われ、一刻も早く食い止めるという時間勝負の状況に追い込んだことなどが、まるでジェットコースターにでも乗せられたようになって、考える暇を与えなかったのかもしれません。

でも、本人もなにより感心していたのは、そのデパートマンと銀行協会を演じる二人の男性の見事すぎるトーク術で、敵ながらあっぱれというほど、スバラシイものだったそうです。
「あそこまで言われたら、誰でも信じると思う」んだそうで、普通でも、あれほど見事に洗練されたトークのできる人は、そうはいないんだとか。

これはピアノで言えば、よほど才能があり、日ごろから練習に練習を積んで、コンクールの本番に挑むように万全の準備をしているようなものでしょうね。
犯罪とはいえ、そこまでの高みに達した技巧って凄いですね。