動画配信を見て…

ショパンコンクールの続きが始まり、会場もいつものワルシャワ・フィルハーモニーになると、いよいよ始まったんだな!という感じがしますね。

演奏の様子はネット配信されるので、このところち夜中にチラチラと見たりはしていますが、あくまでほんの一部。
これをまともに見ていたら長い時間を取るし集中力も続かないので、これを欠かさず見ているという方がいらっしゃるというのを聞くと尊敬してしまいます。
マロニエ君には、とてもそこまでの頑張りはなく、この人はあまり…などとと思ったら、それを辛抱強く最後まで聴き通すなんてことは性格的にできません。そりゃ、会場にいて、目の前で生演奏なら仕方ないですが、自宅のパソコンの前では到底ムリ。

それを思えば、審査員に求められるのは、公正な判断力や将来の見極めの能力はもちろんですが、まず「忍耐力」なんだなと思います。
いかにショパンの作品が香り立つような傑作揃いだとしても、もうすでに隅の隅まで聴き尽くした曲を、弾く人が変わるたびに何度も何度も繰り返し聴くなんてことは、マロニエ君にはおよそ考えられません。

さて、コンテスタントの演奏についてですが、これはもちろん皆さん立派なものであるし、なによりあの大舞台で、しかも今後の人生を大いに左右する運命と緊張の中でしっかり弾き切るだけの、その技術とメンタルの逞しさに、まず素朴に感服するのが偽らざるところです。
演奏から感じるのは、加点が得られる/得られない演奏とはどういうものかが徹底して研究され、考え抜かれ、おそらくは教師などのチーム単位で練習に励んだ末にこのステージを迎えていると思うと、これはまさにピアノのオリンピック。

いや、オリンピック以上にやっかいなのは、技術の巧拙が数値で出るものではなく、各審査員の主観や心証や好みに拠るところが少なくなく、さらにはアスリートと違って演奏家としての活躍年数は何倍も長く、その長い年月を、このコンクール結果を背負っていくことになると思うと、それは想像を絶する世界だろうと思います。

演奏は芸術であり競技でもあるという不可思議なもので、減点リスクを避けようとするとどうしても無個性化に収斂され、個人差が小さく詰まってきているのも近年の特徴だろうと思います。
個性は極力排除され、見事なまでに磨きぬかれた現代的コンクール用の演奏マナーが中心となり、面白みという点では薄い気がします。
せいぜい、その中で、相対的にちょっと上手い人、ちょっとダメかなと思える人がいるくらいで、まさに伯仲した勝負というのがつまらないといえばつまらない、逆にすごいといえばすごいとも言えるもの。
(ただし、個人的にはそういうオリンピック選手みたいに科学的・分析的に鍛え上げられ、戦いを勝ち抜いてきた強靭な戦士のようなピアニストの演奏に、本物の喜びや慰めが得られるかというと甚だ疑問であるし、そもそもそんな演奏がショパンの精神に適っているかといえばさらに疑問は募りますが、これはもうひとつのお祭りイベントだから、いまさらそんなことを考えても始まりません)

冒頭にも記したようにマロニエ君のような怠け者は、配信動画を全部見るなんてもちろん無理ですが、それでもつまみ食い的に見ていて感じるのは、各人の醸し出すオーラの有無など、ステージにあらわれた瞬間からあれこれ感じてしまうのも正直なところです。
ブラインドテストではないから、やはりコンサートピアニストとして耐えうるなんらかの要素も評価の対象になるだろうと思います。

個別の評価は、なにしろあまり見ていないので、する資格もありませんが、二回目の出場である小林愛実さんがずいぶんな変貌を遂げていることには驚きました。演奏する姿も過剰な動きや表情などがなくなってある種の品位さえ備わっていたし、演奏も繊細さとメリハリが見事に配分されたもので、完成度の高いプロの演奏だと思いました。

反田さんも注目株なので見てみましたが、彼はワルシャワの舞台でも目立ちますね。
恵まれた手のサイズや無駄のない動きなどにも余裕を感じるし、いい意味でのあのふてぶてしいまでの存在感やちょっとワルっぽい感じなど、かつての日本人出場者にはなかったものがあるようです。
演奏は、他に抜きん出ていると感じる時と、ちょっとノリが悪いなと感じる時の両方がありました。
あれだけ上手ければ優勝もあり得ると以前も書きましたが、強いていうと、彼の生来持っている感覚とショパンの作品が求めるそれは、微妙に食い違っているように感じるときもあるので、そのあたりがこの先どうなっていくのかとは思います。
アンダンテスピアナートと華麗なポロネーズの後半などは、終わりに向かって曲が佳境に入っていくのに高揚感と推進力がもうひとつ希薄で、あまりにもひとつひとつを確実にキメようとする感じが出すぎて、そのたびに疾走感が途切れたり、一気に行ってほしいところで一呼吸入れて冷静さを呼び戻すあたり、個人的にはすこし残念だったような気がします。

それでも最有力候補の一人という思いは変わりませんが。