ショパンコンクールがついに終わりました。
勝者はマロニエ君としてはいささか意外な人でしたが、審査結果については昔から物議を醸すのもこのコンクールの伝統だったなぁと思い出し、よくわからない価値観がはびこっているらしいことがあらためてわかったような気がしました。
やはり不可解なのは、何をどう審査しているのかということが不透明なこと。
演奏芸術の判断を透明化するなんてできるわけがないと切り返されそうですが、マロニエ君が感じるのは判断が演奏の可否一つに絞られているのか、それ以外の要素も入り組んでいるのかという点で不透明さを感じます。
純粋にショパンらしさか、好き嫌いの分かれない優等生か、飛び抜けた技術か、ピアニストとしての将来性か。
さらには人種や国籍や師弟関係なども絡んでいるのかも。
まあ、そのどれもであるし、どれでもない、ということなんでしょうね。
せめて、判断基準をブラックボックス化せず、誰が何位になった主たる理由ぐらいは聞きたいところです。
マロニエ君の見るところ、ピアニストとしての器の大きさと質感でいうと、反田さんが一番だっただろうと思います。
ただ、気になる点もないではなく、とくにファイナルでは「準備したものを本番で失敗せずに成果を出す」という一点に関して言えば、それは素晴らしい演奏だったようで、ご本人からもそんなふうなコメントがありました。
しかし、個人的にはソロの時と違って、コンチェルトでは、これまで反田さんに感じてきたある種他を圧するような印象が少し薄く、全体的に作品が求めるものとは少し齟齬があるように感じるなど、反田流がつきまといました。
それでも上手いから、ぬかりない準備と抜きん出た技術力によって、それなりにキメてはみせたという印象。
協奏曲では、そこがより顕在化して、ショパンはそっと席を外すのではないかという感じは受けました。
つまるところ、やはり反田さんの本領はショパンではなく、自然に備わっているものと勉強して身につけたものの違いみたいなものが、やはり最後に出てしまったのでは?と個人的には感じました。
人間関係でもそうですが、なぜかソリの合わない人というのはいるもので、それはどちらのせいでもなく、世の中には常にそういうことはあるもので仕方のないことだとは思います。
周知のように、ショパンのコンチェルトは2曲とも20歳頃の作品で、したたるような感受性が切々と織りなす、繊細巧緻なこわれやすい美の世界。それでいてオーケストラとの恊演だから、ある程度の華麗さも求められる。
この曲が有する悲しいまでの美しさ、儚さ、品格、固有のノーブルな響き。
後期の作品ならあるていどのクオリティと精神的な深いものをもって丁寧に仕上げれば、なんとかなる作品もあるかもしれないけれど、若いころの作品にはよりピュアなもの、傷つきやすい感受性に導かれるような一途で献身的で演奏であることが必要なように思います。
反田さんに話を移すと、どうしてもショパン独特の美の連なりとか移ろいや機微に敏感というより、やや分析的すぎたこと、この稀有な天才に対するシンプルな共感性や謙虚さの不足を違うもので補おうと努力されていたように見受けられました。
そのいっぽう、ピアノからオーケストラへと引き渡していく瞬間など、どうだ!といわんばかりに何度も手を上げたり空を回したりと、その振る舞いがやや過剰でオレ様的に見えてしまう審査員や聴衆もあったのではないかと、気になる場面もあったり。
気になるといえば、あれだけ上手いのに、全体の流れという点では必ずしも聞き手を乗せてくれる人ではなく、要所要所でビシッとキメていくことのほうに重きが置かれて、曲の気分に反するようなときがあり、そこらがもう少し自然に素直に聴けるようになったらと思います。
場所も日本じゃないのだから、謙虚さを滲ませるばかりがプラスとは思わないけれど、ショパンの音楽、そして保守勢力の強い審査員のお歴々を認めさせるには、もう少し「音楽的な育ちの良さ」みたいなものは必要だったかもしれないとも思います。
優勝者(ブルース・リウ)は、恥ずかしながら毎夜の時間的な制約の中で、ほとんどノーマークの人だったから、優勝と聞いて「え、だれそれ?」という感じで、あらためて動画を見てみたところ、お顔だけは覚えがあり、演奏もきれいだったけれど優勝に値する器とは思えず、最後にこういうオチになるから、やっぱり私はコンクールなんて嫌いです。
ブレハッチ、チョ・ソンジン、そして今回の方といい、何だかショパンの名の下にピアノの優等生を探す会みたいでもあり、ま、もういいやって感じです。
今回は、柄にもなくズルズルと毎晩コンクールウォッチを続けてしまったマロニエ君でしたが、あー、やめたやめた!というか…ま、終わったんですけどね。
最後に。
反田さんは個人的には好んで贔屓にしたいタイプのピアニストではないけれど、上手いし光るものがある人である事には疑いなく、しかもこういう国際コンクールになれば、オリンピックと同じでナショナリズムが刺激されて、やはり反田さんには日本人初の優勝者になって欲しかったし、その資格は充分にあると今も思っているだけに、2位という結果はただただ残念でなりません。
それも、優勝者の演奏を聞いて「ああ、これじゃ仕方ないな…」と納得させられる2位であるならサッパリ諦めもつくというものですが、そうでもないぶん後味のいいものにはなりませんでした。
ご当人はずいぶんと喜んでおいでのようですが…内心はさぞ悔しいことだったろうと思います。
ただ、反田さんのような型破りなピアニストには、今後の長い演奏活動を考えると、優勝というピカピカの栄冠をまっすぐ与えられることより、2位に甘んじる悔しさのほうが、さらなる奮起のためのいい養分になるのかもしれませんね。