本物とは

楽器としてのピアノをマニアックな側面から捉えて楽しむという方は、そう多くはないと思います。
ピアノを購入する人の大半は、お稽古の道具として「間違いのない、失敗のない、ちゃんとしたもの」を買いたいということから、有名メーカーの新品、もしくはそちら寄りの中古ピアノを買われるというパターンが大半だと思われます。

そもそも、「間違いのない、失敗のない、ちゃんとしたもの」というのが何を差すのかわからないし、どういう基準でそう認識されているのかもわかりません。逆に、その思い込みこそ「間違いで、失敗を多く含み、ちゃんとしたピアノじゃない」とも思うのですが、まあそれは各人の自由な価値観だから、あまり踏み込むべきことではないのでしょうけれど。

ここからが本題ですが、よろず趣味としての醍醐味はどこにあるかというと、ジャンルを超えてほぼ確定していることは、その王道は「中古にある」ということはマニアの世界ではほぼ確定している観があります。
中古というのは価格が安いだけでなく、時の検証が済んだ、それぞれの黄金時代の作品を手にできるということでもあると思います。

日本は各人の価値観を確立することがないままに、安易な「横並び精神」と「新品文化」の社会なので、車でも、建造物でも、価値のあるものまでバンバン処分しては新しいものに更新するのが「良い事」であり、それができることが「贅沢」と信じて疑わぬ価値観とメンタリティを持っていますが、これは文化的に非常に貧しいものを感じます。

ピアノを購入するにあたっても、中古というだけで毛嫌いするのは、それは使いふるしの、人の手垢のついたオンボロで、新品が買えない人がガマンして買うものというイメージがあるようです。
むろん、ものによってそういう一面があることもわからないではないですが、いささか極端すぎでは?
往々にしてそういう考えの持ち主は文化意識の少ない、本物を知らない人だったりするともマロニエ君は(勝手に)思っています。

ジーンズだって、たったいま縫製工場で出来上がったばかりのものは、オシャレを本当にわかった人はあまり好まないでしょうし、それが好ましく体に馴染むまでは、かなり長い間履き続けてしなやかさや味わいが加わっていくことが必要です。
それが面倒だから、ヴィンテージ品は希少性も後押ししてべらぼうな価格になったり、新品でもあるていどのダメージをくわえたものなども多数見かけるようになりました。

さしもの日本人もジーンスでは理解できても、ピアノになると一転して古いものに対しては無知で無理解です。
その道の権威あるお墨付きを与えられた骨董ぐらいになれば別なんでしょうけど。

マロニエ君がなぜ中古ピアノに楽器としての醍醐味があると思っているかというと、そもそもピアノというのは構造的に完成の域に達して一世紀以上経過しており、機能的なハンディはほとんどないこと、音に直結する材料は昔のものが格段に良いこと、さらには、昔のピアノと今のそれでは生まれた時代のバックボーンが違っており、作り手の志が楽器の中に息づいており、ここは見過ごすことはできません。

また、佳き時代のピアノには上手く熟成されたものもあるし、それまで弾かれてきた歴史もあり、自分がそれを引き継ぐという意味合いや風情もあります。
しかるに、これを単なる中古品とか安物と見るのであれば、クラシック音楽なんてそもそも作品だって古ものもいいところだし、アコースティックピアノなんて今どき時代離れしたローテクの塊でもあるわけで、しかも新しいピアノは合理化のために楽器として好ましくない材料が容赦なく用いられ、ベニヤの響板でも音は出るようなので、外観がピカピカして高級品然としていれば幻惑はされても、楽器の真の響きと呼べるものはやせ細っています。
そこに目を向けることもなく、少しでも新しい物を求めるのはメーカーの販売戦略に見事に乗っているようにしか思えません。

ちなみに、先日もあるところでY社のかなり古い(4〜50年ほど前の製造)グランドにほんの少し触れることができましたが、消耗品は交換されているようでしたが、これが思ってもみないようないいピアノで驚きでした。
Y社独特の、パンチとボリュームの反応ばかりで耳が疲れてしまうような「あの音」ではなく、繊細さがあり、音も可憐で美しく、無遠慮にこちらに鋭い音を差し込んでくることもなく、これにはびっくりしました。
もし目隠しをされていたらY社のグランドと言い当てる事はできなかったかもしれません。

むろん古いというだけで中には価値を疑うようなものがあることも否定はしませんし、古ければなんでもOKなわけでないことは言うまでもありません。
しかし、その中に稀に極上の「お宝」が埋もれていることもこれまた事実で、これを探しだすのはまさにマニアの真骨頂であり、実際に弾いても、その魅力は現在の新品が到底かなわないものがありますが、にもかかわらず粗大ゴミ同然の無理解に凝り固まった方がおられるのは、こちらからすれば逆にお気の毒に思えます。

古いピアノを買うこととは(自分がそうじゃないからわかりませんが)、そんなにも抵抗感があって忌み嫌うものでしょうかね。
それをいったらストラディヴァリなんて300年も前の中古ですが、あれはいいらしいのは…たぶん途方もなくお高くて超絶ブランドだからでしょう。
マロニエ君なら、ろくな材料も使わずに作られたピアノ(のようなもの)を大枚叩いて買うほうが、製造過程もわからない得体のしれないものを食べさせられているようで、価格的にも内容的にもよほど勇気が要りますが。