Kトーン

8月13日放送の「題名のない音楽会」では、ショパンコンクールで2位を獲得した二人のピアニスト、アレクサンダー・ガジェヴと反田恭平の両氏が揃って出演するという内容でした。

演奏はガジェヴ氏がショパンの前奏曲 嬰ハ短調とドビュッシーの12の練習曲から「組み合わされたアルペジオのために」、反田氏がショパンのノクターンop.62-1。

前奏曲 嬰ハ短調は個人的にもとても好きな作品でありながら、演奏される機会は多くないので、少しばかり期待を込めて聴きましたが、正確で危なげなく整った感じに弾かれはしたものの、この作品に期待してしまうショパンの中でもとりわけ彷徨うようなニュアンスとか詩情みたいなものがもの足りないというか、あくまで楽譜とか音符を感じさせるもの。
この作品にとくに際立つ、出だしからすでに危うさに満ちた即興感、どっちに行くかわからないような転調など、儚さの極地みたいなものを堪能するには至りませんでした。
コンクール出身者の演奏全般に感じるのは、音楽そのものより、演奏行為のための注意深い糸が常に張られているようで、情感に流れず、自然な呼吸とか緊張〜開放といったものが封じられているようで、だから常に四角四面で楽しくなく、心が乗って行かないものをいつも感じさせられます。

むしろ、ドビュッシーのほうがまだ自然に聞けるような気もしましたが、それは私がどうこういうほどドビュッシーのこの作品に馴染んでいないせいかもしれません。

さて、この日注目すべきは、カワイのSK-EXがスタジオに運び込まれて使用された点でした。
ガジェヴ氏はたしか浜松コンクールの頃からカワイを弾いているようで、よほどお気に入りなのか、ショパンコンクールでもSK-EXを弾いているひとりでした。とはいえスタジオまで持って来たのは本人の希望だったのか、あるいはメーカーサイドが積極的だったのかは知らないけれど、とにかくそういうことになっていました。
そのためか、反田氏もこのピアノで演奏。

スタジオで収録されると、また違った面が見えてくるもので、ホールのような広い会場ではわかりにくいものがわかったりするようです。
まず感じたことは、カワイ独特の音のキツさが「まだある」ということでした。
もちろん、見事に調整されたはずのピアノなので、ハンマーが硬いとかそういう表層的ことではなく、ピアノが生来もっている声というか、音の性格というか、そういう部分について言いたいわけですが、立ち上がってくる音の中に、やはり「カワイトーン」があるなぁと思いました。

ヤマハとカワイを比べる際には、パンチと華やかさのヤマハに対して、カワイは温かみのあるまろやかな音と評されており、それはそうだとは思います。でも個人的な印象としては、カワイの音は表面はまろやかであっても、その音の奥には妙に乾いた芯のようなものがあって、CDなどを聴いていると、すぐにはわからないもののだんだんこれが耳についてきて、ちょっと疲れてしまう場合があります。

以前のEXやSK-EXには、もっと純朴な響きがあり、例えばショパンコンクールでもスタインウェイやヤマハ(この両者もずいぶん違いますが)に比べると、いささか泥臭い感じの音で目立っていたものですが、その時代から、このカワイの特徴があって、そこも評価が割れたところだろうと思います。

しかし、その後、方針転換されたのか、ぐっとクリアな方向へ舵を切ってきたように思われて、昨年のショパンコンクールでは、そういう野暮ったさは動画で視聴している限り目立たなくなり、4社のピアノの中でも違和感なくステージで鳴っていたので、カワイのこの特徴はついに消し去られたのかと思っていました。

それが思いがけなく「題名のない音楽会」のスタジオ収録で(ホールに比べれば空間も狭くマイクも近いせいか?)、こまかなことはわかりませんが、その音の要素がまだ残っているように感じました。
「題名のない音楽会」のスタジオ収録は、基本的にスタインウェイで、たまに別のスタインウェイになったり、ヤマハやファツィオリになったりするので、視聴者としてはそれなりに慣れている条件下であるので、やはりそこで演奏開始直後からカワイの特徴を感じてしまったということは、まったくの勘違いでもないのだろうと思います。

まったくの私見ですが、SKは2/3/5までは、わりにほがらかで品格もあり好ましいピアノだと思いますが、6/7になるとメーカーの気合が入るのか、ちょっとやり過ぎなのでは?と思うような気負った感じになり、演出過多というか、逆に疑問の余地が出てくるような印象を持っています。
ましてSK-EXになると、大半の人にとっては観賞用のピアノになるので、その音は純粋に人の耳に届く対象になるわけですが、そのメーカーのDNAというのは、脈々と受け継がれるものだということを感じます。

これを書きながら、思い出したこともありました。
何年も前のことですが、車の中であるロシア人ピアニストによるスクリャービンを流していたときのこと。
このCDはSK-EXを使ってヨーロッパで録音されたものでした。
しばらくすると、それを聞いていた母が「このピアノは何?」と聞いたので、「カワイ」と答えると「いつもと違ってキンキンすると思った」と平然と言ってのけました。
日頃から、私があまりにピアノの音に興味をもっているので、いつの間にか感覚的に特徴をつかんでしまったものと思います。

このキンキンは、ヤマハのあの派手な音とは別種のもので、もう少し奥まったところにある感覚で、カワイに古くから共通するものですが、それが車の中という、雑音も多い中で、大音量でもなく、ピアノの音などにさほどの興味もない人の耳に、ちゃんと伝わってしまうことの驚きを感じたのですが、物事の本質というのは案外そんなシンプルなものだろうとも思いました。

「題名のない音楽会」は次回(20日)も同じ二人による演奏のようです。