イタリアのBECHSTEIN-3

報告第3弾。
夏のヨーロッパは軒並みバカンスの時期に入ってしまうため、その間はなにもかもが止まってしまうようです。
ピアノの売買情報からコンタクトをとられても、多くの方は自宅を離れていたりで、バカンスが終わって戻ってくるまでは事の進捗がさして望めないようです。

このあたりは、頭ではわかっていても日本に生まれ育った我々には馴染めないところです。
ようやく、少しずつ写真やビデオは届きだしたようで、そのつど送ってくださるので、私も見せて(聴かせて)いただく光栄に与っています。

2 ▶前回書いた5台のBECHSTEINのうち、2台目のビデオが届いたとのことで、先月末に見せていただきましたが、音はまあまあというか、先に聴いていた3台目(B 200cm)に比べると、ずっとよくて輪郭のある音であったし、Bが決して小型というわけではありませんが、C(220cm)には明らかにそれよりも広がりと深いものがあって、やはりピアノの奥行きというのは有無を言わさぬものがあることを実感しました。(稀にサイズが意味をなさず、より小型のほうがバランスがいいという場合もありますが)
ただ写真やビデオでは、弦などはかなり古びた感じがあって、どうもパッとしませんでした。
中でも最大の問題は、このピアノははじめから響板割れがあることがアナウンスされており「ピアニストでもない限り普通に使うぶんには問題ない」とのことですが、数カ所ビデオからもわかるほどパックリ割れており、ここまでくるとさすがに厳しいものを感じ、これから弾くためのピアノというより、修復素材としての個体として捉えるべきだろうと思いました。
それなりの音は出ているし、しっかり手を入れればいいものになる可能性は大きいと感じますが、そのためには購入額の数倍の費用と数ヶ月単位の時を要するので、すぐに弾きたいという購入者の求めには不向きだろうと思いました。

1 ▶そして、こちらもようやくバカンスが終わったのか、個人的に一番期待していた一台目のCの音源が届きました。ビデオかと思ったら「音源」だけでしたが、このところたて続けに聴かせていただいた5台の中では、最も自然で、馥郁とした中にもほどよいメリハリもあり、好ましく感じるものでした。
現在このピアノは弾かれることがなくなったのか、写真ではあまたの荷物類と一緒になって、小部屋のようなところに押し込められているような感じではあるけれど、ピアノとしては5台中、最も健康でしっかりしている印象。
しかも、その環境にもめげず音そのものがソフトさを失っておらず、ガンガン使い込まれて疲弊しているような感じは受けませんでした。

また念の為に、ピン板の状態を確認すべくセクションごとに接写したものをリクエストして送ってもらいましたが、それも見る限りとてもきれいでヒビ一本もなく、この点でも好印象に拍車がかかり、見ているこちらのほうが欲しくなってくるようでした。
その他の4台は、ピン板が写っているものはピンの根元にわずかにひび割れのようなものがあったり、響板やフレームも年月相応に汚れにまみれていたりで、みるからに苦労しそうなものも正直ありました。

それに比べればこのCの状態は格別で、実際現物を目の前にしたらどんな問題が潜んでるのかはわかりませんが、ピアノに限らず物の程度の良し悪しというのは、やはり醸し出す雰囲気に顕れるものだと思いますし、私自身もそこを頼りにこれまでやって来ましたが、それで大ハズレしたということは一度もありません。
それほど、直感というものは最も信頼に足るサインだと信じていますし、第一印象というのは何年経ってもまず変わらないものです。
とはいえ責任が持てることでもないので、人様にお薦めはできないけれど、もし自分なら迷うことなくこれを買うだろうと思います。
その上で、万が一ダメだったら、また売ればいいさぐらいの感覚ですから「絶対失敗したくない人」には向きませんが。

ここでいまだに不思議なのは、なぜはじめの試弾の時に好印象が得られなかったのかという点ですが、本当のところはご本人にしかわからないけれど、おそらくその時の固有の状況もあってのことでしょうし、放置されたピアノというのは調律も乱れ気味で、お店に並んでいるピアノとはずいぶん雰囲気も違うでしょう。まして、多くの荷物とともに物置のようなところに置かれていたという状況なども、気持ちが下がる方へ針が振れたのかもしれません。

私などは、そういう状況のほうがいかにもお宝発見的な雰囲気も加味されて、むしろワクワク感が増して燃えるだろうと思いますが、そのあたりは各人各様なので、マイナスの結果になったのだろうと思います。

余談ながら、ピアノには当てはまらないことかもしれませんが、貴重な価値のあるクルマの世界では、古い倉庫や田舎の納屋などで打ち捨てられたような状態で発見された時の姿のほうがむしろ好まれたりして、この場合、洗ってはいけないんだとか。
数年前に日本のどこかで、汚れや泥にまみれて発見されたフェラーリの稀少なアルミボディのデイトナは世界を揺るがす発見で、汚れが堆積した発見時の姿を保ったまま海外のオークションに出品され、とてつもない高値で落札されただけでなく、その発見時の姿のままのミニカーまでつくられるなど、貴重品の世界というのは、なんとも特殊な価値基準まであるようです。

だからピアノもそれと同じというつもりは毛頭ありませんが、少なくとも埋もれた状態のBECHSTEINを発掘したと思えば、私などよけいワクワクするものですが、これはいささかマニアックすぎるでしょうか?