修理はピンキリ

『ピアノ図鑑 歴史、構造、世界の銘器』という本があり、以前購入していたものですが、あらためて本棚から取り出して見直してみました。
これはジョン=ポール・ウィリアムズというイギリスのピアノ技術者による著作で、日本では元井夏彦氏という方の翻訳により、ヤマハミュージックメディアより出版されている、カラー写真が多用された美しい本です。

本来なら、ヤマハが出版するピアノ関連の本であれば、参考写真もヤマハピアノが徹底して使われるはずですが、これは海外で出版されたものの日本語版なのでそうもいかなかったのか、おかげで様々なメーカーのピアノが出てくるのが面白く、強烈な自社愛のヤマハにしては珍しく理解なのか忍耐なのか、微妙なところはわからないけれどその点でも興味を引きました。

内容は主に「ピアノの歴史と発展」「ピアノメーカー総覧」「メンテナンス」という三部にわけられており、メンテナンスの章では認識を新たにする記述が散見されました。

例えば、ピアノの修理には「レストア」「リビルド」「リコンディション」というように分けられるとあります。
レストアやリビルドは、ざっくりとオーバーホールというような言葉で、その意味することろを深く考えることもないままに適当に使っていましたが、どうやら日本にはそのあたりの明確な区分がないようにも感じます。

説明によればおもに以下のようになるようです。
▲レストア
レストアの定義は「原型に近い状態に戻すこと」とありますので、おそらくオリジナルを毀損せず本来の姿や内容を忠実に復元するというものでしょう。
長年弾かれてきたもの、放置されていたもの、乱暴に扱われたもの、気候変化や戦争を経たものなどをオリジナルの状態を保ちながら楽器を補強することだそうで、古いピアノのレストアは現代のピアノを作ることではない由。
歴史的価値に重きを置くということでもあるようです。
使用される部材もその楽器の作られた年代の木材、フェルトや弦も当時の素材や製法を考慮しながら、慎重かつ丁寧に再現することで、いうなれば美術館の修復に似たようなものと思えばいいのかもしれないと思いました。

▲リビルド
リビルドは、楽器を元の状態またはそれ以上の状態に再生するために行われ、部品も最小単位まで分解する必要があり、ひとつひとつをきれいにし、不備があれば修理もしくは新品と交換するため、費用もかなり高額となり、品質の高い貴重な楽器に行うのがふさわしいとあります。
塗装、響板、フレームからネジ一本まで、これでもかと徹底しているので、昔の姿を偲ぶ要素も見い出せません。
楽器店に行くと、戦前などかなり古い時代のピアノでありながら、いわれなければ新品と見まごうばかりに内部に至るまで眩いばかりにピカピカにされ、かなり強気な金額で販売されているのを見かけることがありますが、あれがリビルドなんでしょう。

▲リコンディション
経済的または技術的理由から、完全なオーバーホールができない場合、消耗の激しい箇所のみ処置を行うことで、コストを抑え、適正に機能するピアノに修復することのようです。必ずしも楽器を完全に分解することはなく、部品は必要に応じて掃除、修理、再配置され、どうしても交換する必要があるもの以外は再利用される。
各種調整やハンマーの形成など、手掛ける項目は多岐にわたるようで、個人的なイメージとしてはホールのピアノの保守点検のようなもの、もしくはその延長ではないかと思いました。
ところが、実際には必要な箇所さえ省略された、甚だ不完全なものが多いことも否定できません。

我々が、安易にオーバーホールと呼んでいるものは、弦やハンマーに代表される消耗品の交換を中心としたリコンディションであって、正確に言うならリビルドとリコンディションの間にあるように感じました。

リビルドはかなりの費用と時間的な余裕を必要とするので、楽器の価値などおいそれとは着手できることではありません。
ただ、仮に100年経ったピアノを、たった今、工場で出来上がったばかりのようにピカピカギラギラにしてしまうのは、その美しさや技術には感心しますが、諸手を上げて賛同する気にもなれません。
というのも、あまりに過剰なリビルドは、そのピアノの生まれた時代や経てきた歴史まで消し去ってしまうようで、商品としてはアリなのかもしれませんが、センスとしては個人的には違和感が拭えないことも事実です。

過度に傷んだもの汚いものはさすがに好みませんが、古くて好ましいピアノには相応の歴史を感じるものであって欲しいし、そこをどう見るかは所有者や修復する人の価値観や美意識に大きく委ねられていると思います。
もし興福寺の阿修羅像が真新しいピカピカ状態になったら…それはもう完全な別物となってしまうでしょう。
古いピアノの魅力や音を楽しむには、そのピアノの歴史や個性を受け容れて楽しみ、そこに自らも参加していくことではないかと個人的には思います。

だからといって機能的に問題があっては困るので、そこはきちんと健康体に整備された上でのことですが。
よく耳にするのが、「ハンマーを換えた」「弦も換えた」というけれど、それ以外は手付かずで、本来はタッチコントロールに直結する各種フェルトやローラーなど、細かい点まで配慮されないことには、いつまでも満足行く結果は得られないと思います。
むろんコストの掛かることなので、できるだけ切り詰めたいというのはわかりますが、中途半端なことをして延々と不満が続くことがいちばんもったいない気がします。