園田高弘さんを聴いて、思いがけない感動を得たことを書いたばかりでしたが、今度は若手ピアニストによる嬉しい驚きに出会いました。
こちらも出どころはYouTubeですが、森本隼太さんという18歳のピアニストでいまも海外で修行中の由。
クラバーンのジュニア部門とか、いくつかのコンクールに出場しておられるようですが、それは私にとってはあまり重要ではなく、たとえショパンやチャイコフスキーの優勝者であっても、良いと思えなければそれっきりで、そのへんはあくまで参考程度でしかありません。
森本隼太さんは、2004年生まれの京都出身、だからというわけでもないでしょうが、まるでお寺の小僧さんのような雰囲気、早くから単身イタリアにわたって勉強を続けておられるようです。
今どきは、ただ指が回って大曲/難曲なんでも弾けるぐらいでは、もうなんとも思わなくなってしまっていますが、この森本さんの演奏には、他の人たちとは一線を画す独特の輝きと魅力を感じたのです。
まだ音源も少ないのですが、中でも2021年演奏のシューマンのピアノ協奏曲には衝撃に近いものを感じました。
なにより、ひたむきで清冽、内側から光を発するような演奏に心を打たれます。
正確にきちんと弾かれているのは当然ですが、耳を凝らすと誰の真似でもないこの青年特有の息吹きが切れ目なく機能しており、それは訓練や努力で得ることのできない、この人の生まれ持った細胞そのものでもあるでしょう。
音の冴えわたる感じ、気品、趣味の良さなど、その演奏には天から授かったものの存在を感じます。
たまに音を外すこともあるけれど、それは聴いていればわかることで、おそらく演奏の目的が物理的ノーミスのようなものを目指していないことの現れのように思われます。
小さなミスより作品に対する感興や音楽の流れや起伏を優先している印象が抱ける人は、そう多くはありません。
言い古された表現ですが、充分に知っているはずの曲が、まるで初めて聴くような新鮮さで迫ってくるのは、その演奏がいかに瑞々しく創造的で、何かのコピーではないということだと思われます。
キーシンが出現したときの驚きを少し思い出したり、シューマンの協奏曲という点ではリパッティの端正な熱気を髣髴とさせるような感じがあり、また若くしてハイフェッツに認められた渡辺茂夫さんの演奏なども想起させられました。
それらに共通するのは天才特有の軽やかで大胆、初々しさと老成の同居、そして一途なゆえにどこか痛々しさがつきまとうところでしょうか。
ピアニストの仕事はまず指の技術がなくてははじまりませんが、ほんらい目指すべきものはその向こうにある芸術表現であり、この領域に達した人だけが真のピアニストだろうと私は思っています。
しかし優れた演奏技術があれば、そこに当り障りのない解釈を割り振りしておけばピアニストとしては成立するため、自分の演奏表現のために技術を使っている人というのは多くはなく、この方にはもっとそちらの世界に踏み込んで欲しいものです。
ほかには、なんと14歳の時にピティナのコンペティションでラフマニノフの3番を弾いている動画がありますが、このときの演奏はさすがに気負いすぎで、全体に前のめりな感じでしたが、わずか数年後のシューマンでは何段階も成長された感じでした。
ただし、シューマンはさらに翌年の英国でのコンクール動画もあり、こちらのほうがよりしっかりと着実に弾かれており、そのぶん力強いけれど失われたものもあって、私は日本での演奏がしなやかさにあふれて好みでした。
曲との相性というのもあるので、何もかもがシューマンの協奏曲のように上手くいくとは限らないかもしれませんが、今後を注視していきたいひとりだと思いました。