肩すかし

昨日の『題名のない音楽会』は「ファイナリストが選ぶ世界最高峰のピアノ“Shigeru Kawai”の工場を訪ねる休日」というものでした。
この長寿番組は、毎回、基本的にトークと演奏によって成り立ち、場所はホールもしくはスタジオで、番組メンバーが外に出ていく、まして特定の楽器メーカーを訪ねるというのは、非常に珍しい事のように思います。

いちおう毎週録画する設定になっているので、いずれは目にしたと思いますが、今回は知人の方から事前に教えていただきましたので、心待ちにしてさっそく見てみることに。
今回はゲスト出演としてピアニストの務川慧悟さんが同行しておられました。

タイトルからして、シゲルカワイの特徴や秘密などにある程度迫る内容であろうことを期待していましたが、あれよあれよといううちに終わってしまい、正直肩すかしをくったようでした。
番組では何度も「世界最高峰」という言葉が使われましたが、それがどう最高峰なのか、どのような目標や注意を払って製造されているのかをわずかでも垣間見たかったのですが、紹介されたのは響板を人の手で削っているところぐらいで、他にはカーボン製のアクションが環境や音域に左右されずに均等なタッチを実現しているとのことでしたが、それはカワイの全モデルがそうであるし、その中でシゲルカワイというシリーズがどのように特別なのかという点は、せっかく工場まで行ったのにほとんど伝えられないままでした。

ピアノの響板にオルゴールを当てるとパッと音が大きくなるという実験は、響板がいかに音を増幅させることに貢献しているかを知る手段ではありますが、それはどのピアノでも同じこと。

ショパンコンクールでシゲルカワイを弾いて第二位になった、アレクサンダー・ガジェブ氏がVTR出演していましたが、氏によれば「音のぬくもりが、ショパンの愛したプレイエルに似ている」というようなコメントでしたが、カワイがプレイエルに似ているとは思ってもみなかったことで、少し面食らった感じでもありました。

作業着姿で工場内を案内された方々も、シゲルカワイに特化した説明はほとんどなく、EXの時代からカタログでもしばしば目にする無響室という、まったく響きのない空間で楽器の素の音をチェックしていることなどに時間を費やします。

そんな中、言葉は少なめでも最もシゲルカワイの特徴を語ったのは務川慧悟さんで、浜松駅構内のカワイブースでフランス組曲を少し弾いたあと「温かい木の響きがする」「やわらかい暖色系の音」「ただ、やわらかいだけではホールではぼやけてしまう事があるが、パスタのアルデンテのように柔らかさの中に芯がある」さらに「タッチが均一で素晴らしい」などと、彼だけが弾く立場からわずかに言及したに留まった印象。

やはり感じたのはTVの世界は、さまざまな利害や制約が絡んで、がんじがらめなのだろうと思わざるをえないこと。
とりわけ日本のメディアはなによりもクレームや責任問題を恐れて、やたら忖度しまくる体質もあるのでしょう。
カワイにしても、本来なら言いたいことは山のようにあるはずですが、そこに言及するとライバルとの兼ね合いやらなにやら、多くの事情から沈黙するのだろうし、局側も同様で、用心づくしの中をかいくぐるようにして番組制作すと、結果はこういうものになるのだろうと見る側も「忖度」しました。
現にカワイショップに行くと、シゲルカワイがいかに優れていて特別か、ゆえに世界中で支持されているかをガンガン語られ、それをいつまでも聞かされるハメになった経験もありますから。

そもそも30分番組の中で、まずCM、視聴者向けのトークの時間、ピアニストによる演奏時間を差し引くと、楽器そのものに割り当てることのできる時間は大幅に少なくなり、肝心のところが伝わらないのはやむを得ないでしょう。

個人的なイメージではシゲルカワイの主な特徴は、量産型をベースにしながら、楽器としての価値を左右するいくつかのポイントを丁寧な手作業に負っているとか、素材の品質、とりわけ響板の自然乾燥などが効いているのでは?と思いますが、それを番組内で言うとまた様々な不都合もあるからなのか、核心はあえてスルーしていく?などと想像をたくましくするばかりです。
とくに『題名のない音楽会』は民放ということもあるでしょう。

ことほどさように今の世の中とは、複雑に気を遣ってリスクを避けるなど、かなり息苦しいものだと思うしかありませんが、だからTVの情報などだけに頼っていたら、真実からどんどん遠ざかってしまうという、一種の警告みたいなものが後味に残りました。

ちなみに、無響室に置かれていたのは、マホガニーのような杢目の美しいピアノ(SK-7?)で、特注品なのか非売品なのかわかりませんが、通常なかなかお目にかかれない感じのピアノで、ついそちらに目が行ってしまいました。