先日の日曜夜、NHKスペシャルで『至高のバイオリン ストラディヴァリウスの謎』という、タイトルだけでもわくわくさせられるような番組が放送されました。
例によって録画を後日視たわけですが、テレビでここまでストラディヴァリウスの謎に迫ったものはこれまで見たことが無く、なかなか興味深いものでした。
アントニオ・ストラディヴァリ(1644-1737)の作ったヴァイオリンをはじめとする弦楽器は、ラテン語風の「ストラディヴァリウス(通称ストラド)」と呼ばれながら約300年が経つわけですが、現代のめざましい科学技術の進歩をもってしても、いまだにそれに並ぶヴァイオリンを作る事が出来ないというのが最大の不思議とされてきました。
この一人の天才製作家の作り出した楽器に迫ろうと、18世紀から今日まで、いったいどれほどの製作家がその秘密に挑戦したことでしょう。古今東西、それに比肩すべく最高の弦楽器造りに生涯をかける取り組みがくりかえされていますが、いまもって達成できたとは云えないようです。
番組では、一人の日系人で、12年前からストラドを使うという女性ヴァイオリニストが、ナビゲート役としてその謎を追う旅に出ます。聖地クレモナはもちろん、ストラディヴァリが使った木材が切り出されたという天然のスプルースの森、現代の工房、博物館、ニスの解明はもちろん、アメリカではCTスキャンにかけて内部構造を詳細に調べるということまで、ありとあらゆる調査がおこなわれていました。
それでも、これという決定的なストラドの製造上の秘密は解明できませんでした。
今回の調査で画期的だったのは、NHKと、楽器の演奏を立体的に分析する学者、およびストラドを使う日本人演奏家という3者の協力によって、NHKにある「音響無響室」という響きのまったくない施設内で、演奏者のまわりを42個の小型マイクで取り囲み、ストラドと現代のモダンヴァイオリン音の特性を比較すべく、3人の演奏家とそれぞれが所有するストラドと現代のヴァイオリンを使って実験がおこなわれたことでした。
その結果は三次元のグラフに表現され、モダンヴァイオリンでは音が演奏者から周囲にまんべんなく広がろうとするのに対して、ストラドはある特定(斜め上)の方向に音が伸びていこうとする特性があることが、客観的かつ科学的に立証されました。
また、日本人のヴァイオリン製作家である窪田博和さんは、ストラドの制作上の重要な鍵のひとつは、表板の均一な音程にあるのではという点に着目されていることでした。それは表板のどこを叩いても、常に同じ高さに音が揃うように制作することで、楽器が最も効率よく鳴るという主張でした。
これはつまり、ストラディヴァリはあくまで音優先で楽器を制作していたのではないか?という基本に立ち帰った考え方です。
化学分析や寸法のコピーなど目に見える部分をマネるのではなく、もっと基本的に「音を聞きながら製作する」ことにこだわるということで、ストラディヴァリは一挺ごとに指で板を叩きながら板を削り、表板の音程を揃えたのではないかという考察でした。
というのも、クレモナはじめ、現代の世界中のヴァイオリン製作家の多くは、ストラドの寸法を完璧に計測して、中にはコンピュータ制御でまったく同寸法の板を切り出すなどして、各人これでもかとばかりに寸分違わぬストラド型ヴァイオリンの製作に邁進しており、彼らは完全なストラドのコピーを目指しているようです。
その甲斐あってか、相当に良質のヴァイオリンが生み出されるようになってはいるようですが、それでもストラディヴァリのコピーができたという訳ではなく、いろいろなことが世界各地で研究されているにもかかわらず、いまだにこれという核心の解明には至っていないようです。
ヴァイオリンの構造というのは、「えっ、たったこれだけ?」というほどシンプルなもので、逆にあまりのシンプルさ故にストラディヴァリの優位の秘密はいったいなんなのか…、ここに製作者や研究者の心はいやが上にも高ぶり、果てることのない研究が今尚続けられているのかもしれません。
ストラディヴァリウスそれ自体がまさに謎そのものであり、その謎がどうやっても解けないところに多くの人が惹きつけられるのでしょう。