ストラドの謎-2

NHKスペシャルの『ストラディヴァリウスの謎』では、この名器を巡って興味深い事の連続で、あっという間の1時間でしたが、その中でも、とりわけ「ほぅ」と思ったのは、先にも書いた、モダンヴァイオリンとストラディヴァリウスの音の特性を科学的に探るというものでした。

番組の中で、ストラドを使うパールマンも云っていましたが、ストラドの音は大きいのではなく、音に芯があって澄んでいる、だからホールの最前列から最後列まで満遍なく届くということでした。

そんなストラドの特性が、今回の日本での実験で科学的にも裏付けられたわけで、歴史的な名器といわれる楽器は往々にしてこのような傾向をもっており、ピアノでいうとスタインウェイの特性がまさに同様で、けっきょく同じだなあと思いました。

スタインウェイは傍で聴くと音量はそれほどでもなく、音色もむしろ雑音などが気になるのに、少し距離を置いて聴くと、一転して美しい、力強い音が湧き出るように聞こえる不思議なピアノで、これが大ホールの隅々にまで届く、遠鳴りの威力だと思います。
同様の実験はピアノでもぜひやってほしいものだと思いましたが、すでに日本などのメーカーではこうしした実験も極秘でやっているのかもしれません。

さらにマロニエ君の印象に残ったのは、窪田博和さんの主張で、ストラディヴァリは表板の音程を聞きながら製作をしたのではないかという基本に立ち返った考えでした。
それをある程度裏付けるものとして、ニューヨークのメトロポリタン博物館に所蔵される2挺のストラドはロングパターンといわれるモデルでしたが、これはストラディヴァリ50歳頃の作品で、この時期の特徴として通常のヴァイオリンよりもやや長めのボディを作っていたというものです。

現代のヴァイオリン職人の中には、コンマ何ミリという正確さでストラドの正確な寸法に基づいて、徹底的に模倣している人が少なくないようですが、そこまでしても本物にはおよばず、かたやストラディヴァリ自身は、時代によって大きさの異なるヴァイオリンをあれこれと作っているというのは、大いに注目すべき点だとだれもが思うところでしょう。

表板に開けられるf字孔も時代によってその形や位置が微妙に異なるそうですし、本で読んだところでは表板の膨らみなどもいろいろだと書かれています。
ディテールの形状やサイズがそれぞれ違うにもかかわらず、どれもがストラディヴァリウスの音がするということは、研究の根幹を揺るがすことのような気がします。

上記のロングパターンも展示ケースから取り出して演奏されましたが、紛れもないストラドの音がするというのは、まったく不思議というほかはなく、ますます興味をかき立てられるところです。そこには寸法よりももっと重要な「決め手」があると思わずにはいられません。

要するに、ストラディヴァリが作ったものなら、たとえサイズやf字孔の位置や形状が違っても、どれもがストラドの音がするというわけで、やっぱり製作過程にその奥義が隠されているのかなあ…と思ってしまいます。

そこへ窪田博和さんの主張が結びついたような気がしました。
もちろん楽器の音色を構成する要素は複合的で、それひとつでないことは忘れてはなりませんが、窪田さんの製作したモダンヴァイオリンは世界的にも高く評価されているようで、実際のコンサートで使っているヴァイオリニストもおられるようです。
そのひとりルカ・ファンフォーニ氏は「古いクレモナのヴァイオリンのような音」「作られたばかりとは思えない完成された音」と満足げにコメントしていたのが印象的でした。

アメリカのオーバリン大学では、毎年世界からトップクラスの60人のヴァイオリン職人が集い、ストラドの研究成果を互いに分け合っているそうですから、着々と謎の解明へ迫ってきているのかもしれません。