プレイエルP280

これまで購入したCDの中には、聴いてみるとまったく期待はずれで、一聴してそのままどこかに埋もれてしまうものが少なくありません。
もったいない話ですが、CDは聴いて気に入らないから返品というわけにもいかないので、こういうCDもいつしか嵩んでくるという面があることは事実です。

そんなものの中から久しぶりに再挑戦というわけでもありませんが、ふと思い出して、もういちど清新な気分で聴いてみようと引っ張り出すことがあるのですが、そんな敗者復活戦で陽の目を見るCDは滅多になく、大抵はやはり初めの印象が蘇ってくるだけに終わります。

そんなもののひとつに、「プレイエル・ピアノを、サル・プレイエルで」というタイトルで、デルフィーヌ・リゼという女性ピアニストの弾くシューマン、ベートーヴェン、リスト、プロコフィエフ、ショパンなどを収めたCDがあり、これを再度聴いてみることに。

これはいうまでもなく、現代のプレイエルのコンサートグランドによる録音がほとんどない中で、その音を聴いてみることのできる貴重なCDとして買ったもので、演奏や曲目は二の次です。

プレイエルというと、マロニエ君はやはりコルトーのCDに代表される昔のプレイエルには惹かれるところが大きいのは事実です。戦前から1940年ぐらいまでのプレイエルが持つ、あの独特の軽さと、華麗で艶やかで享楽的な音色はいかにもパリのピアノというもので、田舎風の要素がまるでありません。

その後のプレイエルはドイツ資本に売られるなど、事実上プレイエルの遺伝子を持ったピアノは消滅したも同然でしたが、21世紀の初頭だったか、ふたたびフランス国内で再興します。
この新しいプレイエルの音を賞讃する意見にはあまり触れたことがありませんが、そのナインナップの中にはP280というコンサートグランドまで含まれているのは大いに期待をもたせるものでした。

ところが、なかなかその音に触れ得るチャンスがなく、そんな中でこのCDはある意味で最も待ち望んでいたものでした。しかし、スピーカーから出てくる音はどうにもパッとしないもので、期待が高かっただけに肩すかしをくらったようでした。

決して悪い音ではないのです。ただ、昔のプレイエルが持っていた明快な個性に比べると、非常に優等生的で、このメーカーに対して期待していたものはほとんどありません。
さすがにフランスピアノだけあって野暮臭い鈍重さはなく、基本的に柔らかい響きと、基音の美しさで聴かせるピアノだとは思います。

ある技術者の方から聞いた話によると、このP280は実はドイツのシュタイングレーバーで生産委託されているものだそうで、聞いたときは大変驚きましたが、考えてみれば工房規模の、いわば弱小ピアノメーカーで中途半端なものを無理してつくるより、シュタイングレーバーのような確かな技術を持つ会社に丸投げしたほうがいいということかもしれません。

これは自分で確認できた話ではありませんが、相手は好い加減なことをいう方ではないので、それが事実だとすると、このP280はピアノとしての潜在力はいいものがありそうに感じるものの、その音はどこかおっかなびっくりの至って消極的なものとしか思えません。ドイツ製ピアノの土台の上に、フランス風の味付けをしたという辻褄あわせが、本来のこのブランドらしい突き抜けたような個性の表出を妨げているのかもしれません。

逆にいうとシュタイングレーバーに、小ぶりのやわらかなハンマーを取りつけて、それっぽい整音をしたらこんな音になるのかとも思いますが、いずれにしろ、本当にプレイエルのコンサートグランドというのであれば、まずなによりもショパンコンクールのステージに復帰してほしいものです。

追記;先ほどシュタイングレーバーを販売するお店の方からメールをいただき、シュタイングレーバー社はプレイエル社から依頼されたため、P280の設計をしただけで、生産はしていないということでした。