車検の時期が近づくのは車を持つ者にとって誰しも憂鬱なことだと思います。
マロニエ君の古いフランス車も今月が車検で、いつも自ら検査場に出向いてユーザー車検で通しているのですが、車検場を取り仕切るのはすべてお役人で、彼らはどんな小さなことでも問題点だと認識したが最後、こちらがくだらないと思うようなことでも絶対にお目こぼしはありません。
毎度のことながら緊張の連続で、いつも心身ともにヘトヘトになるのがマロニエ君にとっての車検の常です。今回もいろいろあって、半日がかりでやっと全項目に合格印を取り付け、残るは書類の提出のみという段になって、最後の最後にとんでもない目に遭わされました。
陸運支局の事務所前に車を止め、検査終了の書類を窓口に提出したところ、足りない書類があると指摘され、あわてて車へ取りに行ったときのこと、マロニエ君の車の前に白いクラウンが駐車しようとバックしていましたが、その動きにぶつかる気配を感じ、慌てて駈け寄り声を発しながらそのクラウンの後部ボディを叩いて、止まるように合図を送ったのですが、間に合わずにこちらの車の鼻先とクラウンのリアバンパーがわずかに接触してしまいました。
中から初老の男性が降りてきて、「当たった?」と云いながら後ろへまわり、接触部分を見るや苦笑いしながら「あー、すんません」といいました。
当方のバンパー先端に付いているナンバープレートが、ステーごとクラウンのリアバンパーに軽くめり込んでいましたが、だいたい今どきの車のバンパーは柔らかい材質でできているので、大したことはないことはすぐにわかりました。
さて、事務所内では窓口の人が書類を持ってくるのを手を止めて待っているので、とっさにその書類を持っていくことを優先させたのですが、これがいけませんでした。
再び現場に戻ると、そのクラウンはすでに30cmぐらい前に移動し、幸いキズらしきものはありませんでしたが、なんとそのドライバーの口から出た言葉は、「どこも当たってない。だいたいね、アンタの車が線から出てるからいけない(たしかにちょっと出てはいました)。自分はいつもここに止めるから慣れてるし横のラインを目安にして止めるようにしている。そっちの前がはみ出しているからで、アンタこそ止め方を注意しなくちゃいかんよ」と昂然と言い立ててきたのには耳を疑いました。
線から出ていればぶつけてもいいという理屈です。
「その上、自分の用事で勝手に俺を待たせた」などと思いもよらないことを次々に言い始め、接触直後とは態度がまるで別人です。目撃者も数人いたのですが、みんな自分の用で動いているので、そうそう一箇所に留まってはくれません。
「なにを言っているんですか?当たっていたのは、さっきアナタも見たじゃないですか!」というと「いーや、当たっていなかった」「当たってましたよ!」「当たったという証拠があるのか!」とほとんど居直ってきたのには、さすがに怒りと恐怖が同時に襲ってきましたが、その男性は「証拠がない!」と云いながら、さっさと目の前の建物内に消えていきました。
マロニエ君はキズもないようだし、あったにしてもわからない程度なので、このまま和解する心づもりだったのですが、お詫びどころか、黒を白だと言い張るあまりの無礼な態度には、さすがに怒りが収まらず警察に通報しました。
しばらくして警察官が2人やってきて、その男性を探し出して事情を聞きますが、警察が来ておどろいたのか、事実とは真逆のことを淀みなくベラベラと警察官に説明するスタミナにはさらに仰天させられ、人はこんなにもあからさまなウソがつけるものかという驚きと、言い知れぬ虚しさが身体全体を突き抜けるようでした。
そもそも当たっていないのなら、こちらはなんの目的で警察を呼んだりするでしょう。人の目もあり、そんな自作自演をすることになんの意味も合理的理由も利益もありません。
警察官は二人ともこちらの説明に当初から納得してたようで、マロニエ君とその初老男性を引き離し、ずいぶん根気よくその男性相手に説得していましたが、1時間近く経った頃、ついには「当たったかもしれない」というところまで発言が変わり、最後はだらしない笑みを浮かべて「すいませんでした」といいましたから、これでお開きにしました。
警察官を含めた4人のうち、その男性だけがまっ先に薄汚れたアイボリーのクラウンに乗り込み、サーッと駐車場を出ていきました。
きっとその男性は、こちらが「外車」だと見て、高い修理代などを請求されるかもという恐れが頭をよぎり、マロニエ君が書類を出しに走っていった間に、キズがないのをいいことにこのような豹変劇を思いついたのだろうと思いますが、いい歳をした人生の先輩が当たり構わずつきまくる恥知らずな大ウソの洪水には、さすがに打ちのめされました。
当たったところの写真があれば何よりの証拠で、ケイタイのカメラはこういうときこそ活用するもんだとつくづく思いましたが後の祭りです。
まったく後味の悪い1時間あまりでしたが、警察官のひとりは「こういうことをいつまでも考えているのはいい事じゃないですから、できるだけ早く忘れてください。よろしくお願いします。」と丁寧に云ってくれたのがせめてもの救いでした。
ちなみにこのクラウンが「いつも止めている」という場所は身体障害者用スペースでした。