知り合いのピアノ技術者さんから教えていただいたのですが、現在、世界で製造されるピアノの中で、本当に特別だと云えるものはわずか数社しかないらしく、そこには三大名器といわれるスタインウェイもベーゼンドルファーもベヒシュタインも含まれていません。
その特別なメーカーは4社で、すべてヨーロッパに集中しており、いずれも小さな会社ばかりです。
その数少ないメーカーのひとつがステファン・パウレロというフランスの小さな会社で、マロニエ君はこのときに初めてこのメーカーを知りました。
過日、フランスの老舗ピアノメーカーであるプレイエルが製造を中止したということを書いたばかりで、ついにフランス製ピアノの火が消えてしまったと思っていたところ、思いがけないところに思いがけないかたちでフランスのピアノがいまなお棲息していることを知り、たいへん驚かされました。
さっそくホームページを探したところ、たしかにその会社のサイトが見つかり、ずいぶんとマニアックなメーカーのような印象を受けました。
外観はひと時代前のハンブルク・スタインウェイに瓜二つで、はじめはファブリーニのようなスタインウェイベースのスペシャルピアノかと思ったほどです。
中型グランドとコンサートグランドがあり、なんとそれぞれに交叉弦と並行弦のモデルがあるのが驚きでした。いまさら並行弦に拘るというのはどういう意図なのかと興味津々です。
サイト内にはステファン・パウレロ・ピアノを使った数種のCDが紹介されており、クリックすれば短時間のみ音が聞けるようになっていますが、なんとかして手に入れたくなりネットで検索してみると、アマゾンなどで辛うじて引っ掛かってくるものがありました。
こういうときは、ネットの威力をまざまざと思い知らされ、昔だったらとてもではないけれどもそんなCDを海外から探し出して個人が簡単に手に入れるなどという離れ業は不可能だったに違いありません。
さっそく届いたCDの包みをひらいて、はやる気持ちを抑えながらプレーヤーにのせる瞬間というのは、何度経験してもわくわくさせられます。
果たしてステファン・パウレロのピアノはパワーもあるし、まず印象的だったのは、まとまり感のある完成度の高いピアノという点でした。多くの工房規模のピアノには、この上なく上質な美音を聞かせる一面があるかと思うと、ある種の未熟さみたいなものが解決されずに放置されているように感じることが少なくありませんが、このピアノはそういうアンバランスがなく、よほど設計が優秀なのだろうと思いました。
ホームページの図によれば、支柱の形状には独特なカーブなどがあるなど、随所に独創性があるようですが、音そのものは今風の至って普通の感じだったのはちょっと肩すかしをくらったようでした。
その技術者さんが海外のお知り合いなどへ問い合わせをされたところによれば、ここ20年ぐらい、年に3台ぐらいのペースで作られているそうで、これは生産というより、限りなく趣味か道楽に近いスタンスのようにも思われます。
もともとはステファン・パウレロ氏はピアノ設計者として有名だったのだそうで、他社からもいろいろなピアノの設計依頼があるようです。
生産を中止したプレイエルの中型グランドもステファン・パウレロの設計だったようですし、中国製のピアノにもここの設計によるピアノがいくつかあるようです。もしそれが高度な生産クオリティで設計者の意図に忠実に作られているとすれば、かなりコストパフォーマンスの高いピアノが期待できそうです。
ただしピアノ(というか楽器は)はエモーショナルな要素を多分に含むものなので、中国製ということに抵抗感がなければの話ですが…。
本家ステファン・パウレロのピアノは、ヨーロッパならともかく日本ではまず本物の音を聴ける機会など今後もまずないでしょうね。