思わぬところで

装飾目的にヴァイオリンを買うことは、音楽好きの端くれのやることではないとの判断から一度は諦めていたのですが、思わぬところからチャンスはやってくることになります。

マロニエ君がたまに立ち寄る、とあるショッピングモールの中には、今どきの不景気な世相を反映してか、以前は雑貨と家具を扱っていた店舗が撤退して、知らぬ間にリサイクルショップになっていました。

実を云うと、そんな事情と知らずに入店したところ、なんとなく気配が変わっているなぁと感じたことから商品がリサイクル品だと気が付いたぐらい、パッと目はきれいなものばかりを売っているのですが、ここに一挺のヴァイオリンがケースに入った状態で売られていました。

いろいろな家具や電気製品や雑貨などにまざって、ちょっとした楽器が集められた小さいコーナーがあり、ほかにはギターやフルートなどもあり、ヴァイオリンは子供用の1/8と大人用の4/4があったのですが、なんと子供用は一万円近くするのに、大人用はわずか二千円でした。

ものはためしという気分で手に取ってみてみたのですが、とてもそんな値段が信じられないほどきれいで、キズもなくそれほど使い込まれた様子もありませんでした。ケースには弓や松脂なども揃っていますが、よくみるとヴァイオリン本体にはE線のみなくなっていて、弦が3本しかありません。
どうみても新しく弦を張ったりするような気配はなく、このE線がないことが価格を著しく安くしているのだろうと察せられました。

一瞬どうしたものかと迷いましたが、今どき二千円で何が買えるかと思うと、ほどなく決断がついてヴァイオリンを慎重にケースに戻し、それごとレジに持っていきました。
楽器のことなどなにもわかりそうにもない女性が「いらっしゃいませぇー」といいながら中にある値札を見ながら、「弦が一本ありませんが、よろしいですか?」と確認してきました。
もちろんハイと答えて支払いを済ませて店を出ました。

生まれて初めて、ヴァイオリンのケースを手に持って外を歩きますが、ヴァイオリンというのはその圧倒的な存在感とは裏腹に、なんて軽いんだろうと云うのが率直な印象でした。

帰宅して恐る恐る開けてみると、そこには店で見た以上に立派で美しいヴァイオリンが悠然と横たわっており、慣れない手つきで取り出しますが、本当に心もとないぐらい軽くて小さな楽器であることに却って感激してしまいました。
名器ともなると、こんな小さな楽器が、ステージでは500kgもあるコンサートグランドと互角に張り合って、あれだけの素晴らしい音楽を奏でるのかと思うと、俄には感覚がついていけないような不思議な気がするばかりでした。

それにしても、なんと美しい楽器かとしみじみ思いました。その究極のデザイン、女体にも例えられる飽満かつ繊細なカーブの織りなす魅惑の造形は、いやが上にも見る者の目を引き寄せ、ぐいぐいとその世界に吸い込んでいくようです。

弦を一本細工して、さっそく壁にかけてみましたが、一気にあたりの雰囲気が変わり、繊細なのに凛とした佇まいは見ていて飽きるということがありません。
芸術的で、色っぽくて、清々しく、華奢で、堂々としていて、様々な要素がこんなに小さな形の中に凝縮されているようです。