正攻法の興奮

貯まっている録画から、ブロムシュテット指揮のNHK交響楽団、ソリストをフランク・ペーター・ツィンマーマンがつとめたブラームスのヴァイオリン協奏曲を聴きました。

これが思いがけなく見事な演奏でした。気が付いたときには身体の一部を硬直させてまんじりともせずに聴いている自分に気がつきました。硬直というと、なにかよくない事のように思われがちですが、マロニエ君は集中するとつい身体のどこかに妙な力が入ってしまう癖があって、それほど演奏にのめり込んでいたということだろうと思います。
少なくとも、自分にとって本当に素晴らしいと思える演奏を聴いている時間は、とてもリラックスなどできません。

素晴らしい演奏というのは定義が難しく、多種多様です。
ツィンマーマンのヴァイオリンはまさに正攻法の折り目正しいスタイルですが、にもかかわらず決して優等生的でないところが特筆大書すべきだろうと思います。周到に準備され、作品を隅々まで知り尽くしたものだけが可能な演奏でありながら、けっしてマンネリではなく、常に音楽に必要な新鮮さと即興性を孕みながら演奏が展開して行くので、集中が途切れる部分がなく、聴く者にたえず程良い刺激を与え続けてくれるようです。

とりわけ感心したのは厳格さという枠の中で呼吸する生きたリズム感で、これはこの人の生来のものでしょう。とりわけ協奏曲ではオーケストラからソロに引き継がれる部分に些かでも遅れやズレがあると、聴いている側はガクッと気持がシラけるものですが、こういう箇所でのツィンマーマンは聴く者の期待を決して外すことなく、渡されるものを間髪入れず受け取って自分の演奏として繋いでいくので、聴いていて快適この上ありません。

演奏家の中には自分の個性をことさら強調してみたり、新解釈のようなものを披瀝したがる人が少なくありませんが、ツィンマーマンにはそういう要素はまったくの皆無。演奏のフォルムは至って真っ当でありながら、正味の彼自身がそこにあって明瞭、作品と演奏の両方を結束させながら、聴く者を音楽の世界に引き込んでいくやり方は、まったく見事な演奏家の仕事というほかありません。

ひとつだけ意外だったのは、彼の使うヴァイオリンは、はじめストラディヴァリウスだろうと思いつつ、途中からちょっと違うかなあという印象もありました。しかし彼の演奏スタイルからして、グァルネリではないだろうと思うし、f字孔の形もやはりそうではないと思い、楽器についてはまったく確信が持てずに終わりました。
後でネットで調べてみると、ツィンマーマンが現在弾いているヴァイオリンはクライスラーが所有していた1711年製ストラディヴァリウスだということがわかりました。

違うような気がしたのは、ストラドは単純にいうともっと派手な艶っぽい音というイメージがあったのですが、一流のプロには演奏家自身の音というものもあり、やはりヴァイオリンの音はなかなかわかりにくいものだと思いました。
ただ、演奏中に映し出されるそのヴァイオリンは、側板から裏板にかけて「おお!」と思うほど鮮やかな虎目の、いかにもただものではなさそうなヴァイオリンでしたが、その音は見た目ほど華麗ではないような印象だったのです。
ただし、会場はなにぶんにもあの広大で音の散るNHKホールですから、楽器の音を正しく吟味できる環境ではありませんし、だいいちこちらも会場でナマを聴いたわけではありませんけれども。

楽器はともかく、久しぶりに満足のいく素晴らしい演奏に接することができ、思わずテレビ画面に向かって拍手したくなるようでした。