響きを引き出す

響きすぎの緩和や防音のための工夫の逆が、音を鳴らすようにするためのものです。

ピアノを鳴らさない特性をもつ部屋というのがあり、床が敷き詰めタイプのカーペットであるとか、壁が布地タイプのクロス、あるいは書架などで壁一面が埋め尽くされているなどの場合、ピアノの音はかなり強く吸収されてしまいます。

これは実を云うとマロニエ君宅の環境がそれに該当し、図らずもある程度の防音効果が得られているとも云えますが、とにかくこれらの要素が重なっているために、響くという要素がまるでありません。

ピアノから出た音は、文字通りそのボディから出ている音だけで、それを増幅させるものはなにもなく、鳴ったそばから虚しく消え去るのみ。ピアノ自体の音を聴くにはよけいな響きや色付けがないぶんごまかしが利かず、繊細な調整の環境としてはいいとも云えるかもしれません。
…とかなんとか云ってみても、快楽的見地でいうと、やっぱりそれではいかにもつまらないのです。

そこで数年前のことですが、一策を講じて、ピアノの下に敷くための木の板を買ってきました。
はじめに買ったのは普通の広い合板で、それを響板の真下にあたる床に置きましたが、まあ心もちという程度で、期待したほど効果は上がりませんでした。無いよりはいい…という程度です。

しばらくそれでお茶を濁したものの、やっぱりもう少し効果がほしくなり、同じく合板ですが表面に簡単な艶出し塗装をされている大型の化粧ボードを購入、縦横にカットしてもらって4枚の板切れにしてもらって置いてみました。するとあきらかに音の立ち上がりがよくなるというか、鮮明さが出て、以前のものよりぐっと効果がありました。

このことから、同じ合板でも表面の処理ひとつで音に影響があることがわかりましたし、試してはいませんが、木の種類、あるいは石やガラスなど、それぞれに響きの違いがあることが予想でしました。

この艶出し塗装をされたボードを床に敷いていたところ、調律に来られた技術者さんから思いもよらない秘策を授けていただきました。マロニエ君としては響板の真下にということで疑いもせずペダルと後ろ足の間に置いていたのですが、それをもっと手前に置いたほうが効果的だというのです。具体的には、ペダルよりも前、鍵盤の真下ぐらいまで板が出てきた方が良く響くというものです。
その技術者さんが言うには「自分の足元より手前まで板を引き寄せる」ところがポイントだとか。

ならばというわけで、さっそくボードを手前に50cmほど移動してみると、なんとアッと思うほど音に輪郭と鮮烈さが加わりました。これはボードをより手前にもってくることで、反射する音が弾く人の耳によりストレートに立ち上がってくるのだろうと思います。

したがって離れて聴いている人の耳にどう変化しているかは未確認ですが、ともかく弾いている当人は、音にキレと輪郭が加わり、弾きごたえが出て断然愉快になりました。

この結果からいえば、ペダルより後ろにボードを置くと、音はある程度反射していると考えられますが、それが奏者の耳に達するには、足元周辺のカーペットなどが尚も邪魔をしているのだろうと思われました。尤も、部屋全体の響きという点では話は別ですが、これは少なくとも奏者がその効果を楽しむことができるという点では絶大な効果がありました。

スピーカーの音調整しかりで、こんなちょっとしたことで思いもよらない変化が起こるのですから、なるほどおもしろいもんだと思いました。

こういう体験してしまうと、それに味をしめてまたあれこれとやってみたくなるものです。