いつだったかNHKのプロフェッショナル?とかいう番組で、五嶋みどりの現在を追った番組が放送されました。
10代前半という若さでアメリカからセンセーショナルに世に出た天才少女も、すでに40代半ばに差しかかり、演奏家としてのみならず、いろいろな意味でも、いま人生の絶頂期に差しかかっているのかもしれません。
彼女はその圧倒的な名声にもかかわらず、演奏活動のみをひた走ることを早い時期から拒絶し続け、自身のスタイルを押し通し、とうとうそれで周囲を納得させてしまった人だと云っていいのでしょう。
天賦の才があり、ニューヨークという最難関の場所でメータやバーンスタインから認められ、さらには演奏中に2度も弦が切れるという、いかにもアメリカ人好みのアクシデントにも恵まれ(?)、当時望みうる最高のデビューを飾ったのは間違いないでしょう。
多くの場合、これほどのスター街道が目の前にパックリと口を開けて広がれば、迷うことなくそこに飛び込み、以降、忙しく世界中を飛び回る生涯を送るはずです。
しかし彼女は演奏活動だけに邁進することを頑として拒み、他の勉強をはじめたり、のちにはヴァイオリンを使っての奉仕活動などにも打ち込むほか、アメリカの音大で最も若くして教授になるなど、何本かの柱によってしっかりとバランスが保持されているようです。
教育者でもあり、アメリカの弦楽器の組織の理事のようなこともやっている由で、勢い彼女の生活は演奏以外の仕事も目白押しで、演奏活動はその中の一つという位置付けのようです。
立派といえばもちろん立派ですが、そこにはいろいろな理由があってのことなのだろうと推察します。
マロニエ君のような凡人からでも、おぼろげにわかる気ようながするのは、いわゆる音楽バカ(といったら言葉が悪いですが)で世界を飛び回り、超多忙な演奏を繰り返すだけの薄っぺらなタレントにはなりたくないという心情と必然があったのではと思われます。
一流演奏家として認められれば、年がら年中演奏旅行に明け暮れ、人生の大半を飛行機とホテルとホールで過ごすばかりで、他の文化に触れたり、豊かな旅や時間を満喫すること、あるいは自身の時間の中で思索するといったこととは縁遠くなるでしょう。
寸暇を惜しんで効率よく練習し、次々に待ちかまえる移動とリハーサルと本番、拍手のあとでは各地の主催者や地元の名士と交流することも義務という、見る者が見ればまったく馬鹿げた生活を繰り返すことを意味しており、それが五嶋さんには耐えられないのだと思います。
しかもオファーがあって体力が続く限り、それは老いるまで延々と続きます。数年先までの予定が決まっていて、それに従って各地と予定を飛び回るだけの生活。そしていったんこの流れに乗れば、止めるに止められない状況に呑み込まれていく。
そこに疑問を持つ人間にとっては、まさに地獄のような生活です。
しがない演奏家からみれば夢のようなスターの生活でも、それが10代から一生続くとなるとやはり尋常なことではなく、まともな平衡感覚をもっていたらできることではありません。昔で言うサーカスの空中ブランコのスターと、いったいどこが違うのかとも思えます。
いかに素晴らしい演奏をして、それに見合った喝采を受けても、そんな生活を一生続けるなんて一種の狂気であるような気がします。
五嶋さんは非常に頭のいい人のようで、だから自分の人間性と精神のバランスを保つためにも、あえていろんなことを「自分のために」やっているんだと私は見ています。もちろんそれが結果としては世の中のためにもなっているとは思いますが、出発点は、まずは自分が「人がましく生きたい」という主題から出発した事だったのだろうというのが、この番組を見て感じたことでした。
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