NHKのBS番組、プレミアムシアターの7月は、4週にわたってバレエの特集が放映されました。
いわゆるお馴染みの古典バレエはほとんどなく、唯一のものとしてはアメリカン・バレエ・シアターの日本公演から「ドン・キホーテ」があったのみで、他はすべてパリ・オペラ座の新作がいくつかとかベジャールの作品など、近現代の新しいものがいろいろ紹介されました。
すべてを見たわけではありませんが、なんといっても圧巻だったのは最後のロシアバレエで、これには久々に感銘を受けることになりました。
4週目の最後を飾ったのが「サンクトペテルブルク白夜祭2008」から、ストラヴィンスキーの『火の鳥』『春の祭典』『結婚』の3作で、ボリショイと並び称せられるロシアの最高峰、マリインスキー劇場バレエ団(旧キーロフバレエ)、演奏はなんとワレリー・ゲルギエフ指揮によるマリインスキー劇場管弦楽団による、この上ないような豪華な顔ぶれでした。
その直前にやってたのが「ドン・キホーテ」で、マロニエ君は一向にこの中身のない、ただのうるさいお祭り騒ぎを舞台上でドンチャンやるだけみたいな演目が昔から一度たりとも好きになったことがありません。
よくバレエのガラコンサートのようなときに、最後のグラン・パ(グラン・パ・ド・ドゥではない)がアクロバット的な派手さから単独に踊られることがありますが、それで充分。それ以外はなんの魅力もないし、ミンクスの音楽がまたなんの芸術性もない表面的なもので、目も耳も疲れてしまいます。
そうしたら、後半が上記のサンクトペテルブルク白夜祭になり、いきなり姿勢を正したというわけでした。
まずなんといっても素晴らしいのストラヴィンスキーの音楽で、これを聴くだけでも価値があり、とても普通のいわゆるバレエ音楽ではない。
ソリストでは火の鳥を踊ったエカテリーナ・コンダウロワが突出して素晴らしく、その音楽と相まって一瞬たりとも目が離せない美しく躍動的でありながら、役が乗り移っているがごとく妖しげで、見ているこちらまでその魔力に引きこまれるような火の鳥を見事に踊りました。
ロシアにはいまだにこういう踊り手がいるのだなあとあらためて感心させられます。
春の祭典は一般的に有名なのはベジャールの演出振付による、あの男女の裸のようなタイツ姿の舞台をイメージしがちですが、オリジナルはむしろ普通のバレエよりもすっぽりと民族的な衣装で全身を覆い尽くしていて、ダンサー達の体が見えることがありません。きっとベジャールはその真逆の発想をしたのかもしれないと思いました。
音楽的に圧巻だったのは結婚で、これはレコードでは聴いていましたが、舞台を見たのは初めてでした。
30分足らずの短い演目で、とくに言うべき物語性はありません。花嫁と花婿がいて、彼らが結婚するという、ただそれだけのもので台本もストラヴィンスキーが書いています。
その演奏のために準備されるのは、通常のオーケストラに加えて、ソプラノ、メゾ・ソプラノ、テノール、バスという4人の独唱者、さらには7人にも及ぶ打楽器奏者たち、とどめはこれに加えて4台のピアノが加わります。しかもバレエ公演となると、すべて舞台下のオーケストラボックスに入れるのですから、もうそこはすし詰め状態に違いありません。
さらに、必要なのは男女のソロダンサーと、強靱なコールドバレエです。
それらが渾然一体となって、休むことなく30分近くを踊りまくり、演奏家達は演奏しまくります。
それはもうなんとも圧倒的な世界で、世にもこんな贅沢な30分があるだろうかというものでした。
ストラヴィンスキーの音楽には、今更ながらその不思議な魅力に打ちのめされました。他の作曲家なら不快感になるような和声やリズムに満ち満ちていますが、それがストラヴィンスキーの手にかかると、聴き手の本能的な何かを刺激されてくるようで、無性にわくわく興奮してくるのが彼の作曲の魔術だと思いました。
春の祭典に代表されるダ、ダ、ダ、ダという如何にも原始的なリズムが随所に出てきますが、これがいかにも野蛮なものの鼓動のように聞こえながら、その魅力に魅せられてしまうのは、ストラヴィンスキーの芸術性のみならず、人間の記憶の奥にはこうした野生がまだまだ眠っているからかもしれません。
やっぱり我慢して録画していれば、たまにはこういう拾いものがあるということです。
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