練習会&お茶会

昨日の午後は、市内の小学校でピアノサークルの練習会がありました。
マロニエ君は定例会にはそこそこ顔を出していますが、練習会は二度目の参加で、記憶ではそれほどの人数ではなかったので、同じようなものだろうと思っていたら、ポツポツと人がやって来て、最終的にはそれなり(たぶん10人以上)の人数になって、これはこれでひとつの立派なイベントみたいでした。

練習会とは言ってみても、ピアノは1台で、弾くのは常に1人ですから、必然的にあとは定例会同様に人の演奏を聴いている形になりますが、それでも多少のおしゃべりなどは許されるので、やはりいつもよりはだいぶリラックスした雰囲気ではありました。

とは言っても自分の番になれば、どうしても人の目の前で自分一人が弾くということに変わりはないので、それなりの緊張が伴うのは言うまでもありません。

さて、マロニエ君の知人が最近このサークルに入会したのですが、昨年秋のショパンコンクールを聴きに行かれたときの資料やら写真やらをたっぷりと見せていただきました。
よくよく話を聞いてみると、このために長期の休みを取ってワルシャワに赴き、なんと一次から決勝まですべて、毎日8時間、実に3週間にわたってコンクールを舐め尽くされた由で、まさに審査員と同じ量、世界から集まったコンテスタントの演奏を聴いたという事ですから、いやはやもう開いた口が塞がりませんでした。

同行した奥さんには「一生のお願い」と拝み倒しての渡欧だったそうですが、お付き合いもここまで来れば生半可なことで出来ることではありませんね。ワルシャワでは連日朝からフィルハーモニアホールへと通い続け、時には日に10回も幻想ポロネーズを聴くこともあったとか。わずかな空き時間にはショパンの心臓が納められた教会だのショパンの像がある公園だのと、コンクールの合間もひたすらショパンな日々だったそうで、あっぱれという他に言葉が見つかりません。

もう一つはメンバーの方が最近行かれたという、東京は信濃町にある民音音楽博物館で、パンフレットを見せていただくとオールカラーの立派な冊子に、所蔵楽器の写真がずらりと紹介されていましたが、ピアノだけでも相当の台数が収蔵されているようで、歴史的価値の高いものが多々あるようでした。
現地では案内の人がそれぞれの楽器の時代に即した曲を演奏してくれるんだそうです。

マロニエ君が東京にいる頃にはもちろん存在しなかったおそらくは新しい音楽博物館で、そのうち上京する折があればぜひ行ったみたいものです。

練習会終了後は近くのコーヒーショップに移動してのお茶会となりましたが、そこでの話題は、もっぱらひとつのテーマに占拠された観がありました。
というのも、我らがリーダー殿には昨年末から素敵なお相手が出来たことは聞いていましたが、リーダー殿がここで語り始めた独特な語り口によるオノロケの連発は、お茶会に参加した全員を、元気と感嘆と爆笑の渦に巻き込みました。
そのあまりの可笑しさに時の経つのも忘れ、練習会よりもさらに長い時間、一同はこの愉快な話題に釘付けとなり、最近のように暗い話題ばかりが続く中で、久々に聞く、春爛漫の明るさに満ち溢れた話でした。
リーダー殿の一直線の自信に満ちたトークの数々には、否応なしに一同が沸き立ち、まるで我々の席だけがルネサンスの宗教画のように天からの光りに満たされているようで、いやはやつくづくと明るい話は人を幸せに快活にするもんだと思いました。

これだけでも出かけて行った甲斐があったというものです。
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山田耕筰のピアノ曲

山田耕筰といえば明治から昭和にかけて活躍した日本の大作曲家ですが、あまりにも歌曲で有名となったためか和風の人というイメージがありますが、本来は西洋音楽を日本に紹介し、自身もドイツなどの留学経験から本物の西洋音楽を身につけ、終生音楽に身を捧げた筋金入りの音楽家だったようです。

彼が数年間留学した第一次世界大戦直前のドイツでは、R・シュトラウスやニキシュが頻繁に指揮台に立っているような時代だったようで、そのコンサートにはしばしば通ったといいますし、なんとカーネギーホールでは自作の管弦楽曲を演奏したり、ベルリンフィルやレニングラードフィルなどの指揮台にも立ったといいますから、童謡や校歌ばかりを作っていた人とだけ思うのは少々間違いのようです。

その山田耕筰の作品は、歌曲は1000曲を超えるほどもあるそうで、そのためか歌曲があまりにも有名ですが、実際にはオペラや交響曲/交響詩、室内楽曲などに混じって、わずかながらピアノ曲を残しています。

最近、その山田耕筰のピアノ作品全集というCD二枚組を購入しましたが、主にはプチ・ポエムという山田耕筰が創始したというジャンルの小品集などが中心となり、ほかにも様々な作品が含まれていました。

「スクリャービンに捧ぐる曲」というのがあるように、この中の何割かの作品は明らかに後期のスクリャービンの影響を受けていると思われるものが散見できますし、どの作品も透明な空間の広がるような非常に詩的で幻想的なものが多いのは意外でした。
聴いていると様々な種類の光りがあちこちから差し込むようで、その気品ある作風は予想できなかったものばかりでとても驚かされました。
少なくともあの「荒城の月」とか「からたちの花」などからはかけ離れた抽象性を持ち、本格的な西洋流の近代音楽というべきものばかりで、あらためて偉大な音楽家だったということが偲ばれるようです。

CDの解説によると、これは世界初の山田耕筰ピアノ作品全集なのだそうで、なんと演奏者は日本人ではなく、イリーナ・ニキーティナというロシアのピアニストで、1994年にスイスで収録されているものです。
レーベルはDENONで、録音スタッフには数人の日本人が関わってはいるようですが、あくまでもヨーロッパ人の演奏によるヨーロッパで収録された山田耕筰のピアノ曲アルバムという点が非常に面白いと思います。

ちなみに使用ピアノに関しては一切記述がありませんが、その音はまぎれもないスタインウェイそのもので、しかも現在の新しい楽器からはほとんど聴くことの出来なくなってしまった、重厚な深みと密度感のある瑞々しいその美しい音色には、聴いていて思わず陶然となるようでした。
しかし決して古い時代のピアノではなく、1970年代までのスタインウェイはまたちょっと違った種類の音を出しますから、おそらくは1980年代後半〜90年前後に作られた楽器だろうと思います。
この時代のスタインウェイは、新しいトーンの中にいかにも上質な響きと透明感があり、それでいて華麗さと現代性も兼ね備えているという点で、マロニエ君はとても好きな時代の音色です

ヴィンテージのスタインウェイを称賛する人達から見ればおそらく違った意見になるでしょうが、現代のスタインウェイとしてはひとつの理想型を極めた数年間で、この30〜40年間で見ればひとつの絶頂期だったように思います。

美しい曲に美しいピアノの音色、それに優れた演奏と録音とくれば、聴いているだけで幸福な気分になれるものです。
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原付バイクの寿命

知人が通勤などに原付バイクを昔から使っているのですが、どのバイクもちょくちょく故障して、出先で動かなくなったり、エンジンがかからないなど、トラブルが絶えないらしいことは、いつも聞くたびに首を傾げています。
そして数年に一度は、故障頻度と修理代に押されるようにして、不本意ながら買い換えに追い込まれているようです。

日本製品で、新車から乗っているというのに、こういうことって意外にあるんですね。
その人曰く、安いのだと「だいたい3年であちこち故障が起こり始める」のだそうで、そのたびにあれこれと修理やらパーツ交換やらをするハメになっているようです。

マロニエ君は原付バイクには乗りませんので、そのあたりの寿命とか信頼性に関して平均的実情をほとんど知らないのですが、この人のバイク事情を昔から見ている限りでは、我らがメイド・イン・ジャパンも原付バイクに限ってはあまり大したことはないなあ…という印象を持っています。
もしかすると、どこか賃金の安い海外の生産なのかもしれませんが、たとえそうだとしても、日本のメーカーの優れた設計と厳しい品質管理のもとに生産される製品であることにかわりはないはずで、信頼性も日本製に準ずるものがあるはずだと思うのですが。

これが普通の四輪車だったらどうかと思えば、よほど営業車などで酷使でもされる場合は別として、普通に通勤や買い物に使う程度の乗り方をしていれば、たかだか3年ぐらいであちこちが故障したり、頻繁にパーツの寿命が来たり動かなくなったりということは、まず日本車では考えられないことですよね。

四輪車や大型バイクには、3年で車検という一応の節目はあるものの、それは各種の点検と、必要な消耗品の交換ぐらいなもので、あちこちのパーツが故障(少なくとも車が走れなくなるような)しはじめるなんてことはちょっと考えにくいです。
通常の乗り方なら、定期点検をしていれば、タイヤやバッテリー、ブレーキパッドのような消耗部品と取り替えるだけで、とりあえず不安なく乗ることができるし、故障して立ち往生とか、エンジンがかからず車を置いて帰ってくるというようなことが頻発するなんてまず考えられず、機械的な寿命だけでいうなら10年は不安なく使えると思います。

そういう観点から見ると、原付バイクというのは機械的にえらく弱々しい短命な乗り物なんでしょうか…。
知人によれば安心して乗れるのは新車からせいぜい2年ぐらいなんだそうで、そのあとはちょこちょこ問題が出始め、出先で動けなくなったバイクを置いて、あるいは押して帰ってきたことも1度や2度の話ではないようです。

ひとつには50ccという小さなエンジンでは、車に較べると格段に持てるパワーの最大限の力を発揮させられ、いわば酷使されている状態に等しいということなのか、あるいはそもそも耐久品質がそのていどのものなのか、いつも不思議に思わせられるのです。
この人の使い方を見ていると、長くても5年で乗り換えていますし、それも最後の1〜2年は修理の頻度が高いようで、文字通りだましだまし乗っているのだそうです。

原付バイクというのは、正式にいうと「原動機付き自転車」だそうですから、その品質もそのへんの自転車並というふうに考えなければいけないということでしょうか。
穿った見方をすれば、メーカーは意図的に品質を落として、数年程度で買い換え需要を作り出しているということも、もしかしたらあるのかもしれませんね。
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集客の要素

世の中の多様化はあらゆる分野にその影響を及ぼし、むろん音楽の世界も例外ではありません。
とりわけクラシックなどは、その寒風の最も風上に置かれているのかもしれません。

これにはいろんな要素が絡んでいるので、マロニエ君ごときが簡単に事を決めつけることはできませんが、ひとつには世の中に余裕がなくなり、コンサートに行くためのいろんな意味でのゆとりがなくなってきたこと。もうひとつは二流以下のコンサートが一時期あまりにも大量に溢れ出し、巷に蔓延しすぎて市場がぬかるんでしまったツケが今まわってきているような気がします。

人間は肝心なことは忘れっぽくても、嫌な体験、苦痛の記憶、退屈の苦しみなどは意外といつまでも覚えているものです。つまらない展覧会に行ったり、つまらない本を読んで途中で投げ出したり、つまらないコンサートに行って不本意な拍手をしてくたびれて帰ってきた経験などは、わりといつまでも残って深いところにその記憶が沈殿しています。すくなくともマロニエ君の場合はそうです。

本来、享楽と感銘と世界に浸りたくて期待したものが、逆に不愉快と苦痛になって裏切られると、その失望体験はそれをむしろ避けて遠ざけるようになります。そこが人間が生きるために何がなんでも必要な衣食住とは根本的に違うところかもしれません。

こういう経験がひとつの時代を広く覆い尽くしたために、人はコンサートなどにも以前のような期待感を抱けなくなったような気もするのです。同時に世の中は日を追うごとに刺激過剰になり、普通のただ良質なコンサートぐらいでは物足りないと感じるようになったのでしょう。
演奏家も音楽や芸術に一途に専心してればいいという時代ではなくなり、なにか大衆の耳目を集めるような特徴を持っていなくては、ただ質の高い演奏を披露するというだけでは、ほとんど訴求力がないのでしょう。

異国で不遇の生活を強いられたというピアニストがひょんなことから人々の注目を浴び、それが大ブームになったあたりから、演奏家に対するタレント性や、背後に背負っている人生ドラマとか同情を誘う要素等が必要とされるといった傾向に、一気に加速がついたような気がします。

本来の演奏や音楽の質はほどほどに、演奏家はまず人々から注目を集める何らかの意味でのタレントであることが要求されるようになりました。有名コンクールに優勝した純真な若者がなかなか良い演奏をするぐらいに思っていたら、たちまち超売れっ子タレントに祭り上げられ、いまや全国どこでもチケットは即日完売という現状には、ちょっとついていけません。年末のリサイタルなど見ていると成長がすっかり鈍り、演奏もやや荒れてきたように感じてしまいました。せっかくの才能が惜しいことです。

いっぽうで、そんな何かの要素を持ち合わせない「普通の」演奏家は、あれこれとアイデアを探し回って目立つことをしてみたり、一風かわった形態のコンサートなどが雨後の竹の子のように出てきているようです。

いろいろ言ってもキリがありませんが、一例をあげると古いお寺の本堂や庭などに場所を変えて、伝統的な日本の寺院と西洋音楽のコラボといった、さも尤もらしいコンセプトを掲げつつ、なんの意味も見出せないようなコンサートが企画されたり、あるいは古い木造建築の中で座布団を敷いて聞くクラシックなど、見ていてあまり説得力のない、どれも芸術的必然や深みのない思いつきだけの企画が多いという気がしてなりません。
文化とか融合とか、つける言葉は便利なものがいくらでもあるでしょうが、そこに流れる本質にはなかなか心から共鳴できるような、なにか圧倒的なもの、真の感銘を呼ぶようなものは感じられないのです。

自作だというスポーツみたいな曲をひっさげてヨーロッパまで遠征する異色の経歴を持つピアニストとか、外国人が作務衣を着て、いかにも日本になじんだフリをしてみせたり、いろいろありますが、なんだか表面的なパフォーマンスにしか思えないのは残念なことです。
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クスリを呑むタイミング

最近、人から聞いた話ですが、効果的にクスリを呑むタイミングというのは、広く普及している認識とは、どうも逆のようです。

まず普通の人の認識でいうと、クスリは体に良くないもの、できれば呑まない方がよいもの、呑むにしても極力我慢して、どうしてもというときに限るという認識があるはずです。
マロニエ君などは根性ナシですから、なにかあればクスリを呑むことにさほどの抵抗はありませんが、中にはクスリ=毒物のように思っていて、それを呑まないことが健康な自然派とでも言いたげな一種の喜びを持っている人がいるものです。
こういう人に言わせるとクスリをすぐ飲む人は、ほとんど「薬物依存」であるかのように決めつけたりします。

病気をしないということはなるほど自慢になりますが、この手の人達はクスリを呑まないことが価値であり、体に対する善行であるかのごとくで、その頑ななまでの意気込みには恐れ入ります。
風邪をひいても頭痛がしても、こういう人達は極力クスリを呑むことを避けようとし、人体の持つ自然治癒力を過信していて、自分の体はそれを最大限発揮できる機能があると信じたいかのごとくですが、マロニエ君などからみればいささか極端すぎるというか、どうかするとただの野人のようにも見えてしまうことがあります。

さて、前段が長くなりましたが、人からの受け売りですが、ある医師の説によると、クスリの最も効果のある賢い飲み方は、なんらかの症状が出て、それがまだ初期の段階に該当するクスリを呑むのだそうです。
つまりクスリはぐずぐずしないで一刻も早く呑みなさい!ということらしいのです。

もし仮にそれが市販薬の場合なら、さらに適量よりも若干多めに呑むとめざましい効果があるのだそうで、その医師に言わせると症状がひどくなるまで我慢するなど、まったくのナンセンスなのだそうです。

仮に軽いものでも、たとえ病気とはいわないようなものでも、少なくとも体に異変や異常があるときは、できるだけ早い段階でその異常を消してしまうのが専門家の観点からすると得策らしいのです。

まあ、よく考えてみれば頷けない話でもなく、仮にこれを火事にたとえるなら、大きな火の手があがるまで消火を手控えて我慢するなんてことはあり得ませんが、それと同じように捉えたらいいのかもしれませんね。
火が出ても、それが小さければ小さいほど消火は容易で被害も最小限で済むということでしょう。

その医師によれば、一刻も早くクスリを効果的に呑むことが、体への負担も最も少なく、トータルでのクスリの摂取量も少なくて済むので、良いことづくめだということです。

この話を聞いて我が身を振り返ってみると、そういえばちょっと思い当たることがあるのです。
たとえば風邪なども、おや?っと気付いたぐらいで、すぐにクスリを呑めばだいたいなんとか回避できることが多いのですが、たまに本格的な風邪をひいたりしたときのことを考えると、たしかにちょっと油断して一定時間を過ごしてしまっている場合などがあるのが自分でもわかります。
風邪などはひいてしまってからは、クスリも効きませんし、それでもあれこれとクスリ摂取量は比較にならないほど多くなってしまいますね。

果たして、なにが本当に体にとって一番得策かをよく考えたら、これは説得力のある話だと思いました。
少なくとも意地を張って、自然派を気取って、クスリを呑まないことが最善とはマロニエ君は思えません。
だいたいこういう人は、エアコンも嫌いで、真夏日でもクーラーは入れないなどと誇らしげにいうものですが、その認識とは裏腹に、体にはかなりストレスがかかっているように思うのですが…。
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異端児

日曜は久しぶりに車のクラブのミーティングに行きました。

最近はご時世故か、車そのものに対する人々の興味、とりわけ若い人達のそれが以前に較べて隔世の感があるほど低下していて、車に乗ること自体が嬉しくて遠くまで延々とツーリングをするというようなことも激減しているようです。
昔のように、爪に灯を灯すようにしてでも目指すスポーツカーを手に入れて、あれこれとチューニングして、その成果を確認すべく夜明け前から山道などに黙々と走りにいくというような人種は、めっきりいなくなりました。

とりわけマロニエ君達の好む、手のかかるマイナーなフランス車などは、カーマニア全盛期の頃でさえ異端児的存在で、置かれた状況は慢性的に恵まれることはなく、ただ単に所有して自動車として普通に乗るだけでも理不尽きわまりない苦労と忍耐の絶えないことは、およそ名うてのスーパーカーにも匹敵する困難がつきまとっていたといっても過言ではありません。

ましてや、最近のようにトヨタやニッサンでさえ国内販売の低迷に頭を抱える中、フランス車などどの角度から見てもビジネスとしてやっていける筈もなく、輸入元も取扱い車種を次々に切り捨て縮小するなど、いつこの小さな火が消えてしまうことかと思うような状況が続いています。

それでもクラブミーティングともなると普段はまず見ることのない同胞が駐車場に集まってきます。

この日は転勤で遠くに行ってしまっていた二人が福岡に戻ってきたというので、その二人が久々に参加していましたが、すでに結婚して二人の子供にも恵まれて立派な家族を成しており、時の経つのは本当に早いもの。それだけ我々が確実に年を取るはずだと思いました。

しかし数年ぶりとは思えないような昔通りの感覚で、何の違和感もなく話も大いに弾み、人というのは一時期深く付き合ってさえおけば、いつでもその当時に戻れるものだと思いました。

郊外のレストランに集合し、昼食を共にしながらしばらく歓談したあと、この日はこれという予定もなく、一人がディーラーに用があるというので、全員同行すべく30分ほどの短いドライブとなりました。

ディーラーに着いても、そこにはかつての活況は失われ、整備工場前のスペースには修理のための車は溢れているものの、販売はほとんどやっていないというか、ただ惰性で店舗のかたちをとっているだけという趣です。

車趣味、わけてもフランス車好きにとってのこれからは、さらに厳しい風雪が待ち受けるものと思われますが、その点では我々の仲間はちょっとやそっとのことでへこたれるヤワではないので、ここ当分はまだまだ乗り続けていくものと思われます。
昔から、たったひとつの部品が本国から届かないために、長いこと車が動かないだの、やっと来たかと思ったら何かの手違いで違うパーツだったり、そもそもディーラーがまともな整備上の知識がなかったりというような、普通の人から見ればおよそ許しがたいような逆境にも延々黙々と耐えてきた変な人種なだけに、その長年の鍛え込みがあるぶん、こういう時代になってもそれが強味になるだけの性根を作り上げているような気がします。

フランス車というのはピアノでいうエラールやプレイエルのような、なんともたおやかで風情のある、色とニュアンスに富んだ、一度覚えると離れられない細胞に食い込むような魅力がファンを捉えて離さない、不思議な車です。車に限らず、ピアノに限らず、フランスという国は一見わかりやすいようでさにあらず、一歩その中に入ると、非常に難解な迷路のように奥の深い世界が広がっており、こればかりは外から観光客のような視線で見ているだけでは絶対にわからないものです。

尤も、その中毒者となることがその人にとって本当に幸せな事かどうかとなると、マロニエ君自身も本当はどっちなのやらいまだによくわかりません。
ただし、ありきたりなただ平凡なものに疑問も感じず満ち足りるという安易な感覚は死滅し、常に自分でものを感じ、考え、通俗を否定し、真相を究明し、自分なりの結論を出すという、一連のフランス人的な感性のおこぼれには与れるような気がします。
異端であることが賞賛される世界、みなさんもおひとついかがでしょう。
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日本初のピアニスト

世の中には先を行き過ぎてしまったような人が稀にいるものです。

日本で最初のピアニストとしては久野久(1886~1925)と小倉末子(1891~1944)が有名ですが、ある新聞記事を読んでいると小倉末子という人はたいへんな人だったように思いました。
年は久野久のほうが5歳ほど上だったようですが、まあこの時代のピアノ演奏家としてはほとんど意味のないほどの違いです。

小倉末子は二十歳で東京音楽学校(現芸大)に入学しますが、翌年1912年には中退してベルリンに留学しますが、わずか2年ほどで第一次世界大戦が勃発し、日本とドイツの国交断絶状態により、さらにアメリカへ渡ります。

はじめニューヨークに滞在しますが、そこでコンサートに出演したところ大絶賛、ニューヨークタイムズにも賞賛されて、なんと以降のコンサート契約を得ており、さらにはシカゴ・ヘラルド紙でも大絶賛され、ついにはメトロポリタン音楽学校から招聘されることになります。
24歳という若さで、ここのピアノ科の教授に就任しているのですから驚くよりほかありません。
小倉末子は世界で認められた初めての日本人ピアニストということになるようです。

これは現代であってもかなりの快挙といえますが、それまで日本には西洋音楽の下地などないに等しい明治時代で、ピアノを学ぶというだけでも今からは想像も出来ないような特別なことであったはずなのに、しかもこれほどの快進撃を続けたとは、ただもう唖然とするばかり。

唖然といえば、1916年(大正5年)に帰国した際には、300年のピアノ音楽の歴史を一人で弾くという途方もない内容の連続演奏会を敢行しており、そのプログラムにはバロック作品から、なんとこの時代にシェーンベルクまで弾いたというのですから、にわかには信じられないような話です。
さらには一夜にピアノ協奏曲を3曲弾くこともあったそうで、100年近くも前にこんなスーパー級の日本人ピアニストがいて、こんなものすごい演奏会をしていたとは…。

久野久と小倉末子は日本最初のピアニストとして、二人セットのようにして名前だけは目にすることがあり、二人して東京音楽学校の教授であったことぐらいしか知りませんでしたけれども、いやはや、こんなにも凄腕の、凄まじく進んだ人だったとは思いもしませんでした。

ピアノほど幼年期の経験がものをいう世界もありませんが、小倉末子は大垣藩士の流れをくむ生まれだったそうですが、5歳のときに災害で両親を亡くし、神戸の兄に引き取られます。兄は貿易商で財を成した人であったことから家にはドイツ製のピアノがあり、その妻がドイツ人で末子にピアノの手ほどきをしたことが、末子のピアノを弾くきっかけだったとか。

そういう偶然の環境があったにしても、まったく時代を取り違えたようなそのめざましい活躍は、やはり天才だったのだろうと思わずにはいられません。彼女にはなんとなくある種の悲壮感を感じてしまうのは、世に出る時代があまりに早すぎて、時代が彼女の価値を正しく受け止めきれなかったことのような気がします。
残念なことに第二次大戦中に、時局故に東京音楽学校を退職させられ、その後53歳という若さで亡くなっていますが、もし生きていれば間違いなく戦後の日本のピアノ界を強い力で牽引したであろうことは間違いないでしょう。

末子は独身であったこともあって彼女のことを語り継ぐものが少ないというのも残念なことですが、近年では出身校である神戸女子学院が彼女の軌跡を追っているらしく、アメリカからはたくさんの資料が見つかっているとのことですから、さらに詳しい事がわかるかもしれません。

どんな演奏をしたのか、もし録音があればぜひとも聴いてみたいものです。
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行かなかったゴッホ展

昨年から行こう行こうと心に決めていたゴッホ展でしたが、ついに行かずじまいとなりました。

自分でもどうしてだろうかと思ってみるものの、まあ理由はいろいろだったと思われます。
第一の理由は、土日の混み合う日に行く気はないけれど、平日はどうしても時間が作りにくかったことがあったと思います。
しかし、何が何でも、少々の無理をしてでも絶対に行きたい!というまでの気にならなかったことも、どうにかして時間を作ろうとしなかった逆の理由かもしれません。

それは、まず最近の展覧会の質の低下というものがあり、期待して行っても実際の会場にある展示物にはどこか寄せ集め的というか、間に合わせ的といった印象があり、そんな展覧会をもう何度も経験してしまっているので、だんだんどういうものか悪い方の察しがつくようになったことがあるかもしれません。

言い方が難しいですが、コンサートのプログラムにもそれなりの構成やバランス、あるいは主題が必要なように、様々な展覧会にも展示作品の質はもちろんのこと、さらにそこに一定の構成やまとまりがなくては、ただばらばらに数合わせだけしたような物を見せられても、必ずしも本来の感銘へ繋がるとは限りません。
最近は開催者や学芸員の世代も変わってきたのか、そのへんの裏事情はわかりませんが、本当の意味での芸術品美術品に慣れ親しみ、そこに精通した人間が各地の展覧会を手がけているとはあまり思えないような、少なくともそう感じられない、後味があまりよくない展覧会が多いのです。

展覧会というものは、ただ有名作家の作品をどこからか調達してきて並べればいいというものではなく、そこになんらかのアーティスティックな配慮と、来場者の心をいざなう統御が効いていないと集中力の高い展覧会にはなりません。

何となく最近の展覧会は役人仕事のような印象を覚えるものが多いのは事実です。
それはなにか。ちょっと安っぽい言い方ですが、主催者の情熱や気が入っていない、たんなるイベント的なものが多いと感じるのはマロニエ君だけではないはずだと思っています。

ゴッホ展に話を戻せば、行かなかったのは、さらに会場のせいもあるかもしれません。
2005年10月に鳴り物入りでオープンした九州国立博物館でしたが、東京や京都のものとは大違いで、国立博物館ともなれば建築自体もその名にふさわしいものでなくてはなりませんが、まるで何かのパビリオンか巨大な温室のようで、そこに足を向ける喜びが得られないのは甚だしく残念なことだと感じています。
中に入ってもここが文化芸術の殿堂という何か特別な気配は微塵もなく、まるで大きな観光案内所みたいで、まるきり文化の香りというものがありません。
おまけに駐車場は遠く、なんの美しさも風情もない、ただ山を切り開いただけのような舗装路を、車からあんなにてくてく歩かされるのもマロニエ君にはおもしろくありません。

私見ですが、美術館や博物館はこれといった用がなくても、なんとなくそこに行きたくなるような穏やかに包み込まれるような魅力、いるだけで気が休まるような高尚で静謐な空気が流れているような、そんな場所もしくは空間でなくてはならないというのが持論です。

まあ、考えてみれば自分の地元で良い展覧会のほうが向こうから来てくれることを望むのもムシのいい話で、本当に感銘を受けるような作品をそれに相応しい場所で見たいのなら、やはり飛行機に飛び乗ってヨーロッパにでも行かなくてはいけないということなのかもしれませんが。
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エル=バシャのバッハ

新しいCDの話題をひとつ。

中東はベイルートの出身という珍しいピアニストのアブレル=ラーマン・エル=バシャは実力派のピアニストとして、もはやかなり世界的にも認知されたピアニストだといえるでしょう。
19歳のときにエリーザベト・コンクールで満場一致の優勝を果たし、以来30年余、着実なピアニストの道を歩み続けて来日回数も増やしています。
骨格のある確かな技巧と、膨大なレパートリーもこの人の特徴のひとつで、すでにベートーヴェンのソナタ全集やショパンのソロ作品全集など、録音の面でも大きな仕事をいくつも達成していますし、一説によれば協奏曲だけでも実に60曲近いレパートリーを持つというのですからタダモノではありません。

近年ではプロコフィエフのピアノ協奏曲全集を出したり、日本で録音したラヴェルの作品全集がリリースされるなど新しいCDも出てきていましたが、以前ショパンのソロ作品全集を購入してみた印象から、マロニエ君としてはその実力は充分認めつつ、わずかに完成度に欠け、積極的な魅力という点でも決定打がありませんでした。
最近の日本公演の様子(TV)をいくつか観たところでも、とても上手いし、安心して聴くことの出来るしっかりしたピアニストというのは大いに認めるものの、やはり画竜点睛を欠くという印象が残りました。

一般論として、やたらレパートリーの多い(広い)ピアニストというのは、各作品のごく深い部分に触れようとか、魂の深淵を覗かせてくれるような、いわば味わいとか真理を極めたような演奏はあまりしないもので、何を弾かせても達者に弾きこなし、そつなくまとめるという場合が多いものです。
最も代表的なのが少し前で言うとアシュケナージでしょうか。

そのエル=バシャですが、最近発売されたのがなんとバッハの平均律第1巻でした。
もし店頭でジャケットを見ただけならおそらく買うことはなかったと思いますが、試聴コーナーにこれが設置してあり、ちょっと聴いてみたところ、あの有名な第一番ハ長調のプレリュードを聴いたとたん、不覚にもいきなり引き込まれてしまったのです。あの単純なアルペジォの連続が、これほど高い密度の音楽として胸に迫ってくるのは初めての体験でした。
いくつかの前奏曲とフーガをきいているうちに、「これは…買わねばならない」というほとんど確信に近いような気持ちが湧き上がりました。

ここ最近、ピアノで弾く平均律第1巻で強く残ったのはポリーニのそれでしたが、ポリーニのふくよかで格調高い演奏に対して、エル=バシャのバッハはより鮮明かつナチュラルなアプローチですが、若い人のような無機質で器用なだけという感じではなく、あくまで生身の人間が紡ぎ出す演奏実感に溢れていることがまず印象的でした。
正統的でありながら、決して四角四面な教科書のようなバッハではなく、ここに聴く演奏は新鮮さがあり各声部が活き活きとよく歌うバッハだといえるでしょう。
これまでのエル=バシャの演奏には、達者だけれどもどこか固さや泥臭さがないわけでもなかったのですが、それらは見事なまでに消え去り、このバッハに至って、彼のこれまでのどの演奏からも聴けなかった「洗練と魅力」がついに達成されており、曲集全体が大小さまざまに呼吸をしているようでした。

ちなみに、録音は日本で行われ、使用ピアノはエル=バシャの希望によりベヒシュタインの新しいコンサートグランドであるD280が使われています。一聴したところでは、すぐにベヒシュタインとはわからないほどのスタインウェイに代表される現代的な美しいピアノの音で、録音も優秀だし、演奏が素晴らしいこともあって、そういう事は関係なく美しいピアノの音楽として聞こえるのですが、耳を凝らして注意深く聴くと、かすかにベヒシュタインの楽器の人格が確認できます。

ベヒシュタインのDNAとでもいうべきポンと鳴るアタック音の鋭さと、それに対して相対的に短い音の伸びが、却って鋭い音にからみつく余韻のように感じられ、タッチの粒立ちがよく、同時にやや素朴な印象を与える点がバッハに向いていることがわかります。
バッハにこういうピアノを選んだということにもエル=バシャの深い見識を感じさせるようだし、D280をこんなにも清冽な調整をした日本の技術者はやはり質が高いもんだと感心させられました。
マロニエ君は長いことD280については疑問ばかりがつきまとっていましたが、このCDを聴いて、ようやく現在のベヒシュタインがどういうピアノを作りたかったのかが少しわかったような気がしました。

自信を持ってオススメできるCDです。
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さげもん

「さげもん」はほんとうにかわいらしくて美しいものです。

柳川のひな祭りのときに飾る、吊し飾りとして有名な「さげもん」はいつかその時期に柳川に行って見てみたいものだと思っていますが、なかなかチャンスに恵まれずにいたところ、ニュースでこの「さげもん」の展示会をアクロスでやっているということを知り、天神に出たついでに東へ足を伸ばして見てきました。

2階の展示場で開催されていましたが、いろいろな作品があちこちに展示され、物によっては販売もされています。

マロニエ君はこれまで「さげもん」をそうしげしげと見たことはありませんでしたが、でもしかし、なんとなく昔から抱いていた雰囲気とは、これは若干違うような…という感覚を覚えました。
もちろん、きれいで色とりどりで、かわいらしいことは間違いありません。

しかし、かすかな記憶にある「さげもん」は、もっと文化や人の香りが濃厚な、ぼってりとした世界がありましたが、それが希薄だったのです。
モノ自体もたいへん良くできてはいるものの、いかにもプロの作品然としていて、仕事の質も達者でいやに安定はしていているけれども、なぜかそこから迫ってくる魅力がないわけです。
手際が鮮やかといえばそうなんですが、悪く言うと機械が作ったようで、個々の味わいや、それぞれと全体が調和しながら醸し出すこの「さげもん」独特の、明るさのなかにフッと暗いものが入り込んでいるような情緒感がないのは、なによりもがっかりしました。

柳川地方では、女の子が生まれると、父方のほうから檀飾りのひな人形が贈られ、母方は祖母から親戚、近所の人などにいたる女性達が寄り合って、この「さげもん」という吊し雛を時間をかけて手作業で作るというもので、その過程に生まれるお付き合いやおしゃべりなどはこの地域の女性の社交の場でもあり、柳川ならではのなんともいえぬ風物のようです。

したがって「さげもん」を作るのはプロではなく、地元の女性がその環境から自然に受け継いだ技術でもあり、まさにこれは地域に根付いた文化なのですが、これが実に、福岡県の一地方のものとはとても信じられないほど、美的で雅たセンスに溢れ、まるで京都かなにかの伝統工芸であるかのような華やかさと輝きをもっています。
その圧倒的な存在感は、ときに檀飾りのひな人形さえも霞ませるほどで、見る人の目をいやおうなく釘付けにするものです。

さげられた飾りは基本的に「柳川まり」と呼ばれる球状のまりに、様々な色の糸で美しい装飾が丁寧に施されたもので、各人各様の色やデザインを持ち、二つとして同じものがない手の込んだ作品が赤い糸で立体的に吊され、そこに宿る気品と美しさは日本文化の誇りのひとつだとマロニエ君は思っています。

ところが今回の展示会では、たしかに「さげもん」の形体はなしていますが、その作品の背後にそのような柳川の女性達の伝統的な風習に和して出来上がったものという息づかいが感じられず、いかにも手慣れたプロが明るい作業場で仕上げた商品というような冷たさを感じさせるものでした。
その美しさもどちらかといえば表面的なものに終わり、いわゆるその土地で必然的に生まれてきたもの特有の風合いがなく、しかも伝統的な柳川まりではない、各種人形のような様々な形状のものまであって、ちょっと本来の美の世界を逸脱しているように感じられたのは残念でした。

販売もされていましたが、ちょっとしたひとまとまりの吊し物でも30万を超えるものが多く、訪れていた老夫婦は、「商売気がミエミエでいやらしい」と普通の声で自由にしゃべっているのがおかしかったですが、たしかにマロニエ君も似たような印象を持ちました。

いまどきは娘さんの振り袖なども、ギョッとするようなおよそ上品とは言いがたい伝統とは無縁の新柄模様が主流となって、上村松園の美人画に見られるような日本の和服の古典的な繊細華麗な色模様などは衰退の一途を辿っているのは、一体どういう事だろうか嘆息するばかりです。

「さげもん」のような伝統が、またしても商業主義に侵食されていくのかと思うと…言葉がありません。
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演出過多?

グラミー賞受賞の内田光子さんから、「世界で認められる日本人ピアニスト」繋がりで思い出しましたが、つい先日のテレビで、昨秋スイスの有名コンクールで見事優勝した日本人の女性が留学先から里帰りするのを追いかけたドキュメント番組を見ましたが、番組プロデューサーのセンスなのか本人の意向なのか、そのあたりのことはわかりませんが、マロニエ君的にはあまりいただけない内容でがっかりでした。

まず第一に、ピアノの演奏場面がほとんどなく、これだけの栄冠を勝ち取っても家に帰れば普通の女の子という日常のほうに焦点を当てたかったのかもしれませんが、いずれにしても有名国際コンクール優勝こそが注目すべき事実なのですから、やはりそのことや演奏を中心におくべきではないかと思いました。

ほんの数秒ていど流れたコンクール本選でのラヴェルのコンチェルト(両手の)は、覇気があって鮮やかで、なかなか見事なものだと思いましたから、できればせめてもうちょっと聴いてみたかったのですが、そういう場面は信じられないぐらいわずかで、あとは地元でのどうでもいいような場面が延々と映し出させるのはなんなのだろうかと思います。

出身校に凱旋訪問して後輩達から大歓迎を受けるシーンや、長年お世話になった恩師を訪ねるというあたりは、この手の番組のお約束ともいうべきものでしょうが、そのわずかな演奏から受けた好印象とは裏腹に、ガクッときたのは本人のコメントで「自分の演奏を聴いてくれた人の中に、わずかでも辛いことや悲しいことを少しでも忘れてくれる瞬間があれば、それはすごいことだと思う…」などと、今どきいいかげん聞き飽きたようなセリフで、この人なりの独自の考えや言葉が出てこなかったのはとても残念でした。

さらに見ていて説得力がなかったのは、コンクール出場中に祖母が亡くなったことをコンクール終了まで家族が敢えて伝えなかったというのですが、祖母の死に想いを馳せ、それで帰省中はまったくにピアノが弾けなくなるというくだりはいったいどういうことかと思うばかり。
ピアノの前に座っても鍵盤にまったく触れようとしないシーンなどが、いかにも芸術家がなにかにぶつかって苦悶しているという感じに映し出されますが、いくらなんでも演出過多では…。
祖母の死を重く受け止めることは大切ですが、伝統ある大コンクールに優勝して初めての凱旋帰国なのですから、もう少し素直に喜んで、地元で待ち受ける人々に少しはその演奏を披露するのがこれからステージに立つ者のせめてもの務めだろうにと思いますが。

帰国の前日になってようやくピアノに向かったその姿を、家族がそっとビデオで撮影していたということで、番組終盤にその映像が流されましたが、そこでついに弾き始めたピアノから出てきた音は、なんと祖母がよく口ずさんでいた歌だった!というもので、このあまりに仕組まれたようなお安いオチの付け方には、見ているこっちは、なんともやるせないお寒い気分になるしかありました。

小さい頃からピアノの猛練習に明け暮れ、単身ヨーロッパに留学し、来る日も来る日もなめし革のように鍛えられ、ついには大コンクールを制覇するまでに至った人なんて、良くも悪くもとてもそんな弱々しいおセンチな感性の持ち主であろう筈がないと思うのですが…。
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グラミー賞

今年のグラミー賞の受賞者には日本人が4人含まれていたそうで、一昨日のテレビはこれを大いに報じているようでした。
そのうちの一人が意外なことにピアニストの内田光子さんで、対象となったディスクはクリーヴランド管弦楽団を振り弾きしてやったモーツァルトの23番と24番の協奏曲だそうで、へええ、と思いました。

グラミー賞というのは言葉だけは良く耳にするものの、それがどういうものかは恥ずかしながらマロニエ君はよく知りませんでしたので、ネットで調べてみると、要するにアメリカの音楽ビジネスに貢献したアーティストを讃える目的に作られたもので、分かりやすく言うなら、日本でいうレコード大賞みたいなもののように解釈しましたが、もしかしたら間違っているかもしれません。

まあ内田光子さんが受賞したことはおめでたいことですが、マロニエ君はこのディスクは持っていますけれども、そんなに売れるほどのものとも、内容が際立って優れているとも正直思えないものでしたのでちょっと意外でした。

内田光子の同曲でいうと、20年以上前にジェフリー・テイト指揮のイギリス室内管弦楽団とやったシリーズのほうが、マロニエ君としてはアンサンブルの軽妙かつ緻密である点は断然上だし、覇気も高揚感も抜群で、はるかにこっちが優れていると思っています。
モーツァルトといえばウチダといわれた人だけに、あの名演があるにもかかわらず彼女が敢えて再録するにはそれなりの芸術的理由があるのだろうと思って大いに期待して買いましたが、いささか肩すかしを食らった印象でしたので、それに続く同じメンバーによる20/27番はまだ購入もしていません。

受賞の理由があまりよくわからなかったものの、ひとつにはクリーヴランド管弦楽団というアメリカのオーケストラと演奏したことが有利に働いたのでしょうか?

蛇足ながら、内田光子がモーツァルトで再録すべきは、協奏曲ではなく、ソナタ全集のほうだと断じて思いますし、同様のことを誰だったか有名な評論家も言っていましたから、やっぱり!と激しく思った記憶があります。
ソナタ全集は、どう聴いても、彼女の本領が発揮できている演奏とは言い難く、その後、サントリーホールで行われたリサイタルのライブCDは、この全集とは比較にならない素晴らしさがあります。

ところが本人はこのソナタ全集で充分であるという認識らしく、これは到底納得できるものではありませんが、えてして芸術家の自己評価には、ときにびっくりするようなことを言っていることがあるもんです。
アルゲリッチもかつて、あの名演の誉れ高い、アバド/ロンドン交響楽団との共演によるショパンとリストの協奏曲の録音について、「あれは嫌い!」と言下に退けてこの演奏に心酔してきたファンを驚かせた事がありました。

内田光子でいうと、ザンデルリンクの指揮によるベートーヴェンの協奏曲全集も、肝心の3番4番の出来が悪いのはいまだに納得できないというか残念というか、こういうものこそ、やり直しをしてほしいと思うのですが、なかなかこちらの思った通りにはいかないようです。
4番についてはメータとやったライブのDVDはこれまたCDとは別物のような素晴らしい演奏でしたから、そういう演奏ができる人でさえ、必ずしも最高の録音を残し切れていない状況は、我々からするとやきもきさせられます。

まあ、なんであれ、日本人ピアニストが世界で認められるのは結構なことです。
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せっけん

いつごろからだったかはよく思い出せませんが、世の中が健康ブームになるにつれていろんなものに「無添加」という文字が溢れるようになりました。

石鹸もそのひとつで、むかしは香りの強い化粧石鹸が高級品の代名詞で、化粧品会社が発売する香水をまぶしたような香りの強い高級石鹸はむやみに立派な化粧箱の中に恭しく鎮座し、いやが上にもありがたいもののように珍重されました。それにならって普及品もそういう方向を目指すようになり、有名な化粧石鹸の詰め合わせは御中元や御歳暮の代表格にもなって、日本列島を隅々までさかんに届けられ、皆それを愛用していた時代がありました。

しかし、無添加ブームは当然のように肌に直接用いる石鹸にもいち早く登場し、地味ながらも、良質のからだに優しい製品としてじわじわとその勢力を伸ばします。とくに福岡県には無添加石鹸の大手の会社があるので、今でこそ珍しくないものの、ひと頃は他の地域ではデパートや特定のショップなどでしか買えなかったようですが、福岡ではスーパーなどでもこの会社の製品がさりげなく買えるという恵まれた状況でもありました。

さて、マロニエ君の友人にはいろんなものに呆れるほど詳しいのが何人もいて、ジャンルも広範で、彼らがもたらしてくれる情報はいつもながら非常に中立的かつ専門性にあふれ、彼らと会うことは勢い情報収集にもなるわけです。そういうことに疎いマロニエ君にしてみれば、本業でも専門家でもないくせに、いつの間にそんな深い情報の数々を仕入れているのか、不可解きわまりない事ばかりです。

あるとき、その無添加石鹸の話に及びましたが、そのうちの一人が言ったことが衝撃的でした。
当時マロニエ君は、ただ単に洗顔用か何かを購入して入浴などに使っていたのですが、ほかに浴用、キッチン用、赤ちゃん用、洗濯用など何種類もの用途に合わせた製品があり、当然パッケージも違えば、形や大きさも微妙に異なっていました。
ところが、その友人が言うには、なんと中は全部同じものだと自信を持って言うのです。…まさか!!

曰く、ただ単に一種類の石鹸だけを販売して、「これを生活の中のありとあらゆる用途に使ってください」といっても、消費者の心理はなかなかそうはいかないものらしいのです。だから便宜的に使用目的別のパッケージや形を変えて、さもそれぞれの目的に適った製品であるかのようにして販売されているにすぎないと言い切ります。
成分を見ると、たしかにどれも純石けん分98〜99%の無添加石鹸となっており、彼が言うには、メーカーのいう防腐剤、色素、香料などの化学物質を一切含まない無添加の石鹸となると必然的にひとつのものになるわけで、結局、基本型であればどれを買っても同じというのです。

しかし、襟やそでの汚れも落とすなどと書かれた洗濯用と、赤ちゃんや女性の洗顔にも使う石鹸が実は同じものというのは、ちょっと聞いただけではなかなか受け容れることができませんでした。
そこで、疑うわけではないものの、一度自分で確認してみたくなり、石鹸会社のお客様相談窓口のようなところに電話してこの事実を確かめてみました。
するとなんと、友人が言うのはその通りで、電話に出た女性はそのことを認めました。ただし、言葉には覇気がなく、なにやらしぶしぶ肯定したといった感じではありましたが。
ともかく、これではっきりしました。

いらいマロニエ君は、浴用には同社の洗濯用という大型の石鹸を使っていますが、なるほど普通サイズの浴用や洗顔用と使い心地もまったく同じで、だったらこれがよほどお得だということもわかり、ずっとそうしています。
それからというもの、無添加石鹸の製品ラインナップのからくりに興味が出て、他社の製品も観察してみるようになりましたが、別会社でもやはり洗濯用/キッチン用/ふきん洗いなどともっともらしく書かれてはいても、成分は99%もしくは98%の「純せっけん分」となっていて、これといった違いがないことがわかりました。

その一方で、あまり使わなくなった化粧石鹸がいまだに物置などにゴロゴロあって、使わないのももったいないので、洗面所の手洗い用に使ってみることにしました。ところが、無添加石鹸を使い慣れていると、これはかなり肌に厳しい石鹸で、数日使っただけでも手の肌がみるみる荒れてくるのがわかり、また無添加に戻しました。
そのかわり、変な使い方ですが、化粧石鹸をスポンジにつけてフライパンなどの油汚れを洗ってみると、グングン油が落ちていくことがわかりました。
やはり脱脂力はかなり強力なようですが、むかしは平気でこの手の石鹸で全身を洗っていたんですから今から考えると驚きですね。
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ディアパソンの力

過日は、機会があってピアノの知り合いのお宅にお邪魔しました。

この方は今では珍しいディアパソンのグランドをお持ちで、そのピアノを見せていただきました。
マンションの中に防音室を組み込まれ、その中に要領よくピアノが鎮座しています。

聞けば、30年ほど前のピアノということですが、とてもそうは見えない、どちらかというと新品に近いような感じるのする美しいピアノでした。
この時代のディアパソンには、まだいくらか設計者である大橋幡岩さんの思想がピアノに残っていて、低音弦の下のフレームには「Ohhashi Design」の文字が誇らしげに記されています。

ちょっと触らせてもらいましたが、やはりヤマハ/カワイとは根本的に違う、ひじょうに立ち上がりの鋭い音が特徴で、いかにもディアパソンらしい明解な鳴り方をするのが印象的でした。
大橋氏は戦前からベヒシュタインを自らの理想としていた日本のピアノ界の巨星ですが、その理念に基づいて設計されたこの大橋モデルには、譜面台の形や足のデザインにもベヒシュタインの流れが汲み取れますし、現在ではグランドピアノではほぼ常識ともなったデュープレックス・スケール・システムをもたず、余計な倍音を鳴らさずに、よりピアノ本来が持つ純粋音を尊重するという考え方だと言えるでしょう。

これはいわば、過剰な調理をせず、素材の旨味を極力活かしたシンプルな料理に似ているのではないではないでしょうか。

とくに現代の平均的な新しいピアノに較べると、ピアノ本体が生まれ持った鳴る力が非常に強く、パワーのあるピアノだと思いました。パワーというのは誤解されがちですが、ただ単に大きな音が出るという事にとどまらず、楽器全体がとても良く響いて楽々と音が出ているという意味です。
ひとの声でも、聞き取りにくい発声の人、細くてくぐもった声の人、無理に大きな声を出す人など、実にいろいろですが、中には生来の通りのいい太い声を持った人というのがいます。
たとえば俳優でいえば武田鉄也氏などは、そういう部類の力まずして通りのいい太い声を出す人だと思います。

そうタイプの太い実直な音がするピアノというのは、なかなかお目にかかれなくなったように思います。
とりわけ印象的だったのは、183cmというサイズにもかかわらず低音域にもかなりの迫力があり、マロニエ君はこれよりもサイズは大きくても、あまり鳴らないピアノをたくさん知っていますから、やはりディアパソンは注目に値するピアノだと再認識しました。
とくにこのピアノの張りのある音色や発音特性はドイツ音楽との相性が抜群で、そのためだけにも所有する価値があるかもしれません。

そのあとは神谷郁代女史の弾くバッハをCDで聴かせていただき、そのディスクの一部にイタリア協奏曲をヤマハのCFIIISとニューヨーク・スタインウェイのDとベーゼンドルファーのModel275の3台で弾き比べをしたものがありましたが、ヤマハはとてもよく調整されているものの根本にあるものは我々の耳に親しんだ響きで、とりあえず普通に聴ける音色。ベーゼンドルファーはこの会場のピアノはとくに上品な音色を持ったピアノで、ベーゼンドルファーはどうかすると逆に蓮っ葉な音になってしまう場合がありますが、そういうところのない、気品溢れる繊細で華やかな響きでした。これに対して、一番特徴的だったのはスタインウェイで、このピアノだけはまったく同じ会場/同じ条件で収録されているにもかかわらず、音が遙か上から立体的に降ってくるのが明らかで、やはりホールのような環境で鳴らしてみると、このピアノだけが持つ独特の音響特性がいかに際立ったものであるかが一目瞭然でした。

ピアノの好きな者同士で話をしていると尽きることがなく、時間の経つのも忘れてしまい、ずいぶん遅くにおいとますることになりました。
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続・エコの盲点

エコの問題点では、なるほどと思うのはまだあります。
家電でも、消費電力のより少ない省エネタイプへの買い換えが推奨されており、ものによってはエコポイントまでつけて国絡みでそれを押し進めていますが、これも件の先生によればまったくの無駄だそうです。

その理由は省エネタイプへの買い換えによる消費電力の差が果たしてどれぐらいか、それを電気代に置き換え、発電量に換算したらどれだけの客観的利益があるかというと、まるでないのだそうで、むしろマイナスになる場合も少なくないとか。
その根拠は、電気製品を買い換えると、古いものはお金を使って処分しなくてはならず、それは最終的にエネルギーを使って処分される運命にあるわけです。巷の「省エネ」の概念にはこの処分のために使われるエネルギー消費が含まれていないのだそうです。
そして新しい製品を買うのもタダではないし、総合的に考えたらそこに要するお金とエネルギーを上回るだけの、本当の省エネ製品なんてまずないというわけで、よろこぶのは要するにメーカーや販売店だけなのです。

これは車でもなるほどと思うことがありました。
あるAメーカーのAAという車は、同クラスであるBメーカーのBBという車に、全国のユーザーの平均燃費(自己申告)にどうしても1割強ほど及ばず、BBが燃費の点では一枚上手であることが明らかでした。
それをAAのユーザーは自分の車への大きな不満点としてネット上で訴え、BBのユーザーはうらやましい、自分も車検まで乗ったら次はBBへの買い換えると示唆したのです。
するとすかさず反論が来ました。AAはBBに較べると新車時の価格が若干安く、さらに平均的な値引き幅もBBよりやや大きいので、全体としては実質的に約20万円ほどの差があるので、車検までの3年間でわずか1割りの燃費差を考えたところで、とうていその20万の差を燃費の差で凌駕することは出来ないはず、と。
金銭面だけでいうと、トータルの出費ではむしろAAのほうが若干有利であることもわかりました。

これで見事にその人は黙ってしまいました。

車も電気製品と同じで、大流行のハイブリッドカーにも疑問の余地が大いに残されているようです。
エコカーの時代到来の大号令のもと、プリウスなどは空前の売れ行きを示し、その数はながらくトヨタの販売の首位を守ってきたカローラさえ凌いだといいますから、これはもう大変な数字です。
しかし、そのぶん買い換えた車の中には、相当の台数が廃棄処分もされたはずですが、その処分に要する石油エネルギーもこれまた大変な量に達するものと思われます。

地球環境というからには、地球規模でものごとを比較・判断する必要があるのは当然ですが、買い換えの時期でもないのに続々とハイブリッドカーや低燃費車に乗り換えたことによる多少の消費燃料の低減と、乗り捨てた車の処分に要するエネルギーがトータルでどちらが地球にとって有効かを考えてみれば、やみくもな買い換えばかりを是とするわけにはいかないようです。

我々はやはりよくよく考えなければ、経済至上主義原理の中で、そうとは気付かずに踊らされているだけという、あまり愉快とはいいかねる実体があるようです。

エコというのはあくまでも総合的大局的に考えなくてはいけないもののようですね。
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エコの盲点

エコとは一体、何を意味するのだろうかと思うときがあります。

テレビに良く登場するエコ評論家のおじさん先生は、巷に流布されたエコは、ほとんどが人為的に創り出されたものであって、エコという名のビジネス絡みか行政の利権漁りに過ぎないと言い切ります。
(エコというのは、これから先、まさに地球規模でのビジネスになる巨大テーマだそうで、世界中の企業や市場はもしエコがなくなると一大事になるとか。地球にやさしいというよりも、経済にとっての格好の大儀というほうが実情に適っているようで、いわばエコ特需とでもいうべきものでしょう。)

はじめはそれを笑って聞き流し、さして本気にもしなかった辛口の論客たちも、そのエコ評論家が度々登場するにつれ、だんだんその主張に一定の評価を与えるようになりました。

これは、はじめ評価されたものがしだいに矛盾しはじめ、マイナスへと覆ってくるのとは対照的ですし、それだけの疑念と時間にも耐えぬく主張というのは、要するに本物だからなんだろうという気がしてしまいます。

それがまったく別の場所や文献で証明されたので、なるほどと思ったとか、目からウロコだったなどとあちこちで言い始めています。
中にはこのエコ評論家が主張したこととほぼ同じことが、遙か後に国連でも公式に発表されたりしたのだそうで、はじめは一般論とあまりにかけ離れているかに思われたり、奇想天外のような印象さえあるので、眉唾のようにいなされていた主張が時間とともに次第に裏付けを持ち、広く認められてきたようです。

マロニエ君も聞いていて非常に説得力のある話だと思う部分が少なくありません。

例えば分別ゴミですが、大半の分別は、この先生に言わせるとまったくの無意味だというのです。
ゴミの分別は各自治体によってその方法も種類も異なるわけですが、多いところでは実に20種類!もの分別を市民に強いているのだそうです。
建前はむろん環境保全、処理方法の違いや、再利用できるものは再利用するなどといったいかにも尤もらしいお題目がついているのです。

ところが、では、その20種類もの分別されたゴミがどうされていくのか追跡調査してみると、なんと大半は再び一箇所に集められ、ひとまとめに焼却されているのだそうです。

これは行政の自己満足なんだそうですが、なんという愚かで、市民をバカにした話でしょう!

せっかく分別したゴミを一緒にして焼却処分するのでは、ダイオキシンなどの有毒物質が出る心配があるのでは?という疑問も抱きますが、そもそもダイオキシンなどよほど特種の場合でないと人体に影響があるほどでるものでないとか、さらには近ごろのゴミ処分施設の焼却設備は性能が良く、大変な高温で処理されるので、有毒物質が出る確率がきわめて低いのだそうで、それを心配するなら、それよりもまだ心配すべき危険性の高い事柄が世の中には山のようにあるのだそうです。
…なるほどと言う他はありません。

行政のやることは裏から見れば大抵こういった開いた口が塞がらないような愚行が決して珍しくないのだとか。
こんなことってあっていいものかと思わずにはいられません。
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楽器の王様

NHKのクラシック倶楽部では、面白い企画がときどきあります。
最近の放送で印象的だったのは、ピアニストでチェンバリストでもある大井浩明氏による「時代楽器で弾くベートーヴェン」でした。これはタイトルが示す通りにベートーヴェンをさまざまなフォルテピアノを使って聴くというもので、彼はピアノという楽器のまさに開発途上に生きた作曲家であったことから、時期によって様々に楽器がかわり、そのつど新しい楽器や音域に触発されて次々に傑作を生み出したことは良く知られています。

クラシック倶楽部は週末を除いて毎日放送されている55分の番組ですが、多くはコンサートのライブ収録ですが、ときどきスタジオコンサートなどの企画物が紛れ込んでいます。
今回の番組はとりわけ贅沢なもので、一時間足らずの番組のために、スタジオには実に年代やスタイルの異なる6台ものフォルテピアノが結集、それらを時代や楽器の特徴に沿って相応しい曲が演奏されるというものでした。

中にはほとんど音らしい音もしないような古いクラヴィコードで小さなソナタを弾くなど、ちょっと笑ってしまうようなものもありましたが、一番の聞き物は、冒頭に演奏されたリスト編曲による英雄交響曲の第1楽章と、最後に演奏された晩年の弦楽四重奏曲op.133からの大フーガのピアノソロ版でした。
大井氏によると、できるだけ広範囲の作品を紹介すべく、敢えてハンマークラヴィーアのフーガではなく、最晩年の作である大フーガを選んだということでしたが、いやはや見ているだけで頭の痛くなるような弾きにくそうな長大なフーガを淡々と弾いてのけたのには、世の中にはすごい人がいるもんだと思わせられました。
大井氏の腕前はそれはもう大変見事なものでしたし、更に驚くのは彼のピアノは独学で、はじめは理系の大学に行ったという異色の経歴の持ち主なのですから恐れ入るばかりです。

大フーガはオーケストラの弦楽合奏でもごく稀に演奏されることがありますが、フーガのような多声部の作品は、編成や楽器を変えてもちゃんと音楽になるところがすごいもんだと思います。

いっぽう冒頭の英雄は、いかにもベートーヴェンここにありという熱気プンプンで、フォルテピアノであるためか、普通のピアノよりも却って違和感なく自然に聴けたのは意外でした。オーケストラで聴くよりも構造が明解となり、ベートーヴェンのあのとことんまで各テーマをしつこく追いかけ回す執念深さがよくわかります。
しかもそれが抜きんでた芸術作品になっているのですから、いまさらながら驚くほかありません。

フォルテピアノは比較的後期のものでも、全体のサイズはとても小さく、さらにまた大井氏の恰幅が立派なので、いよいよ小振りで華奢な楽器に見えました。
音もとても小さめで、あれではなかなかコンサートホールで演奏するのはむずかしいだろうと思いますが、逆にあのような小楽器こそ、現代の響きすぎる音響の小ホールなら、わりと相性がいいのかもしれないとも感じます。

音色の美しさなどの評価はともかく、やはりフォルテピアノの音というのはいかにも過渡期的な音で、早々に完成されてしまった弦楽器に較べて、鍵盤楽器は発展が遅れたというか、どうしても産業革命の到来を待つよりほかになかったという印象をあらためて強く感じました。

あるピアニストが「現代のピアノはモーツァルトやショパンの時代のピアノに較べれば、さしずめ超高級車かF1マシンのようなものだ」と言いましたが、こうして何台ものフォルテピアノをきいてみれば、それが実感としてひしひしと伝わってくるものです。
ほんとうにそれぐらいの差があるのも頷けるようで、ラフマニノフなどは今と同じ性能のピアノで作曲しましたが、バッハやモーツァルトから現代曲までを一台ですんなりとまかなえる現代のピアノは、まさに巷間言われる「楽器の王様」であることは間違いないようです。
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大型クルーズ船

皆さんは博多港に停泊する大型クルーズ船というものを見られたことはおありですか?

マロニエ君はまだないのですが、友人によるとこれがときどき港に来ていて、着岸時以外は沖止めされているらしいのですが、都市高を走っていると、ときどきその巨体を目にすることがあるのだそうです。
しかも、その大きさたるや、これまでの博多港ではついぞ見たこともなかったような巨大なもので、遠目にはまるで島のようにも見えるとか。

これは今話題の、中国人の観光客を乗せてやってくる大型客船らしく、この船が到着すると、貸切バスの軍団が埠頭で彼らを待ちかまえ、直ちに観光地などに連れ赴くようですが、彼らの本音はあくまでもショッピングにあって、観光はどうやら二の次のようです。
たしかに天神のデパートなどでも、最近は中国語表記を目にすることがありますね。
つい先日もテレビニュースで、秋葉原で「爆買い」をする中国人の買い物の様子が流れていましたが、どうやら彼らは我々のようにだらだらといろんな商品を見ながら買い物を楽しむのではなく、予めなんらかの情報を得ているらしく、買う物は事前に決まっているのだそうです。
そのために、ショッピングに当てられたバスの待ち時間も思いのほか短く、目的地に着くなり、各々目的の商品をめがけて一気に散っていくようです。

ニュースで見たのは、主に電気店での買い物の様子でしたが、わずか5分ほどの間に、40万円以上の買い物をする猛者、あるいは人気の炊飯器などを一度に十何個など、その圧倒的な買いっぷりは、まさに「爆買い」の名にふさわしいものでした。

店のほうでも売れ筋は把握しているようで、彼らの来店に合わせて在庫もふんだんに準備されているようです。

買い物が済むと、商品はいくつもの代車に載せられて待機するバスへと運ばれますが、あまり大量のために、床下の荷室には収まりきれず、ついには客室にまで商品をぎゅうぎゅうに押し込んだ状態でバスは動き出します。

さて、友人によると、しばらく途絶えていた上海ー長崎便が今年の夏に復活するのだそうで、使われるのはこの手の大型クルーズ船なのだそうです。
いつぞやも書いたかもしれませんが、日本と中国の距離は想像以上に近く、福岡を基点にいうと上海は東京よりもわずかに近く、北京は札幌とほとんど同じです。
ちなみに博多港からジェットフォイルで3時間弱で行ける釜山は、鹿児島と変わらない距離ですから、隣国は実は想像以上に近いのです。

クルーズ船による上海ー長崎の所要時間は24時間、料金は安いものなら片道7千円!という望外な安さだそうです。
ただし、いかに大型クルーズ船といえども7千円じゃあ個室など与えられないだろうとマロニエ君は思うので、乗り物が好きな人なら楽しいのかもしれませんが、はやく目的地に着きたいせっかち人間にはかなり厳しい旅になるような気もします。
ちなみに友人は就航したらぜひ乗ってみるのだそうで、7千円でももしかしたら個室なのでは…という希望的観測をしているようですが、さてどうでしょうか。

マロニエ君としては、まずは博多港に停泊するその「島のような」勇姿を見に行ってみようと思っています。
残念ながら2月の寄港はないようですが、3月は一転してずいぶんたくさん来るようです。
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デジタルカメラ

このところカメラといえばデジタルカメラがすっかり従来のフィルムカメラを駆逐し、圧倒的主役の座に躍り出ていることはご承知の通りです。

フィルム式のカメラはいまや一部のマニアやプロの間で僅かに使われているのみで、普通の写真撮影にフィルムカメラを使っている人はまずいないでしょう。
これはLPとCDの関係にも非常によく似ていて、本当の表現力がフィルムカメラやLPレコードにあるのはわかっていても、その利便性や普及度から、敢えてこちらを使い続ける人はほとんどいないようです。

デジタルカメラのメリットについて、いまさらマロニエ君がくだくだしい事を書く必要はないのでそれはむろんしませんし、だいいちできませんが、デメリットもいろいろあるわけです。
出来上がった写真は一見デジタルカメラ特有の美しさがあるものですが、よく見れば味わいがなく、非常に無機質な写真になってしまうなどの、人の情感に迫る要素が減ってしまったというのが一番の問題のようでもあります。
そして写真を昔のように大切にせず、使い捨ての記録資料といった扱いをするようになったということが自分を含めてあるような気がします。

フィルムカメラの時代なら最大でも36枚撮りのフィルムを購入装着して、撮り終えれば、それを現像に出すなど、一連の面倒で時間のかかる手続きがあり、今から考えるととても手間暇をかけていたことは間違いありません。
しかし、出来上がった写真は、大げさにいうならささやかな作品でもあり、アルバムに整理するなどして何度も見る楽しみがありました。
シャッターを押すにも失敗をしないよう、集中と極力良い写真を撮ろうという熱意がありました。
海外に行く際などは、36枚撮りフィルムを何十本も準備して、それこそ何度街角や景勝地で歩を止めてせっせとフィルム交換したかわかりません。

ところがデジタルカメラになってからというもの、そういう煩雑さから一気に解放され、一枚のSDカードでも容量や設定によっては1000枚単位の写真が撮れるし、失敗すれば消去すればいいしで、だんだんと写真に対する価値の置き方が雑なものへと自分でも変化しているのは紛れもない事実です。
しかもはじめの頃は、それでもせっせとプリントすることに精を出して、ネットで注文などしていたものですが、だんだんにそれすらも億劫になりました。
そのきっかけとなったのは、デジタルカメラだからこそ撮ったどうでもいいような写真が山のようにあり、その中からプリントすべき写真をセレクトするという作業が面倒になってきたことでした。

そのうち、これらの写真は「いつでも見ることだできる」という前提のもと、パソコンのハードディスクやDVDに保存するようになり、いちおう安心した気になります。

ところが、パソコンやDVDに保存された写真をわざわざ開いて見るということが、なにか特別な必要がある場合を除いてあるかといえば、これはまったくありません。
プリントした写真なら、アルバムにしておけば、機会があれば友人知人に見せたり、なにかの折にまた自分も見たりというふうに繰り返し見て楽しむことがありましたが、紙に焼かない写真というものは、まず情緒的にも見る気にならない人が大多数だろうと思います。

こうしてマロニエ君の場合、デジタルカメラへの移行により、結局は写真というものの情緒や楽しみがひとつきれいになくなってしまったという、なんともつまらない結果だけが残ったように思います。
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アナログカメラ

昨日は古い友人達と会って久々にお茶をしました。

とくに、そのうちの一人はカメラにも詳しく、昔からマロニエ君はカメラを買うときとか、撮影の方法など、わからないことやアドバイスが欲しい場合は決まってこの友人からいろいろな助言を得ていましたが、久々にカメラの話になりました。

とはいっても、マロニエ君はべつにカメラに特段の執着があるわけではなく、できる範囲で、可能な限りきれいな写真を撮れるものなら撮りたいという思うぐらいですが、彼の豊富な情報や経験はどれだけ役に立ったかわかりません。

デジタルカメラが登場する以前は当然ながらフィルムの時代でしたから、個々のカメラの性能差やメーカーのごとの考え方や特徴はもちろんのこと、フィルムにまで徹底的にその特性やコストパフォーマンスを求める彼の姿勢は大いに参考になったものです。

それぞれのフィルムにも描写力や発色などの大きな違いがあるし、撮影者の技量やセンス、絵心などが問われる、非常に深い世界ではありました。マロニエ君もその入り口付近ぐらいでウロウロしていたことを思い出しますが、もちろん、決して中には入る勇気も能力もありませんでした。
中の人達から、適宜都合のいい簡単な情報だけをちょろっともらって、自分の写真撮影に役立てていたというちゃっかり屋とでもいいましょうか。

ずいぶん昔だったような気もしますが、よく考えてみればフィルムカメラの終焉からまだ10年ぐらいでしょうから、せいぜいそれより数年前の頃の話です。
当時、とくに流行ったのは、コンタックスというドイツのコンパクトカメラ(生産は京セラ)で、これにはかの有名なカール・ツァイスのレンズを搭載している点、さらにはいかにもドイツ的な機能性に裏付けられた無駄のない美しいデザインと、コンパクトカメラのくせにドイツ的な質感の高さを醸し出す雰囲気が魅力でした。

一時は仲間内でこれが大変なブームが起こり、車のクラブミーティングなどに行くと、このコンタックスカメラが手に手にズラリと揃ったものです。高性能な日本製カメラとはひと味違う、非常にマニア心をくすぐる名器で、価格も堂クラスの日本製コンパクトカメラに較べるとずいぶん高価でしたが、それを補って余りあるその巧緻で高い描写性は、他の日本製の普及品カメラにはない独自の世界を持っていたように思います。
ひとくちに言えばコンタックスで撮影した写真には、そこはかとない気品のようなものが漂っていました。

マロニエ君も都合3台のコンタックスを使い続け、今も抽斗の奥に1台ありますが、デジタルカメラの到来と共に、使用頻度がめっきり減り、今ではまったく使わなくなりました。

昔はといえば、このコンタックスを携帯用として使いながら、ここぞと言うときにはニコンやキャノンの思い一眼レフカメラを携え、更に重い望遠レンズなどまで一緒に持ち歩くという考えられないような重装備で、今思えばずいぶんと熱心に写真を撮っていたように思いますし、それだけのガッツが自分にあったことがなつかしい気がします。

デジタルカメラの出現はユーザーに劇的な利便性をもたらしてくれましたが、人間というものは(少なくともマロニエ君は)元来怠惰な生き物なので、デジタルカメラが運んできた手軽さが身に付くと、気がついたときには手軽さを手に入れたこととひきかえに、写真を撮ろうとする情熱そのものまでが次第に醒めていきました。
論理的には、はるかに便利になったその環境では、そのぶんさらに写真を撮ることにのみ自分のエネルギーを投入していればいいようなものですが、事実はまったく逆で、写真への熱意それ自体が潮が引くように失われ、必要以外さっぱり撮らなくなってしまうという事実に自分でもがっかりしてしまいます。

やはり、昔のあのフィルムを使ったカメラで写真を撮り、現像しプリントを手にするまでの、なんとも時間と手間暇のかかるその過程の中に、いろんな説明のつかない味わいや魅力が詰まっていたということかもしれません。
これはカメラだけでなく、いろんな事に同様の現象が起きている気がします。
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アマチュアコンサート

土曜日は珍しいものに行ってきました。
現在所属するピアノサークルのリーダーを含む3人が、たまたま同じ大手楽器店の音楽教室に通っているのですが、そこのメンバーズ・コンサートというのがあるというので、聴きに行ったのです。
おまけに、我らがリーダーには素敵なお相手らしき人が現れ、さらにはこの日は彼の誕生日でもあったというのですから、なんだか出来過ぎといった趣でしたが、ともかく結構ずくめなことです。

会場はアクロスの円形ホールで、実はマロニエ君はここはなぜかこれまで入ったことがなかったので、どんなところか中を見てみるのも楽しみのひとつでした。

出演者はリハーサルなどでずいぶん前から会場にいるとのことで、開演1時間前に行ってみると、あたりは関係者ですでにガヤガヤと賑わっており、出演者一同で記念撮影などがありましたが、ざっと見渡しただけでも実にいろんな方がおられて、これはまたピアノサークルとはだいぶ違うなあ…というのが率直な印象でした。

大手楽器店の主催で、素人の運営ではないのはわかりますが、演奏するのは教室の生徒、すなわちお店のお客さんであり素人であるにもかかわらず、きちんと入場料が設定されているのはいささか驚きでした。
まあ、大半は場所代や経費に消えていくんでしょうけれども。

ロビーで雑談などしていると、次々にサークルの人がニヤニヤしながら現れたのにはお互いびっくり。
最終的に6人ものピアノサークルメンバーが任意で応援に駆けつけたわけで、つい先日、定例会で顔を合わせたばかりの人達と、また思いがけなく顔を合わせることができました。
まあそれだけみんな親しくなっているということでもあり、このようなサークル以外の場所で会ってみると、すでに内輪の感覚を覚えるようになっていることは、なんとも温かい嬉しい感じがするものです。

コンサートは、ピアノだけではなく、サックスあり、ヴァイオリンあり、弾き語りありと実に様々な老若男女が出てきては、それぞれの練習成果を発表していました。
演奏はピアノサークルとはまた違う雰囲気で、はじめはやたらと圧倒されっぱなしでしたが、終わってみればなかなかおもしろい愉快なコンサートでもありました。

いまさらですが、音楽というものが文学や美術と根本的に違うのは、泣いても笑っても、その日その場所その時間に演奏しなくてはいけない一発勝負の世界であるという点で、これはプロもアマチュアも同様ですね。
家でいくら上手くできたなどといっても通用しないのは、音楽だけがもつ厳しい部分ですが、もしかするとその危うさも音楽の不思議な魅力なのかもしれません。

そういう一過性という意味においては、音楽の演奏はスポーツと共通しているかもしれませんね。
一回の発表に向けて、日々の練習を積み重ね、しかもその結果はもしかすると失敗に終わるかもしれないという危険性を孕み、興味のない人から見ればひじょうにばかばかしいような、無駄にも思えるような事を熱心に、せっせとエネルギーをかけてやるということ。
こういうことは、実は人間にとっては非常に大切な、精神的にも実り多い事のような気がします。

今はハイテクのお陰で多くの事が気軽にできてしまう時代になりましたが、そんな中で、楽器演奏の練習ほどローテクの極致みたいなものはないような気もします。
今のような時代だからこそ、敢えてそういうことにかかわるということは、なかなかよい人生修行にもなるのかもしれません。

帰りは毎度お馴染みの食事会となり、さらにお約束の二次会へとなだれ込み、帰宅したのもまたしてもトホホな真夜中でした。
べつに音楽談義をするでもなく、もっぱらくだらないことばかりワアワア言い合っているだけですが、そういうピアノの仲間ができたということはなによりも嬉しいことです。決してきれい事ではなくて。

ちなみに、アクロスの円形ホールは、ちょっとホールと呼べるようなものではなく期待はずれでした。
アクロスに最も欠けているのは、シンフォニーホールとの大きすぎる隙間を埋めるような、使い勝手のよい小ホールを作らなかったことではないか?という気がしますが…。
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トーク付きコンサート

トーク付きコンサートって、あれは要するに何なのだろう…と思います。

現在、よほどの著名演奏家のコンサートでもない限り、ピアノリサイタルなどでは演奏者自身によるトークを交えてのコンサートというスタイルが、かなり定着している感があります。

ピアノリサイタルという形式に、どうあるのが正しいという明確な答えを出すのは簡単なことではないかもしれませんが、少なくとも近年のピアノリサイタルのスタイルの原型を創り出したのは、あのリストだとされています。
大昔のことは知りませんが、少なくとも記憶にある限りにおいて、従来の最もオーソドックスなスタイルは、演奏者は開演時間になるとステージに登場し、客席に礼をした後、決められたプログラムを演奏することに専念。聴衆はその演奏を見て聴いて楽しみ、終われば拍手を送る。
曲目はあらかじめプログラムとして発表され、仮に未定であっても当日には発表され、それを記した紙が聴衆の手許にあり、それを順に演奏していくというものです。
そしてリサイタルのはじめから終わりまで、演奏者が声を出すことは一切ありません。

唯一の例外は、アンコールに際してのみ、プログラムにない曲目であるために、ピアニストが弾きはじめる直前にごく簡単に短く曲名を口にして直ちに演奏に入るか、人によってはなにも言わずにいきなり弾きはじめるという場合も珍しくはありません。
演奏者と聴衆を結ぶものは、紡ぎ出される音楽と、拍手とお辞儀や所作と表情だけです。
これが少なくともマロニエ君が、子供のころから最も親しんだピアノリサイタルの形であって、むかしは演奏者自身が客席へ向けて話をするなど考えもつきませんでしたし、おそらくそんなことは作法に反する事という認識も演奏者/聴衆のいずれの意識の中にもあったのではないかと思われます。

それがここ、10年か20年か定かではありませんが、トーク付きのコンサートというのが年々勢力を伸ばして、近ごろではほとんど常態化さえしているという印象です。
とりわけ、日本人のローカルなピアニストほど、これが必要とされているかに見えますから、トーク付きコンサートをする人は、自ら自分の地位の低さを認めているかのようでもあります。

それは裏を返せば、演奏だけではお客さんを満足させられないか、あるいは普段コンサートなどには行かないような人までを縁故で動員しているので、できるだけ何かトークなどを交えて言葉でもサービスしたほうがいいという判断が働いているのだろうと思います。

いずれにしろ、そのトークというのにもずいぶん接しましたが、そのつまらなさ/くだらなさといったらといったらありません。
トークといっても、では何か聞いていて面白い興味深い話をするのではなく、ほとんどが愚にも付かないような演奏曲目の表面的な解説のようなことだけに終わります。
要するにほとんど何も内容がなく、いちおうトークもしましたといった程度のものでしかないし、当然ながら話のプロではないから、しゃべりも下手だし、マロニエ君はあんなものは百害あって一利なしとしか思えません。
あれだったら、いっそコンサートの始めと終わりに、お客さんへ御礼の挨拶だけをキッチリしたほうがよほど涼やかだと思いますが。

トーク付きで本当にお客さんを楽しませるとなれば、それなりの優れた企画や台本が必要で、決して甘いものではない筈です。
たとえばテレビの題名のない音楽会のようなものになれば、好き嫌いは別としても、いちおうトークと音楽の関係や意味というのはあると思えます。
そうそう、もうひとつ思い出すのはグルダのコンサートは異色のトーク付きでしたが、もちろん何事にも型破りな彼は、そのトークも個性的なら演奏も超一流。すべてが並のものではありませんでした。
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フィールドのピアノ協奏曲

最近、初めてジョン・フィールドのピアノ協奏曲というのを聴きました。
実際にコンサートで演奏されることはマロニエ君の知る限りではありませんし、録音もまずめったに目にすることはありません。

ジョン・フィールドといえばショパンよりも先にノクターンを作曲したことで知られていますが、マロニエ君もノクターン以外の作品は聴いたことがありませんでした。
ピアノのノクターンというジャンルの創始者であるフィールドは、その一点でも音楽歴史上にその名が残る作曲家ということになるでしょう。

彼はショパンよりも28歳年長のアイルランド人でピアニストでもあり、クレメンティに学んだとありますが、残された作品は多くはないものの、大半がピアノ曲という点もショパンに共通するところでしょうか。
ところがピアノ協奏曲は実に7曲も書いており、ちょうど良いCDを見つけたのでものは試しということで購入したわけです。
4枚セットのピアノ協奏曲全集で、7曲の協奏曲を番号順に聴いていきました。

ところが感想を言うとなると、ぐっと言葉に詰まってしまうような、そんな作品でした。
曲調はどれも軽やかで親しみやすい旋律で、彼のノクターンに通じる旋律の特徴や和声の流れが見て取れますが、そんなことよりも「これはどういう音楽なのだろう…」というのが一番正直な印象です。
第1番以外は19世紀初頭の20年間に書かれていて、当時の社会の音楽に対する価値やニーズがどのようなものであったか、詳しいことはわかりませんが、なんとなくその時代、すなわち産業革命以降の市民社会の勃興という時期にうまくはまった、娯楽音楽のような気もするわけです。
ピアノ協奏曲というわりには、ピアノの書法もこれといった革新性や挑戦的なものはなく、技巧的なものでもさらになく、オーケストラをバックにいつもキラキラとピアノの音がしていて、今風に言うなら癒し系というか、なんだか昔の少女趣味的世界を連想するようでした。

それでも、ところどころに見られる独特のピアノの輝きは、おそらくそれまでには存在しなかった種類のもので、この分野の大天才であるショパンの到来をフィールドが地ならしして待っている、いかにもそんな時代の気配が聞こえるてくるようでした。

音楽といえばドイツ音楽偏重で、まだベートーヴェンが生きていて作品も中期から後期へ移ろうとしていて、いよいよ音楽を形而上学的芸術たるべく執着し、こだわり続けていた、そんな時代へのアンチテーゼのごとく、なんともあっけらかんとした娯楽的音楽だったのかもしれません。
正直いって真の深みとか芸術性といったものはあまり感じられませんが、どこかチャイコフスキーが登場する以前のバレエ音楽のようでもあり、フィールドはロシアなどでも高い人気を誇ったようでもあり、これはこれでひとつの時代の中で存在価値がじゅうぶんにあったような気がします。

とくにショパンに対しては、かなり作曲のヒントを与えた作曲家のように直感的に感じられましたので、もしそうだとするならば、その点は非常に重要な役割を果たした人だという気がしました。
どんな偉業であっても、もとを正せばこの人なしではあり得なかったという事例がありますから。

もしこの想像がまちがっているなら、ショパン大先生には申し訳ない限りですが。
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エレベーター

声に出しては言えないけれども、本心では文句を言ってやりたいことってあるものです。

例えばデパートや商業施設のエレベーターで、地下から4階や5階に行こうと乗っているとき、まず大抵1階は誰かが外からボタンを押しているので止まることが多いものです。
そのときに1階から乗ってきた人が、いきなり2階のボタンを押したりすると、内心ムッときてしまいます。とくに急いでいるときはそうなってしまいます。
もちろん状況によりますが、エスカレーターなどがふんだんにある環境にもかかわらず、こういう人って必ずいるものですが、何を考えているのか…おそらく何も考えていないのでしょう。

こっちも勝手かもしれませんが、こういう人のために1階に止まりこの人を乗せ、そしてまた2階に止まってこの人を降ろすという一連の時間というか、その経過が、性格的にイライラしてしまうのです。

あるいはビルやデパートなどの最上階あたりから降下中、途中に停止して一人が乗ってきたかと思うと、そのわずか1階か2階下で平然と降りてしまう。
だったらわざわざエレベーターを止めなくても、エスカレーターや階段を使ったほうが自分だって楽だろうに…と心の中で思ってしまいます。
もちろん体の不自由な人などは、まったくその限りではありませんが、だいたいポカッと口を開けたままのおばさんとか、自分のことにしか興味がなくやたらツンツンした女性などがよくこういうエレベーターの使い方をしてくださいます。

最近ひどかったのは、駐車場に向かう小さなエレベーターでのこと。
すでに地下2階から3〜4人乗っているところへ、1階から6〜7人のおばさま連が荷物とともにダダッと乗り込んできました。
その乗り方には他者に対する配慮も遠慮もまったくなしの、まさにドヤドヤという感じでした。
ところがあまりに勢いがあるので、先に乗っていた人の1人が押し倒されそうになり、他の人に抱き留められてあわや転倒は免れました。

それにお詫びをする風でもなく、体を張ってぎゅうぎゅうに詰めるだけ詰めて、そのたびにエレベーターはさも苦痛げにユサユサと揺れています。
1階から乗るつもりだったらしい他の人達はついに1人も乗ることができないまま、満員状態でドアはかろうじて閉まりました。まわりは無言、ガヤガヤといっているのはこのおばさん達だけです。

こんな調子だから乗り込むだけでもかなりの時間を要しました。
そんなわけでついに動き出したエレベーターでしたが、なんと、いきなり2階で停止。
それっとばかりにぎゅうぎゅうのおばさん達は全員降りてしまい、あとは虚しいまでにガラガラになってしまいました。

あまりのことに1人が「エスカレーター使えばいいのに…」と小さな声で言ったとたん、残りの数人は苦笑いしながら深く頷きました。
現代は若い人の礼儀ばかりが言われますが、年輩者の礼儀もなかなかのものです。
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白石光隆

白石光隆さんというピアニストをご存じでしょうか?

今年の初め、CDを店頭で物色中に、なんとなく手に触れた一枚のCDが妙に興味を惹きました。
言葉で説明するのは甚だ難しいのですが、決して派手なジャケットでもないし、そこにあるのは地味な日本人中年男性の姿。とくにどうということもないのに、なにか気にかかるものがあり、ずいぶん迷った挙げ句に購入しました。
例のマロニエ君のCDギャンブルですが、これが新年いきなりの大当たりとなりました。

内容はベートーヴェンのソナタ集で、悲愴、13番、月光、熱情というものですが、これがなんと、とてつもなく素晴らしいピアニストだったのです。
まあ、とにかく群を抜いて上手いし、しかも音楽的にも素晴らしく、解釈も見事、まさに目からウロコでした。
このCDを聞く限りでは、ベートーヴェンとしては間違いなく世界のトップレベルで、なんのハンディもなしにポリーニなどと直接比較すべき質の高さでした。

しかもただ指が上手いというだけならアムランのようなピアニストもいますが、白石氏がすごいのは作品の構築性と音楽の燃焼感がこれ以上ないという高い接点で結びついているという点でしょうか。
壮年の男性ピニストらしい、まったく乱れのない安定しきった目の醒めるような技巧と、音楽作りを統括する抜群の知性とセンスの良さ、さらには演奏そのものに吹き込まれた生命感にはただもう圧倒され、魂を鷲づかみにされたようでした。

テクニックだけでも並のものではないので、楽器や作品と格闘する必要がなく、楽にピアノを弾いているから適材適所の真っ当な表現が可能となっているようです。
精密でムラのない余裕のある確かなタッチは、きわめて知的な構成の上に闊達に音楽を描いていくことを可能とし、ものすごい迫真性と燃焼感が自在に繰り広げられる様は圧巻という他ありません。

現代の日本の有名ピアニストを見ていると、大半はなんらかの要素でもって現代の商業主義にうまく手を結び、結果その波に乗れた人達であって、残念ながら本当の芸術活動に身を捧げているような人は見あたりません。
少なくとも我々の目に触れるのは、大半がそんな人達ばかりですから、もう本物のピアニスト、本物の音楽家はいなくなってしまったのかと悲観的に考えてしまいます。

しかし、この白石さんのような超弩級の人が、その持てる能力にははるかに見合わないような地味な活動をして、あとは芸大の講師などをしながら存在しているというのは、なんというもったいない事実でしょう。
以前、エネスコのソナタなどで感銘を受けた藤原亜美さんなどもそうですが、こういう「本物」が実は日本の中にちゃんと存在し棲息しているということは、考えただけでも誇らしい嬉しいことです。

今どきの売れっ子になるということは、CDやコンサートのチケットなどの売れ行きがその人の実力のバロメーターとされてしまっていますし、そもそも売れっ子という言葉そのものが商業主義を前提としたものでしょう。ポピュラー系の音楽も、ヒットチャートなどという悪習が蔓延して、それだけが価値のようにされると、本当の音楽家/芸術家はとてもじゃありませんがそんな売り上げの過当競争の中になど参加できるはずがないのです。

いまやゴルフやテニスでも、純粋な試合成績ではなく、賞金ランキングがその人の地位を決するというあまりにも露骨な時代ですから、なんでもが推して知るべしなのでしょうけれども。
本物の芸術家が本当に正しく評価されるような時代があるとすれば、それは経済の繁栄とは真逆のところにあるのかもしれません。
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新燃岳の噴火

連日の報道によると、このところの霧島の新燃岳の噴火は大変なもののようですね。
昨日もまた大きな噴火があったようで付近のみなさんの不自由と不安はたいへんなものでしょう。

今のところは一向に収まる気配も見えず、テレビで観る映像からは激しく噴煙が立ち上るその姿は、まるでおそろしい怒りの姿そのもののようでゾッとしてしまいます。
桜島の噴火というのは昔からよく見聞きすることでしたが、霧島にもこんな猛々しい火山の一面があるとは実はあまり知りませんでした。

九州は他に阿蘇や雲仙などもあって、ようは火山地帯ということなのでしょうが、福岡には火山とよばれるものがひとつもないためにどこか緊張がないというか、自然に対する厳しい気構えとというものが自分を含めていささか薄いような気がします。

福岡で自然災害といってまっ先に思い出すのは、6年前の福岡県西方沖地震ぐらいのもので、あとはたまに水の被害が起こるぐらいでしょうか。

さて、新燃岳の噴火ですが、ついに火砕流の心配が出てきたとかで、麓の高原町(たかはる)の住民のおよそ500世帯ほどに、避難勧告が出され、避難所に多くの人が集まっている映像が流れるに及んで、昔からの知り合いがそこに住んでいるので気に掛かり、とうとう電話してみました。
幸いにも彼の家族はみんな今のところ無事らしいので安心しましたが、なんと自宅のすぐ前が避難所なのでまだ自分達は避難していないと言っていました。
「収まるのを待つしかない…」と言っていたにもかかわらず、昨日はさらに新たな噴火によって警戒地域が半径3kmから4kmへ拡大されて、いまだに収束のめどは立っていないようです。

ただ、電話で聞いてやはりすごいもんだと思ったのは、まるでメリケン粉のように細かい粉塵が際限もなく降ってくるのだそうで、そうなるとどんなところにでも入り込んでしまい、その被害は並大抵のものではないということでした。
テレビのニュースでも、牛の生産者の人が、ようやく口蹄疫の被害から立ち直りつつあったその矢先に今度は新燃岳の噴火という災難が飛び込んできて、もうどうしたらいいかわからないと悲痛な訴えをしていました。この人も避難所から牛舎へ世話をしに通っているそうですが、牛の毛の間にも灰燼が降り積もっているそうでしたし、当然ながら一帯は洗濯物も干せないようで、コインランドリーの乾燥機はフル回転でも追いつかないようです。

ただ、ある専門家の意見によると、このような自然災害を目の前にすればそれはもちろん大変だけれども、大局的専門的に見れば地球は絶えずそういうことを繰り返しながら今日に至っているのだそうで、あくまで自然で普通のことなのだそうです。

なるほどとは思いますが、地元の人にしてみれば、ああそうですか…というわけにもいきません。

北の雪の被害も死者が次々に出るほど大変なようですが、灰も大変です。
学生時代を鹿児島で過ごした友人によれば、桜島の灰だけでも普段から大変なものらしく、マロニエ君のように車を過剰に大事にするような人には、とうてい耐えられないだろうと言われていました。

マロニエ君の自宅前は昨年、マンションの建設工事で一年以上にわたり音や振動やホコリの被害にさらされましたが、いやはや、そんな甘いものではないようで、上には上があるということですね。
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メキシコから

すこし前の新聞によるとメキシコ在住のヴァイオリニスト黒沼ユリ子(70)さんは、今から30年前ほど前にメキシコ市で弦楽器専門の音楽院「アカデミア・ユリコ・クロヌマ」を設立されたそうです。
きっかけはプラハに留学中にメキシコ人のご主人と知り合い、それでメキシコに定住することになったことだそうです。

はじめは細々とはじめた音楽院も、現在では教師と生徒あわせて100人近い規模にまで成長し、それでも希望者が多くて断腸の思いで断っているとか。
そのインタビュー記事の中に良い言葉が紹介されていました。
黒沼さんが大好きなメキシコの格言だそうで『悪いことは良いことのためにしかやってこない』。
これは難問は次々に起きるが、改善するために克服しようという、不屈の精神がメキシコにはあるのだそうです。

たしかに、人間には悪いことが次々に降りかかってくるものなので、人生には難問難題ほうがずっと多いような気がするものです。だから、こういう言葉を念頭に置いておくことで、少しは前向きになって明るく元気な方向をわずかなりとも向いてみようとすることができるかもしれません。
マロニエ君もよーく覚えておこうと思いました。

さらに、黒沼さんの日本の音楽教育についての意見には感銘を受けました。
『課題曲を正しく弾くことに集中するあまり、音楽の基本を忘れていないかと危惧する。音符を音にするのが音楽家ではない。それなら機械でもできる。体をかけ巡った音符をあふれ出させて音を出すのが真の音楽家だ。その人だけにしかしかできない、人間の顔をした音楽を奏でてほしい。』

なんと、これほど、演奏の本質と、現在の学生や演奏家が抱える根元的な問題を的確に無駄なく表現された言葉があるだろうかと思いました。まったくその通りだと深い共感を覚えました。

現代の演奏家や教育システムに対して、こういう危惧や印象というものは、多くの人の心の奥にはきっとあるのだと思いますが、それをこのような無駄のない簡潔な言葉に整理圧縮して表現するのはなかなかできるものではありません。
黒沼さんはヴァイオリニストですが、これはむろんヴァイオリンに限ったことではなく、すべての器楽奏者に対して、それは恐ろしいほどに当てはまるのだという気がします。

現代のめっぽう指の動く無数のピアニストと、昔の秀でた数少ないピアニストとの決定的な違いはそこにあるのだと思われます。すでに指の訓練方法などは行くところまで行った感がありますが、それでもなかなか真の音楽表現への道は開かれようとはしていないようです。
みんな口では「音楽性」「個性」「芸術性」が大切だなどと言いながら、結局やっていることは指の訓練と、レパートリーの拡大と、受験対策、コンクール対策であって、真に自分がこうだと信じる道を探求して歩んでいる人はほとんどいないか、よほどの少数派でしょう。

多くの人が大変な努力と厳しい修行を積み、さらに上を目指す練習に明け暮れているのだろうとは思いつつ、どうもそれはオリンピック出場/メダル獲得のトレーニングとほとんど同じスタンス、同じ精神構造という気がしてなりません。

ひとつには商業主義が真に芸術的な質の向上に価値観の主軸を置くことを許さず、さらには氾濫する情報によって信念もしくはそれに準ずるようなものが根を張りにくく、知らず知らずのうちに効率の良い最短の選択をするようになるのでしょう。
しかし、真の芸術家の仕事を生み出す畑は、決して賢くもなければ効率などというものとは無縁の世界であるはずです。ベートーヴェンの作品が、彼の苦悩と戦いと絶望の中から生まれてきたことを思えば、それは簡単にわかることだと思います。
しかし、だからといってわざわざ困難な苦しみに満ちた道を選ぼうとする人がいないことも現実ですね。
ひとつのテクニックを習得するのに三日かかる方法と一ヶ月かかる方法があれば、誰しも三日を選びます。しかし、一ヶ月の中でいろいろに得られた、一見余分ですぐには役に立たないもの、そういうものが芸術には必要な養分なのかもしれません。
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リストは冷遇

昨日、タワーレコードに行ったところ、今年がリスト生誕200年ということで、そろそろなにか小さなコーナーでもできているのかと思っていたら、これがまったく何もナシで、通常のリストのコーナーさえもごくごく小さいものでしかなく、他の作曲家の間に埋もれているという感じでした。
昨年はショパンのそう小さくもないコーナーが一年を通じて作られていましたが。

やはりリストはピアノ曲の中に単発的に有名なものがあるとは言え、ほかは馴染みのない曲の比率があまりにも膨大で、それらは通常ほとんど演奏されることもないし、ピアニストあるいはレコード会社もあまり企画したがらないのだろうと思われます。
リストの作品はものによってはプログラムの一部には華麗で格好の作品ですが、あくまで名脇役といったところ。リスト作品だけではコンサートを維持するのが難しい微妙な存在なのかもしれませんね。

リストはピアノ曲の作曲はもちろんとしても、他の作曲家の作品の編曲やパラフレーズなども数多く手がけていますし、管弦楽の分野では、ベルリオーズに始まる標題音楽を発展させることで「交響詩」という新しいジャンルを作り出したことなどはリストが音楽歴史上の特筆大書すべきことでしょう。
ところが、この一連の交響詩にも実はさほど馴染みやすい曲はなく、残念ながらあまり人気はないようです。

前回ご紹介したフランス・クリダやレスリー・ハワードの全集が年頭に出てきたものだから、今度はてっきりリストのCDがわんさと出てくるのかと思いましたが、どうもそれに続くものはあまりなさそうです。
それでも多少はリスト生誕200年ということで、今年限定でリストプログラムを組んで録音を目論むピアニストなどは若干名はいるでしょうから、せいぜいそこに期待したいと思いますが、まあショパンとは到底規模がちがうようです。

ところがCDだけではなかったのです。

驚いたことには、書籍の分野でも、リストはかなり冷遇されているという事実がわかりました。
リストの生涯は知る限りではとても面白いものですが、なにかまとまった形で読んだことがなかったので、適当な本はないかと物色してみたのですが、ヤマハもジュンク堂にもそれらしい書籍がまるでなかったのは正直言って驚きでした。

ジュンク堂の音楽書の売り場などは、それこそありとあらゆるものがぎっしりと揃っていて、バッハ、モーツァルトなどはそれぞれ数十種の出版物(楽譜ではない文字の書籍)がひしめていますし、フォーレやショスタコーヴィチ、ラフマニノフなどもあれこれと伝記や専門書が刊行されています。
しかし、リストだけはどこをどうみても少なくとも店頭にはなにもないのです。

世の中に於けるリストの存在とはそんなものなのかと思ってしまいました。
もともとマロニエ君自身がリストをあまり好まなかったために、こういう事実に長らく気が付かないで今日まできたわけですが、それにしてもあれだけの偉大な功績がありながら、いくらなんでも不当に冷遇されているんだなあとも思えるようです。ここまでくるとなんだかリストが可哀想になってきました。

若い頃、上流女性達の憧れで、当時のスーパースターで、その空前の人気をほしいままにしたリストは、それですっかり燃え尽きてしまったのでしょうか?
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サクラ

花の名前ではなく、「サクラ」という言葉があります。
辞書によると「大道商人の仲間で、客のふりをしていて、普通の客が買う気を起こすようにしむける役の者。」とあります、このサクラがいかに人の心理に有効なものかを実感することがしばしばあります。

お店などで、ワゴンセールのような場所がよくあるものですが、はじめは無人なのに、ちょっと見ていると、だいたいすぐに次の人があらわれます。すると傍目にはそのワゴンには二人の客が物色していることになりますが、こうなると3人目4人目はどこからともなく吸い寄せられるようにやって来るものです。

逆にマロニエ君自身も、ちょっと人が集まっている売り場などがあると、なんだろうかと思って覗いてみることがあり、大抵はなんてことはないつまらないもので、ぱっとその場を離れるのですが、一度覗いてみてしまうのはやはりサクラ効果だと思います。

その最たるものが行列で、まるで催眠術にかかったように人はそこに興味を示して寄っていきます。
ことほどさように人は他人が興味を持っている姿に無関心ではいられない生き物だと自分を含めて思います。

それはわかっていても、はじめ無人だった場所が、自分が最初に見始めたことがきっかけとなり、つぎつぎに人が集まってきて、マロニエ君のほうはもうその場所を離れても、振り返ると5〜6人の人が集まっているのを見ると無性に可笑しくなってしまいますし、なんだかちょっと自分が呼び寄せたような、ささやかな自己満足に浸ってしまいます。…バカですね。

こういう現状にしばしば遭遇すると、つくづくと人の心理というのは面白いものだと思わずにはいられません。心理の動きはまことにささいなことに左右され、それによって行きつく結果は大きく違って来るというのがわかります。
こういう人の心理の動きに大きく依存している商売人は、だからちょっとしたことにも気を抜かずにお客さんの心をつなぎ止めようと普段からアンテナを張り、ちょっとしたことにも腐心しているのだろうと思います。

流行っている店と流行っていない店、これも明らかな実力の差があってのことというのは見ていて当然のことですし、いかにもわかりやすいのですが、ときに紙一重のちょっとした何か小さな要素のさじ加減ひとつで明暗を分けている場合も少なくありません。
食事の店などに例をとっても、それはそのまま当てはまるように思います。

流行っている店は、値段や出てくる料理がそれに値するものであることは当然としても、その上で、もうひとつお客さんの気分を満足させる何かをちょっと持っているものです。
それはケースバイケースなので、具体的になにがどうしたということは言いにくいのですが、強いて言うなら経営者の気分とか人間性というものがいいほうに反映されていると感じることがあります。

わかりやすく言うとケチケチしたがめつい経営者の店は、それなりの内容があったとしても、どこかにそのケチな精神が顔を出てしまっているものです。たとえば料理自体は安くて美味しいのに、それ以外のちょっとしたところにセコさがあって、それを感じると快適でなくなったりするものです。
気分のいい店はそれのまったく逆で、なにかひとつでも気前のよい寛大なところをみせられると、こっちはたちまち良い気分になるものです。上手な商売人というのはお客さんに気分良くお金を出させる術を持っているんですね。

店にお客さんがいつも溢れているということに勝る宣伝はなく、それはお客さんをタダのサクラとして使っているのも同然ということになるでしょう。
どんなにいい店でも、ぜんぜんお客さんのいない店というのは、大変なマイナスイメージですから、サクラは商売人にとって必要不可欠なものでしょうね。
もちろん、サクラという言葉の意味自体が「ニセの客」という意味ですから言葉がおかしいですけど。
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高性能センサー

人間の手先というものは、実はかなり高性能なセンサーでもあり、我々が普段思っている以上の優秀さをもっているようです。
その繊細な感じわけの能力は、そんじょそこらの機械など遠く及ばないものがあるのです。

先日もそれを実感したのは、ピアノの整備に来てもらったときに鍵盤の高さを揃えるために、キーの支点(テコ運動の中心部分)に、「鍵盤バランス部の紙パンチング」という直径1センチにも充たない、小さな輪っか状の薄い紙を挟んで微調整をしていくわけですが、これは紙だけを触ったときにはただやたらと薄い、普通の鼻息で全部飛んでしまうような薄い紙(一番薄いもので0.08ミリという、およそ無意味としか思えないようなもの)というだけで、こんなものを一枚挟んだだけで何が変わるものかと思わせるようなものなのですが、それが鍵盤や木片を並べて指をすべらせてみると、難なくその違いがわかるのには驚きました。
こういう微細な調整の積み重ねによって、ピアノの鍵盤の高さは正確な一直線に揃っているわけです。

そういえば過日見たスタインウェイのファクトリーのビデオ作品でも、「測定器には限りがあるが、職人の精巧さは手が覚えているので、計測器以上のものとなる」ということを言っていて、精密な作業ほど熟練工の手作業が必要になると言っていましたが、そんな言葉が実感として納得できた瞬間でした。

よく女性が化粧中などに肌のコンディションを指先から感じ取ることがあるようですが、それもこういった人間の驚くべき手先の精密なセンサーが僅かな違いを感知しているのだと思います。

それで思い出したのは、昔のポルシェ(ドイツのスポーツカー)の工場で、塗装作業を終えたツルツルのボディを熟練工が専用の革手袋をはめてくまなく撫で回すという、有名な工程がありました。
これはべつにボディを可愛がっているのではなくて、撫で回すことで手の平に伝わってくるその僅かな感触から塗装面のほんのちょっとしたムラや作業中に付いた目に見えないようなキズを検出していくというものです。こうすることによって肉眼ではほとんど見落としてしまうようなことを手の平はやすやすと効率的に発見するというものでした。

私達の体には、まだ私達自身が知らないような隠れた高性能が随所に眠っているような気がします。
いや、眠っているのではなく、気付かぬうちにそれを使いながら普通に生きているのかもしれませんね。

ピアノ技術者はこういう精密領域のことがらを、瞬時に判断し感じ取りながら、手際よく作業をしていくのですから、そこにはもちろん馴れや訓練もあるとは思いますが、いずれにしろ敏感で忍耐強い人でなくては務まるものではありませんね。

ある本に、本物のピアノ技術者になるためには、まずはピアノのオーバーホールを経験させる必要があるということが書いてありました。それによってピアノの技術を総合的に実地から体験的に学ぶことができるということだろうと思います。
そういえば、職人にはマイスター制度のあるドイツでは、長い修行の末に、一台のピアノを一人の責任において1から組み上げなくてはならないそうで、似たような発想でしょうね。

近年のメーカー系のサラリーマン技術者は、こういう総合的な学習経験があるのかないのか知りませんが、少なくとも調律なら調律だけをして、それ以外のお客さんの要求にはほとんど何も応じきれないというのが実情という話をよく聞きます。
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生涯現役

ピアニストの長岡純子さんが亡くなられたのを知ったのは、確か先週の新聞記事でした。
享年82歳、最後まで現役で昨年もリサイタルをされたようでしたが、実を言うとマロニエ君はその演奏を聴いたことがありませんでした。

かすかにお名前と以前CDのジャケットもしくは雑誌で写真を見たことがあるくらいで、ほとんどその演奏に触れるチャンスがなかったことが今思えばたいへん残念でした。
長岡さんは芸大時代にはあのレオニード・クロイツァーに師事した世代のピアニストの一人で、日本人ピアニストとしては原智恵子、安川加寿子などの次にくる世代ということになります。
卒業後はN響と共演してデビューしたものの、1960年代にオランダに移住されたこともあって、日本ではもうひとつ馴染みのないピアニストだったのかもしれません。

オランダではユトレヒト音楽院の教授なども務められ、とくにベートーヴェンやシューマンには定評があったといわれ、なんと80歳のときに演奏されたベートーヴェンの3番の協奏曲は高い評価を得てCD化もされているらしいので、ぜひいつか聴いてみたいものです。

さて、マロニエ君はNHKのクラシック倶楽部はいつも録画して好きなときに見ているのですが、先週の放送分で、なんとこの長岡純子さんのリサイタルが含まれていたので、オッと思ってさっそく見てみました。
すると、収録されている津田ホールでの演奏会は、信じ難いことに昨年の12月12日、そして亡くなったのが1月18日ですから、これは亡くなるわずか一ヶ月と少し前のリサイタルということになります。

放送された曲目はバッハ(ブゾーニ編曲)のシャコンヌとベートーヴェンのワルトシュタインという、どちらも若い人でも身構えるような大曲でした。
もちろん若者のような体力の余裕こそありませんが、確信に満ちた気品ある演奏はまことに見事なもので、非常に勉強にもなる味わいのある演奏でした。

壮大華麗なワルトシュタインを、まるで4番の協奏曲のように優雅に、格調高く演奏され、その確かな解釈に裏付けられた美しさは絶対に近ごろの演奏から聴かれるものではなく、長岡さんの生涯の長く深い足取りが圧縮されているようでした。
それにしても、豊かな経験と深い信念から紡ぎ出されるその凛とした演奏を聴いていると、まさかこのひと月少し後に亡くなるなんて、まったく信じられない思いでした。
バックハウスは最後の演奏会から7日後に亡くなりましたから、そういうこともあることはわかってはいても、実際に長岡さんの鮮明な演奏の映像を見ていると、この事実がウソのような気がしてなりません。

なんでも12月7日には協奏曲も予定されていたらしいのですが、こちらは体調不良でキャンセルとなり、その5日後のこのリサイタルは、もしかすると無理をおしてステージに立たれたのかもしれないですね。
演奏会後に体調を崩し、入院されていたんだそうです。

最後に弾かれた美しいトロイメライは、文字通り最後の別れの演奏となったようです。

それにしても、園田高広氏が突然のように亡くなった頃からでしょうか、戦前生まれの日本人ピアニストがめっきりと減ってしまったように思いますが、これでまたひとり、貴重なピアニストが天に召されたということです。
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志の問題だそうで

約一年ぶりにピアノの調律に来てもらいました。
本来はもう少し短い期間で来てもらえばいいのですが、技術者の方の腕がいいことと、マロニエ君がそんなにピアノを酷使していないこと(要は練習していない)、さらには湿温度管理はわりにやっているので、そんな事情が複合的に作用して調律の保ちがわりにいいため、この程度のペースでやってもらっています。

作業中は可能な限り子供のように横にはり付いて見ていますが、見るたびにピアノ技術者の仕事というのは大変な仕事で、いわば「静かで緻密な重労働」だと思います。
今回はタッチの調整から調律、整音までをひととおりやってもらって計5時間を超す作業となりました。
それでもしょせんは出張先での作業ですから、かなり圧縮した作業となるのはやむを得ません。

いつもながら調整の終わったピアノを弾くのは、いかにも清新な気分にあふれて気持ちのいいものです。
電子ピアノは調律の必要がないかわりに、この気分ばかりは味わえないはずです。

作業中はいろいろなおもしろい話が聞けるのも楽しみのひとつです。
その中にあったひとつ、「結局のところ、ピアノ技術者は技術の優劣よりも、志のほうがよほど重要」という言葉は、ピアノ技術者の現実を表すいかにも意味深長な言葉でした。
曰く、一定以上の技術を持った人であれば、あとはどこまでの仕事とするか、悪く言えば、どうせ大したこともわからない素人を相手にどのあたりまで手をつけ、どのぐらいで切り上げるかということになってくるのだそうで、手を抜こうと思ったらいかようにも手を抜ける仕事なんだそうです。

考えてみれば、車の整備などと違い、それで人身事故が起こるでもなし、医者の手抜き治療なら健康被害などを恐れるところでしょうが、ピアノの場合、どっちにしろ人に危害が及んで訴訟されるような心配はないわけですからね。
現実にそういう志の低い技術者は実はとても多いらしく、ある意味気持ちはわかるそうですが、恐いのはそれを長くやっていると、いつしか自分の仕事の質が低下していることが自分でもわからなくなってくるんだそうです。

マロニエ君の経験でも、だいたい人当たりが良すぎたり、話の上手すぎる技術者は食わせ者で、自分の技術不足やごまかしを言葉や好印象で補足して、幻惑しようという思惑があるようにも感じます。
控え目ぶった話し方はしていても、要は自慢トークの連発で、他の技術者の悪口を悪口ではないような言葉を使ってちゃんと言い、自分こそは人柄も良く、謙虚で技術も本物と思わせるよう巧みに誘導します。さらに相手の不安を煽りながら、まんまと信頼をとり付けようとするテクニックですね。
だいたいこの手合いは名刺にも肩書き満載で、マロニエ君はそんな人こそ信用しません。

ピアノ技術者の腕は、その人が手がけたピアノでしか判断することはできません。
しかし、多くの場合は、調律を依頼する側は専門家でもないので、ちゃんとしたルートから派遣されてきた、ネクタイをきちんと締めた、礼儀正しい、腰の低い人ならば、それで間違いないと思ってしまいがちで、そこがなんとも始末に悪いところです。

しかし、マロニエ君の経験で言うなら、本物の技術者はどこか磊落で、自分があり、技術はあっても人あしらいはそんなに上手くはないものです。
ピアノ技術者に限りませんが、本当に実力のある人は自分からあれこれとアピールしなくても余裕があり、人間的にも自然体です。逆にやたら親切ごかしな人や、過剰な用心家などはマロニエ君は疑います。

礼儀正しさと不自然な低姿勢は似て非なるものですから、そのあたりをよく観察してみるべきですね。
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体調不良は演奏良好?

我々はプロの音楽家でもピアニストでもありませんから、あまり真剣に考える必要もないとは思うのですが、本番前の緊張というのはその人のすべての力を奪っていく悪魔みたいな気がしなくもありません。

よく、受験だろうとコンクールだろうと、本番に備えて体調管理も整えて、万全の態勢で挑むとべきだというのは半ば常識みたいに言われることです。しかし、体力の限界で競い合うスポーツの場合は知りませんが、こと音楽に関しては、必ずしも最良の準備が整ったときが最良の結果をもたらすとは言い難い部分もあるようです。

コンクールでよい成績をおさめたり、受験でも見事合格となった人の中には、「あのときは実は熱が○○度あって、薬をのみながら後はどうなってもいいと思って弾いた」とか「体調は最悪だった」というような話をする人が少なくなく、それも聞いたのは一度や二度ではない気がします。

世界的な演奏家でも、名演の陰には、意外にも飛行機が大幅に遅れて、さらに道が渋滞して、開演直前に会場にすべり込んでぶっつけでコンチェルトに挑み、それがすごい名演だったとかいうのが現実にありますし、チェリストのヨーヨー・マがあるドキュメント番組でこれまでの最良の演奏は何か?という問いついて、いついつどこで演奏したバッハの無伴奏チェロ組曲だと答えました。ところがそのときの体調と来たら最悪で、かなりの高熱の中で行った最悪コンディションでの演奏だったというのです。
本人は『最悪のコンディションで行う演奏が、必ずしも最悪の演奏ではないのが不思議だ』というような意味のことを言っていた覚えがあります。

これはある程度納得が出来る話です。
もちろんいずれも練習がきちんと出来ているというのが大前提ですが、その上で恐れるべきは本番での緊張です。マロニエ君は専門家でもなんでもないので科学的なことはわかりませんが、緊張というものは、音楽の場合でいうなら、「音楽以外のことが気になり、心配し、押しつぶされそうになる」ことだと思います。

それが病気となると、条件的には最も恐れていたことが現実になって狼狽し、本人は本来の力が出ないであろう悲劇の真っ只中にあります。すると、なんとか奮闘して、少しでも本来の演奏が出来るように残された力を振りぼって挽回しようと努めるのでしょう。
こうなると一回の演奏にのみ全身全霊が注ぎ込まれ、あとの体調のことなどもう知ったことではありません。

もうお気づきかも知れませんが、この状態がつまり最も純粋に音楽のこと、演奏のことに集中し、緊張の原因であるところの音楽以外のことを気にして心配する余裕がないものだから、結果的に雑念から解放されている状態なのだろうと思います。
そうなると人間の体というのは火事場の馬鹿力といわれるように、一時的にはどうにでもパワーを補給する高度なシステムをもっているように思うのです。

これに少し通じることかもしれませんが、演奏家のコンサートの前日や直前の時間の過ごし方というのは実に様々で、もちろん万事遺漏なく整えて本番に挑む人もいれば、あえて普通と何も変わらない生活パターンで過ごす人もいるようですし、中には却って普通以上に遊びに行ったり夜更かしをしたりするというタイプもいると聞きます。
この最後のパターンは、意識のどこかに多少の乱れがあったほうが却ってそれを補充し収束させようとする力が働いて、演奏には好ましいと思っているのかもしれません。

いずれにしても、音楽という一発勝負の、いわば崖っぷちを歩くような危険行為に挑むわけですから、あまりにも完璧に準備しすぎることのほうが寧ろバランスが悪くなるという性質をもっているのかもしれません。
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緊張緩和

ピアノ演奏に関する本を読んでいると、おもしろいことが書いてありました。

ステージに上がる、あるいは人前でピアノを弾くときに緊張するのはマロニエ君のみならず、多くの人が体験されていることだと思いますが、この緊張という名の魔物は最悪の場合、せっかく練習で仕上げた演奏が本番では崩壊し、その力の半分も披露できないままメチャメチャになるという、努力が水泡に帰すことに繋がります。

緊張は精神のみならず、体の機能にも直接悪影響を与えるので上手くいかなくなるのだそうです。
まず緊張によって体そのものが硬直して動きが鈍り、血行が悪くなり、自宅では考えられないようなミスに繋がっていくようです。具体的には、途中で止まってしまう、暗譜を忘れてしまう、想像を絶するような甚だしいミスを犯す、曲が途中で飛んでしまうなどの「演奏事故」が起こるものです。

最近はスポーツの分野でも、本番での緊張に関する研究が進んでいるらしく、メンタルトレーニングの重要性が広く流布されているそうです。
それもそのはず、フィギュアスケートのジャンプなど、その技術を習得するだけでも並大抵ではないはずですが、それを衆人環視の本番で確実に決めなくてはなんの意味もないわけで、本番に強くなるという訓練も相当に重要だろうと思います。

この本に書かれているピアノ演奏上の対策は、ごく一般的なことではありましたが、対策として関連した3つの方法が紹介されていました。
1つめはどんな体操でもいいから本番の直前に柔軟体操をするというもの。全身がうまくストレッチされると気分が良くなり、血行が良くなり、リラックスできるとか。
2つめは諸事情で直前の柔軟体操ができそうにもない状況では、体中に力を筋肉を緊張させ、その後一気に力を抜くというのを数回繰り返すと、緊張した筋肉部分の血行が良くなる。肩を上げた状態で20〜30秒保って一気に力を抜くと、肩こりも取れるしとても効果的だとか。
3つめは大きく息を吸って、しばらく止めてから一気に息を吐くということを数回繰り返す。あまり急いでやってはいけない。あくまでもゆっくりやること。

このほかには精神安定剤を服用というのもひとつの方法としてありました。
知り合いの医師によると、最近の安定剤はとてもよくできていて副作用もなく、べつに精神疾患でなくとも、あがり性の人が会議の前とか結婚式のスピーチの前などにポンと一錠飲むという、至って手軽な服用の仕方をする人も最近は非常に多いのだそうです。

ついでながら、この本でも紹介されていることですが、大半の人が人前でのピアノ演奏に緊張を覚える中、「緊張しない人」というのも少数は存在するらしく、その特徴は「人に注目されるのが好きな人」なんだそうです。こういう人は緊張というよりも、むしろ至福の時なのでしょう。
咄嗟にいくつかの顔が脳裏に浮かび、なるほどなあと納得して、思わず笑ってしまいました。

いやはや、マロニエ君からみればこんな人は、ほとんど外国人にも匹敵する異人種のようで、その精神構造の違いたるや驚くばかりですが、一面においては羨ましいのも事実です。
緊張するのも快感に酔いしれるのも、根拠や実体があるものではなく、要は本人の認識の問題ですからね。
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十人十色

やれやれ、無事にピアノサークルが終わりました。
とりあえず途中で止まらずに弾けただけでも良しとしたいところです。

いつもながら皆さんの演奏を聴いていると、弾く人によって一台のピアノから様々な音色や表現が出てくるのは実に興味深いところでした。
プロの演奏家のコンサートでは、(グループ演奏会などは別として)演奏者が入れ替わることは通常はないので、こんな聴き較べはできませんが、本当にひとりひとり音が違うのは、いつも聴くたびにおもしろいもんだなあと思ってしまいますし、いまさらのように美しい音色を響かせることは容易なことではないと思います。
強いて言うなら、より難曲に挑戦する人のほうが純粋な音色に対するこだわりは少ないかもしれません。

会場のピアノはヤマハのC3で、これは非常にポピュラーなピアノですし、どうかするとヤマハは「誰が弾いても同じ音がする」などといわれますが、そのヤマハをもってしても全然ちがいます。
明確で肉づきのある音を出す人、やわらかな印象画家の色彩のような音を出す人、強い打楽器的な音の人など十人十色とはこのことでしょうか。

れっきとした表現行為のひとつである音楽は、当然ながらそれぞれの人柄やいろいろなものが色濃く反映されてくるので、奏者が入れ替わり立ち替わり弾くピアノを聴くというのは、飽くことのない独特のおもしろさがあるもんだとあらためて思いました。
もちろんその中には自分も弾くという試練もありますが、それでも他では得られない魅力があるわけです。

いまだに緊張がなくなることはないものの、それでも一年以上ピアノサークルに参加し続けてみて、いま振り返ってみると、はじめの頃のような極度の緊張でほとんど窒息しそうな頃を思い出せば、さすがにほんの少しだけ慣れてきたようにも思われなくもありません。
もちろん、とても「慣れてきた」などという言葉を使えるようなレベルではまったくありませんが、それでも一年前の自分にくらべたら、ほんの少しは鍛えられたようにも思います。
マロニエ君みたいなどうしようもない性格でも、否応なしに鍛えられれば、たとえわずか数ミリでも差が生じるということに、自分でも驚いています。

だからなんなんだ?といわれればそれまでですが、やはりささやかでも何かに挑戦するということは意義深いことだと思い知ったこの一年強でした。

それ以上に皆さんとお会いして親交を深めることはなによりも楽しく有意義なことで、懇親会もレストランのライトが落ちるまで大いに盛り上がりましたし、さらに数名で二次会へと発展して、家に帰り着いたのは1時を大幅に過ぎてしまっていました。

時間が経てば経つほど話題は深まり、いよいよ色彩を放って、夜がふけるのも忘れます。
会話というのは面白いもので、雑談のキャッチボールをする絶好のサイズはどうやら3〜4人というところのようで、懇親会の席でも、そういう単位の中で次々に参加者の顔ぶれや組み合わせが変わっていたのはその表れのような気がします。
二次会ではいよいよ話は熱を帯びるばかりで、放っておけばいつまで続いたか知れたものじゃありません。
一人の方が翌朝6時半起床ということで、ようやく席を立って帰宅したところです。
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ついに当日

ついに満足な練習もできずにピアノサークル当日を迎えました。

まあこれがいつものことですから、取り立てて問題にするようなことではないのですが、やはりきちんと練習する習慣と、その実行力があればどんなにいいだろう…などと思うだけは思います。
しかし、いまさら自分を変えられるはずもなく、そんなできもしないことをグダグダ思ってみたところでどうにもなりません。

ピアノの練習で他の人(もちろんレベルの高くないアマチュアの話として)でまずはじめに感心するのは、ひとつの曲をずっと練習し続ける根気というのがみなさんおありのようで、その点からしてああ自分はダメだ!と思ってしまうわけです。

マロニエ君にとってはひとつの曲だけをずっと続けて練習するというのも難儀で、すぐにあちこちに脱線してしまいます。
ちゃんと弾けてそうなるならまだいいでしょうが、できないクセにそうなるから困るのです。
集中力に欠けるというかなんというか、要は性格でしょうけれど、なまじ曲だけはわりに良く知っているものだから、たとえばショパンのなにか一曲をさらっているとするとそれひとつに集中することができず、ついついその前後の曲まで弾いてみたくなったり、或いは同じ調性の別の曲、あるいは同時代の別作品などに流れていったりして、そんなことをだらだらしているものだから、気が付いたときには肝心の練習はできずじまいで終わったりの繰り返しなわけです。
ピアノの周りに楽譜をたくさん積み上げているのもいけないのかもしれません。

楽譜といえば、ひとつだけ、これは別に自分が正しいという意味でいうわけではありませんが、ピアノサークルで目につくのは、楽譜がどちらかというとコピーであったり、ピアノピースであったりする場合がかなり多く、一冊の楽譜として使っておられる方のほうが少数派だということです。

話の中にもそういう印象があり、自分が練習する曲だけを買うなり安易にコピーするなりしてすませるのは、たしかに簡単で、安上がりで、場所も取らず、持ち運びも軽くて便利で、メリットは多いのかもしれませんが、本来的な言い方をすると、楽譜は半永久的に繰り返し使うものなので、ピアノを趣味として弾いていく以上、楽譜はある程度まとまった形で持っておいたほうが良いと思うのです。

たとえばベートーヴェンのソナタのどれかを弾くとして、とくにそれが有名曲であれば、その一曲だけをピースで買えば事足りるということかもしれませんが、それをソナタ全集の楽譜で持っていれば、前後にどんな作品があったかを知ることも弾いてみることもできるわけで、その作曲家に対する興味や認識もはるかに深まるはずです。
将来また別のソナタを弾くかもしれませんし、とにかく楽譜は折に触れて揃えていたほうがいいと思います。

…話が逸れました。
そんなことより自分のことですが、もうこれ以上は練習しません。
というのも、なまじっか練習が未完なものをあわてて練習名目で触りちらすと、かろうじて形になっていた部分まで、修正の余波を被って崩れてしまう可能性さえあるので、却って危険かもしれないからです。
怠け者には怠け者なりの理屈があるものですね。指使いも間違っているもの、あるいはよりよい運指を思いついたとしても、いまさら本番でパッと実践できるだけの腕も時間もなく、まあそれなりの状態で挑まざるを得ません。

はてさてどんなことに相成ることやらトホホですが、皆さんに会えて、楽しい時間が過ごせればそれがなによりということです。
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明日はピアノサークル

まだ先だと思っていたピアノサークルの定例会がどんどん近づき、ついに明日になりました。
今回も小品を一曲弾くつもりにしていますが、やはり緊張の前倒しというか、やはりどこかに憂鬱な意識があって、それが終わることに目下の目標があるような気分であることは否めません。

人前演奏が苦手で、昨年はとうとう苦痛の域まで達したためにいちど見学参加したことがありました。
自分が弾かなくて良いというのは、それはもう確かに気楽で、表向きはのびのびと快適に過ごすことができました。
しかし、ではそれで心底楽しめたのかといえば、それはどうも微妙でした。

人が次々にピアノを弾いているところを見ていると、やっぱり自分も弾きたくなってくる条件反射みたいなものが間違いなく自分の心の内にあるらしいことにも少し気が付きました。
まあ、テレビで美味しいものの番組などやっていると、思わずお腹が空くようなものでしょう。

「人前では弾きたくないが、ピアノそれ自体は触発されて弾きたくなってくる」というわけです。
それとピアノサークルに参加するということは、たとえ毎回必ずではなくていいから、やはり自分も演奏参加してこそ、こうした集まりに名を連ねる根本的な意義があるような気がします。
上手くは言えませんが、やはり一度はピアノの前に進み出て、同じ苦楽を共にするということにでもなるのでしょうか?

そういうことを考えるようになって前回からまた少し弾くようになり、今回も定例会を目前に緊張を増しているところです。
そのかわり、できるだけ自分に負担が少なくてすむような曲にはなると思いますが、まあそれがどんなに短い一曲であってもいいので、弾くと弾かないとでは、そこに大きな差があるような気がしてきたのです。

そこで、この数日は暇を見つけては練習をしているのですが、人前で弾くと思うと、小品だろうがなんだろうが、一度たりとも満足に弾けないのにはほとほと自分でも参ります。
これじゃあ本番で上手くいくわけがありませんが、まあそれならそれで仕方がないですし、べつにここで前もって言い訳をしておこうというような、そんな魂胆ではありません。

今の心情と事実をありのままに書いているだけですが、とにかくピアノサークルに入ったことで、これまでのように自分一人で楽しむだけなら絶対しなかったであろう種類の練習も否応なしにするようになり、それだけでも自分なりに大変プラスになったとは思いますから、その一点をとってもサークルへの参加は意味があることだったといまさらのように振り返っているところです。
いまさらながら思い知ったのは、そこそこ弾いて放置するのと、あと一歩二歩踏み込んで仕上げに持っていくのとでは、大変な違いがあるということでしょうか。

それと、ピアノサークルを通じて新しい友人知人ができたことは、もちろん最大の収穫ですが、悲しいかな私と同年代の方は少なく、大多数が下の世代になるので、できるだけみなさんのお邪魔をしないよう控え目を心がけないとと思っているところです。

嬉しいのは、最近は懇親会の食事の質が上がってきているようなので、食べること第一のマロニエ君にとってはそこがまた大きなポイントになりかけているところです。
いささか浅ましいようですが、でもしかし、飲み食いが楽しくなきゃ本物じゃありませんからね。
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個人ホール

今日は珍しいコンサートに行きました。
ヤマハでチラシを見て興味を覚え、赴いたピアノのコンサートです。
内容は大分出身という知らないピアニストのリサイタル。

そもそも何に惹かれたかというと、その会場でした。
南区にあるという「みのりの杜ホール」というこれまで一度も見たことも聞いたこともない会場なので、チケットも安かったし、どんなところか見物がてら行ってみることにしました。
あらかじめ主催者に電話で問い合わせをしたところによると、なんでも会場は個人の自宅の別棟に作られたホールとのことで、ますます興味が湧いてきて、普通だったらプライベートホールをただ拝見というわけにもいきませんが、公に発表されたコンサートであれば何憚ることなく行くことが出来ますから。

市の中心部からやや南に位置する場所にあるそこは、カーナビがなければちょっとわからないような入り組んだ住宅街の中で、なるほど大きな敷地のお宅のようです。
駐車場もあるのでそこに車を置かせてもらって、まるでよそのお宅に入るような感じで玄関を入ると間違いなくそこは今夜開かれるコンサートの会場でした。

玄関を入ると、美しい木の感触のある会場が奥にあり、中へ入ると床はきれいなフローリング。椅子がピアノのほうへ向けてずらりと並べられていますが、思った以上に立派なところでした。
しかもピアノはハンブルク・スタインウェイのD型であるのに二度ビックリ。

場所が不慣れな上に、18時半開演ということで、夕方のラッシュアワーになる可能性もあるので早めに出かけたところ、予定よりも少し早く到着し、まだお客さんはまばらでした。
そのスタインウェイはとてもきれいなピアノで、開演前にちょっと拝見したところ20年ぐらい前のもののようで、フレームには野島稔氏のサインなどがありました。

個人でこんな空間を作って、オーナーは人知れず音楽家を招いては楽しんでいらっしゃるのでしょうか。
見たところ50人ぐらいは収容できそうな感じでした。

前半はコントルダンス、ノクターン、マズルカ、バラードなどショパンが弾かれ、後半はドビュッシーの数曲を経て、武満の雨の樹素描II、メシアンの幼子イエスにそそぐ20の眼差しから第20曲「愛の教会の眼差し」が演奏されました。
とくに演奏に感想はありませんが、この夜一番の聴きものはメシアンであったのは論を待たないと思われます。
音楽を通してまさに宗教の一場面に立ち会っているかのようで、これ一曲でも聴けて良かったと思いました。

ピアノに関しては感じるところはありましたが、公開された有料のコンサートとはいえ、個人の持ち物である可能性を考えるなら、やはりあれこれと印象を述べるのは遠慮しておきます。

演奏がすべて終了して帰ろうと席を立ったとき、一人の方からふいに話しかけられました。
見るとピアノサークルのメンバーの方で、長らく参加されていなかった方の姿がそこにありましたが、マロニエ君の姿を見つけてお声をかけてくださったようでした。
この方はピアノもお上手ですが、とてもおもしろいタロット占いをされるので、またぜひ占いを見せてくださいとリクエストしておきました。
この日はお勤め先の方と来られていたようですが、全体的な客層はみなさんなんらかの繋がりのある方ばかりが大半を占めているという、マイナーコンサート特有のいかにもな感じでした。

それにしても、今日はめったにない体験が出来ました。
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クローンみたいな他人

世の中には、赤の他人でもまるで双子のように似ている人がいるというのを知ったのは、ピアノニストの小菅優さんをはじめて見たときからでした。
マロニエ君の友人に小菅優さんと瓜二つの女性がいて、その昔、彼女は同じ仲間内のクラブ員でした。

折あれば良く顔を合わせる人だったので、彼女の顔はよくよくインプットされているのですが、とにかくその彼女と小菅優さんとは気味が悪いほどそっくりなのです。

友人のほうは既に結婚して子供もできたので、以前のようにしばしば顔を合わせる機会はなくなりましたが、CD店などに行ってふいに小菅優さんの顔写真のついたジャケットをみると、それだけでいまだにギョッとさせられます。
顔はもちろん、大まかな体つきとか、醸し出す雰囲気までそっくりなので、一瞬その友人本人がCDを出しているように見えるのです。

もっともその人はピアノはまったく弾けません。
でももし「実は双子の姉妹がいて、彼女はピアニスト」と言われれば、すぐに信用したでしょう。
彼女は三人姉妹の末っ子で、上の二人のお姉さんにも会ったことがありますが、なんのなんの小菅優にくらべたらまったく他人ほどの顔をしています。
さて、マロニエ君はいつもNHKのクラシック倶楽部という番組を録画しているので、時間のあるときによく見るのですが、近ごろその中に樫本大進・川本嘉子・趙静・小菅優によるピアノ四重奏演奏会というのがありました。

普通だと写真で似ているように見えても、動く姿などを見ていればその違いがだんだんはっきりしてくるものですが、小菅優さんに限っては、まったくそういう段階に押し出されるということがありません。
今回もまた、あらためて映像を見てみて、やはりこの似かたはただ事ではないと思いました。

昔から、世の中には自分とそっくりな人が3人(でしたか?)いる、などといわれますが、もし自分とこれほどそっくりな人がいたとしたら、マロニエ君はとてもじゃないですが気持ち悪くてかないませんから、まちがっても会いたくはありませんね。

ところで、小菅優さんは、その演奏する姿がいつも情熱的で、音楽にノリノリのような激しい燃焼感を伴っているように見えるわりには、音がいつもくぐもっていて不思議というか、もうひとつはっきりした音が出ないピアニストのように感じていましたが、今回の映像でも同様の印象を受けました。
カーネギーホールのライブや小沢征爾とのメンデルスゾーンのコンチェルトを入れたCDも買いましたが、やはり音がモコモコしていて、ふわふわに柔らかいハンマーで鳴らしているピアノのような感じです。
柔らかいだけなら結構ですが、明らかに鳴らないのはストレスです。

よほど非力な人なんだろうかとも思いますが…とてもそういうふうにも見えませんし、なんだかとっても不思議なピアニストです。
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アヴデーエヴァが使うピアノ

最新の音楽の友誌によると、アヴデーエヴァの初来日の様子がグラビアで紹介されていました。

12月4/5日に行われたNHK交響楽団との共演については大変な褒め方で、以前ならこういう文章は違和感を覚えたはずですが、最近ではすっかり醒めて捉えるようになりました。音楽の友といえば日本で最も有名なクラシックの音楽雑誌ですが、それ以前に多くの広告などを背負った商業誌なのですから、カラーで紹介される巻頭記事は事実がどうであれ肯定的なものでなくてはならないということでしょうか…。

しかし、何事もこういう感じに素人が業界事情を察したような見方をしなくてはいけないことは、世の中の傾向としては好ましいこととは思いませんし、テレビのインタビューなどでもこうした言い方を事情通ぶって展開する一般人が増えたように思います。
こういう現実にだんだん馴れてきたマロニエ君ですが、さらにそこには意外な事実がありました。

NHK交響楽団との共演でアヴデーエヴァがスタインウェイを弾いた事情については、ブログの読者の方からコメントで「NHKホールはピアノの持ち込み使用ができないから」という、まことに不可思議な不文律があるためということを教えていただきました。NHKというのは一種独特の組織なので或いはそういうこともあるのでしょう。

ところが、急遽リサイタルが決定したらしく、12月8日、会場は東京オペラシティのコンサートホールで行われたようですが、そのリサイタルの写真を見ると、なんと、またしてもCFXではなくスタインウェイを弾いているのです。
まさか東京オペラシティまでピアノの持ち込みができないとも思えませんので、何があったのか考え込んでしまいましたが、これ以上は想像ですから遠慮します。

そもそもホールのピアノにまつわるルールというのは、ホールの備品であるピアノは専属の調律師以外には触らせない、あるいはピアニストが自分の好む調律師を希望する場合は調律のみでアクションその他には一切手をつけず、場合によっては専属調律師が立ち合いをする(変なことをしないように目を光らせている)という、まことに厳しいルールがありますが、しかしピアノそのものの持ち込みができないというのは普通ありません。

ホールのピアノ管理については上記のような業界事情から、こだわりのあるピアニストや技術者は自分のピアノを準備して、それを全国どこへでも運んでコンサートをやっているという少数派も中にはいるわけです。これならホールの楽器ではないのですから、誰が調整しようがホール側は口出しできませんし、そもそもホールは基本的にホールという場所と空間を時間貸しするのが商売なのであって、楽器の持ち込みなどには関与しない(できない)のが普通です。
こういうことを前提に考えても、アヴデーエヴァがなぜリサイタル(NHKホールではない会場)でもCFXを弾かなかったのかということについては、マロニエ君は業界人でもなんでもないのでまったくわかりません。
ただ、ひとつ不思議に思っていたのは、ショパンコンクールが終わった後も、ヤマハはCFXの広告にヤマハ演奏者が優勝という事実をひとことも伝えてきませんので、これはまたずいぶんと控えめなことだと思っていました。
むしろ「それしきのことでは騒がないよ」というお高くとまった沈黙のメッセージかとも思っていましたが、かつてリヒテルが存命中は何かと言えばリヒテルリヒテルと、うんざりするほど広告でそれを謳っていたころを思い出すとずいぶんな変わり様だと思っていたところでしたが…。

その音楽の友最新号には、中ほどにCFXに関する記事もありましたが、開発者の談によれば支柱から響板の強度を増して響きを重視、フレームも新設計ということにくわえて、従来のものより柔らかいハンマーを使っているとありました。これはまったく頷けることで、CFXはピアノが良く鳴るのに音がふくよかという一大特徴があると感じていました。

これはピアノ設計としては理想形であって、その逆、つまり鳴らない楽器を固いハンマーでカリカリと鳴らすのはまったくいただけないやり方です。ピアノに限った話ではありませんが、楽器というものはまずもって本体が楽々と鳴るという事、これに勝るものはありません。
またコンサートでCFXを聴いてみたものです。
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落ち葉焚き

我が家はとくに広い庭があるわけでもないのに、夏は草戦争、冬は落ち葉戦争が繰り広げられます。
大阪冬の陣/夏の陣は一回きりですが、我が家の庭戦争は毎年やっていますが、まだ片が付きません。

以前も書きましたが、マロニエ君の自宅は周囲の落ち葉が不思議に集まってくる落ち葉屋敷みたいなもので、そのうち自分の家の植木が落とす枯葉は果たして何割あるでしょうか?
全体の優に半分以上はよそから来る落ち葉であることは言うまでもありません。

毎日毎日この落ち葉が貯まりに貯まって、ちょっと油断すると45Lのポリ袋はものすごい数に達します。
これをいちいちゴミに出していたら、ゴミ袋代だけでもいくらかかるかわかったものじゃありませんし、なにしろ毎日のことですからその労力も大変なものになるわけです。

そこで福岡市は焚き火が原則禁止ではなく、「周囲に迷惑をかけたときのみ止めるよう指導」のようなので、ときどき落ち葉焚きをやっています。
昨年末から年明けにかけて天気が悪かったために、なかなかこれが出来ませんでしたが、昨日はようやく実行することができました。

亡くなった父が焚き火が好きで、僅かな火種から盛大に火をおこすのが得意で、ペットボトルなどを入れると良く燃えるなどと得意げに言っていましたが、今はさすがにご時世でそういうことはできなくなりました。
もちろん落ち葉と少しの紙以外は一切燃やしません。

しかし多少は父の技を受け継いだのか、いつも少しのチラシなどをから難なく落ち葉を赤く燃やすことができています(自慢じゃありませんが)。
マロニエ君が火をおこして燃やすのが担当、家人が次から次に裏から落ち葉の詰まった大きな袋をゆっさゆっさと持ってきますが、その数も大変なもので、昨日だけでもおそらく20ぐらいはあったように思います。
これに引き抜いたばかりの草などが混じっていると水分を含んでいるので燃えにくく、嫌な煙が出ますが、枯葉だけならパリパリと至って快調に燃えていきます。

我が家の場合、焚き火には夥しい量の落ち葉を焼却処分するという実用的な目的があるわけですが、ささやかな副産物もあって、とくにこの寒さの中で、体が焚き火に当たるのはとても心地よく、なんともいえない風情があるものです。
いやに年よりじみたことを言うようですが、現代の子供はこういう体験を一切しないまま成長していく子も少なくないのかと思うと、理屈でなく気の毒になります。

「こういう体験」というのには実はもうひとつ理由があって、落ち葉が燃え尽きた灰の山にアルミホイルに包んだサツマイモも入れるのがマロニエ君の楽しみで、普通サイズのものなら一時間も入れておけば、それはもう見事な焼き芋が出来上がります。
皮には一切焦げ目がないのに、中は芯の芯まで火のように熱くなっていて、まさにふっくらあつあつとはこのこと。その美味しさといったらありません!
これにバターを付けて2個でも食べようものなら、晩御飯も要らないくらい保ちの良い満腹が得られます。

これを食べると、まるで日ごろから迷惑をかけられっぱなしの落ち葉からの、せめてもの御礼のような気がします。
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あらし

例年にない寒波が続くこのところの天候ですが、その中でも昨日の夜(2011.1.15)の寒さは一段と厳しいものがありました。

そんな夜、予定があって出かけたのですが、気温はほぼ0度に近く、おまけに方向の定まらない風がふくものだから寒さは倍増です。どう考えてもおよそ九州地方の天候とも思えない猛烈な寒さと荒れた天候です。

友人を迎えに行って、それから西に向かって都市高速に乗りましたが、これが失敗でした。
突風は都市高速のような遮蔽物の少ない道路になると一層強烈で、下の道の何倍もの威力で轟然と吹き荒れていました。そのたびに車体は右に左に風の圧力を受けて、真っ直ぐ走るだけでもめっぽう大変です。
その頃になって気が付きましたが、このお天気ですから、まわりもほとんど車がなく、ほぼ貸切状態でした。

普通なら喜ぶところですが、さすがにあの強烈な突風で、しかもどっちから吹いてくるかもわからない嵐のような状態ですから一気に心細くなってしまいました。
風というのは通過するときにはものすごい音がして、そのたびに車があっちにこっちに流されて、はじめは笑っていましたが、だんだん恐くなりやたら緊張させられます。しかもその突風の中に白い粉雪が混ざっていて、ライトの先に荒れ狂う様が見えるので、まさに恐怖映画の真っ只中という迫力じゅうぶんです。

普段なら都市高速に入ればそれなりのドライブを楽しむマロニエ君ですが、この日ばかりはゆっくりゆっくり前に進むだけでも精一杯でした。途中で降りることも考えなくはなかったのですが、なんとか行けるかもという甘い期待もあってなんとか走り続けると、次第に海が近くなり、天神を超えると荒津大橋(ハープ橋)があることを思い出しました。
ここは福岡の都市高速の中でも最も高い位置で、路面は地上40mに達し、おそらくビルの10階以上はあるはずです。しかも右は博多湾で周囲は何もない正真正銘の吹きさらしときていますから、ただでさえ強すぎる突風も最高潮に達するはず!

ハープ橋へ至る最後の上りカーブあたりから風も一段と残忍さが増してきて、本当に車ごと飛ばされるのではないかとこの瞬間は思いました。天神で降りておけばよかったとも思いましたがどうすることも出来ず、このまま上って行くしかありません。
このハープ橋は、ずいぶん前にもオートバイが下に転落して死亡事故が起きていることも、そんなときには妙に思い出すものです。本当に飛ばされる可能性もあると感じたので、この時は右からの風だった為、万一の場合少しでも余地を残すべく、あえて右側の車線を走りましたが、荒れ狂う暴風の中、ハンドルにしがみついて息もつかず、なんとか無事に渡り終えました。

不思議なもので、この難所さえ通過すればあとは大丈夫という気になり、とうとう終点まで行きましたが、愛宕から先は防音壁などがあるので、比較的安全に行けたこともありました。
自分は走っておいてこんなことを言うのもなんですが、あのような日は都市高速は通行止めにすべきだと本気で思いました。とくにハープ橋の前後は危険度も著しく、ちょっと背の高いトラックなどは下手をすると木の葉のように飛ばされても不思議ではない状態でしたから。

帰りはもちろん都市高速はこりごりで、国道を走って帰りましたが、ある大学の官舎のある交差点でのこと。歩行者用信号は赤なのに、とつぜんこちらに向かって歩行者が闇の中から走り込んできて、咄嗟に急ブレーキと急ハンドルで間一髪避けることはできましたが、事故にならなくて本当にラッキーでした。
思わずカッときてクラクションを鳴らしましたが、見るとカバンを持ったやや年輩の男性で、逃げるように官舎の中へ入って行きましたので、おそらく大学の先生だろうと思います。
このとき外気は氷点下に達していましたから、寒さに耐えがたく赤信号を強行突破してでも早く自宅に帰りたかったとすれば心情としてはわかりますが、しかしとんでもない行動で、こんな嵐のようなときこそお互いに安全には普段以上に注意したいものです。

友人によると翌日は福岡ドームで「嵐」のコンサートがあるとかで、まさか前夜のこの天候はその前座なんではなかろうかと思いました。
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リスト弾き

考えてみればリストという作曲家ほど、わかりやすいようでわかりにくい、明解なようで難解な、最も通俗的なようでそうでもないところもある作曲家も珍しい気がします。

そんなリストですから生誕200年と言っても、やはりショパンのようなわけにはいかないのは明らかでしょう。

前回往年のリスト弾きの名前を挙げましたが、現在はだれもがあまりにもオールマイティなピアニストを目指すので、特定の時代や作曲家だけを得意とする○○弾きという人はほとんどいなくなったようですね。
リストと同じハンガリー出身のジョルジュ・シフラは超絶技巧をウリにするリスト弾きでしたし、リストの作品を広く世界に広めるには大きな貢献をした人です。でもこの人は超絶技巧をウリにしながらもとても純粋な心をもった人でもあったようで、ショパンなどにもそれなりの名演を残しています。
たしか晩年はまだ初期の頃のヤマハCFを愛奏していました。

リストと言えば強烈だったのは、ラザール・ベルマンの超絶技巧練習曲です。
リヒテルやギレリスでロシアピアノ界の圧倒的な凄さを見せつけられていたところへ、またぞろこんな怪物がいるのかと思わせたのが、人間業とは思えないベルマンのこのレコードでした。
こんな恐ろしいまでの腕を持ちながら、ほうぼうのレコード会社に自分を売り込むなど、大変な苦労をしたというのですから、当時のソ連の社会というのは想像を絶するきびしいものだったことがわかります。
西側へデビューしてからは来日もしましたが、思ったほどの盛り上がりはなかったように思います。

フランス・クリダはずいぶん前には頻繁に来日し、やたらめったらリストを弾いていたような記憶がありますが、その後はなぜかステージからはパッタリと姿を消してしまったようです。
クリダのCDは一枚も持っていないので、ずいぶん前に買ってみようと思った時期があったのですが、どこをどう探しても見つかりませんでした。それが今年、リストの主要な作品全集ということで14枚組で発売されることになりましたので、これはぜひとも購入してみるつもりです。
たしかに、こういう普通なら絶対になかったであろう企画物が出てくるところは生誕・没後の年の面白味だろうと思います。

その最たるものは、レスリー・ハワードの演奏によるリストのピアノ作品全集で、これまで分売されていたものが、ついに99枚組!という恐ろしい数のセットとなって発売されることになったようです。
ハワードはこのリストの大全集を作ることをライフワークとしていたそうですが、まさに大願成就というところでしょうし、マロニエ君は全集というものを必ずしも双手をあげて賛成しているわけではないのですが、さすがにここまでくればまさに一大事業で、いやはや大したものだと思います。

これを購入するか否かは大いに悩む点です。
資料的な価値は唯一無二のものがあると思われますが、そもそもそれほど好きでもないリストですから、安くもないこんな強烈な全集を買っても聴き通す自信もないですし。
でも妙に気になる全集であることはたしかなので、もう少し検討してみようと思います。
こういうものは買うべき時に買っておかないと、絶版になったりするのもわかっていますから。
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リストの生誕200年

昨年のショパン/シューマンの生誕200年に続いて、2011年はリストのそれにあたるようです。

生誕200年や没後何年というのが音楽の本質にどれだけ意味のあるかどうかはともかく、少なくとも音楽ビジネスの世界ではそこにあれこれと理由付けをして企画が出来るという点では、いい節目になるのだろうと思われます。

しかし現実には昨年の生誕200年も注目の大半はショパンであって、シューマンはほとんど不当とも言えるほど陰にまわってしまったというか、ショパンの圧倒的な存在感の前ではさしものシューマンもなす術がなかったという感じでした。
シューマンの不幸はショパンというあまりにも眩しすぎるスターと生誕年が同年であったことにつきるわけで、これが一年でもずれていればまた違った結果になったという気がしなくもありません。
そういう意味で、リストは大物に喰われる心配はないようですが、ショパンの翌年ということで、少しはその余波が残っているのではないかと思われますし、リスト単独で注目を集めるほど現代人の意識にとって彼が大物かと言えばいささか疑問の余地も残ります。

リストはいうまでもなく、ロマン派のピアノレパートリーとしてはほぼ中心の一角をしめる音楽歴史上(とりわけピアノ音楽、演奏技巧、リサイタルの在り方、楽器の発達史など)の超大物ではああることは間違いありません。しかし一般的にモーツァルトやショパンに較べてどれだけの神通力があるかたいえば甚だ疑問です。
作品もピアノ曲だけでもまことに夥しい量ですが玉石混淆。

とくにリストの場合、その膨大な作品数に対して有名な曲はきわめて少数で、一般的に知られている作品はほとんど一割程度じゃないか…ぐらいに思います。これがショパンの場合は大半の作品が広く知られて親しまれているわけで、あまりにも対照的ですね。

実はマロニエ君自身も、リストはそれほど好きな作曲家ではなく、よく聴く曲はせいぜいCD4〜5枚に収まる範囲で、それ以外は何かのついでやよほど気が向かなければなかなか積極的に聴こうという意欲はわきません。
リサイタルの演目としては、後半などにリストを少し入れておくのはプログラムの華として効果的だとは思いますが、演目の中心になるような作品はソナタなど多くはないというのが実情のような気もします。
ごく一部の、例えばバラード第2番とかペトラルカのソネット、詩的で宗教的な調べ、超絶技巧練習曲のうちのいくつかなど(ほかにもありますが)、真に深い芸術性に溢れた、それを聞くことで深く心が慰められ真の喜びを与えられるような作品は一部だという印象はいまだに免れません。

これらの曲はしかし、いわゆるショパンの作品のように一般受けするような曲でもなく、有名なのはラ・カンパネラや愛の夢、メフィストワルツ、ハンガリー狂詩曲の2/6/12番、リゴレットパラフレーズ、ピアノ協奏曲第1番あたりではないでしょうか。

リスト弾きと言えば思い出すのは、ジョルジュ・シフラ、ホルヘ・ボレット、フランス・クリダなどですが、そのあたりのことは長くなりますので、また別の機会に書きます。
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クン付けサン付け

テレビなどでよく耳にすることですが、すでに若くして一芸に秀で、社会的にも認知された人物に対して、まわりの人間が自分のほうがただ年長というだけで、先輩ぶった上から目線の呼びかけ方やトークをするのは基本的に好きではありません。

もちろん長幼の序は儒教精神の大切な概念ですが、それを目的外に乱用悪用するのはどうかと思います。
もともとこの傾向の祖は、現東京都知事の石原慎太郎氏であったように思うのですが、自分の生年月日を根拠に小泉さんを現役総理の時代から「純ちゃんは…」とコメントし、彼はありとあらゆる政府の要人を「クン」呼ばわりします。

こういうちょっとした合法的無礼行為と悪習はあっという間に巷に広まり、スポーツ選手あがりの解説員などは、時代が違っただけで自分よりもはるかに上位のスター選手であっても、年長を盾にして上から「クン」付けで呼び始めました。

音楽の世界にもそれは伝染病のように広がり、多くの関係者などは(単なる雇われ人まで)わざとのように例えば「辻井クン」と彼を必要以上に目下扱いして、僅かでも一瞬でも自分が上に位置するという物言いをして快感を得ているように見えてしまいます。
マロニエ君のまわりでも留学帰りの若いピアニストなどを、大した仲でもないくせに「クン」で呼ぶ人のなんと多いことか! 相手が若くして立派になればなるほど、その人をクン付けで呼ぶことに、かすかな快感と復讐の念を働かせているようにしか見えません。
極めて偏狭かつ無教養が生み出す、いわば人間の狡猾な部分を見るようです。

とくに相手の親に対してまで本人をクン付けで呼ぶのは、端から見てるとただ単にその人が嫌な感じにしか見えないものですが、ご当人はまるで「まだまだ私から見ればただの若者としか捉えていないよ」「これっぽっちも恐れ入ってはいないんだよ」といういじわるなメッセージが込められているかのようです。
自分を大きく見せようという心理でクンづけで呼んでいるその人が、しかし却って心の狭いコンプレックスの塊のようにしか見えません。

テレビなどでも相手が大物だったり有名人だったりすればするほど、あえてクン付けで呼んでいるのは、自分が同等もしくはその上にいるんだとアピールしているようで、なんとも浅ましい人物にしか見えません。
クン付けでサマになるのは、せいぜい昔の学校の先生とか、同級生などでないとダメだと思います。

そうかと思うと、逆で驚くのは芸能界などです。
昔は俳優でも芸能人でも芸人でも、呼び捨てにするのは当たり前でした。
これは別に相手を見下しているわけではなく、有名人というものは一般人からみれば直接お付き合いする生きた人間関係の対象ではなく、ただ単に名前を覚えてそれを口にする、そういう単純なものでした。
したがって失礼でもなんでもない単なる慣習だったはずです。

それが今では誰でも彼でも不気味なほどサン付けで呼ばれるのが義務化されているようです。
芸能界は異常なほどお互いをサンもしくは年下の場合はクン/ちゃんで呼び合うことが慣習化され、その名がクイズの答えであっても決して手を抜かないその徹底ぶりは、まるで軍隊みたいです。

とくにお笑い芸人などはサンをつけたその時点でもはやお笑いではなくなります。
明石家さんまでもビートたけしでも、さんま、たけし、と言う対象であってはじめて笑えるのであって、いちいち「さんまさん」「たけしさん」では、笑ってやる気にもなれません。

ではよほど礼儀正しく丁寧なのかと思えば、皇室報道などではその言葉遣いの非礼で出鱈目なことなどは呆れるばかりです。

現代はなんでも平等の権利の建前だけを、状況や事柄に関わりなく振りかざす歪な時代で、もはやTPOもなく、日本語の絶妙のセンスなどは死に絶えたも同然な気がします。
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競争心?

昨日のブログを書いてみてふと思ったのですが、常日ごろ自分のあまり意識していなかった事実に気が付きました。

マロニエ君はつまらないことで憤慨することは多いものの、人との競争心はあまりなく、むしろ必要量さえも欠落しているというか、かなり弱い方だと思っています。
そのせいで人生も負け組に甘んじているわけで、人との競争心がエネルギーとなって何かに挑戦したり奮起しようというようなガッツに欠けるのは事実ですし、この「ぴあのピア」の立ち上がりが遅いのも、ひとつにはそのせいだろうとも思っています。

でも、そんな自分にもやっぱり競争心というのは探せばあるようで、それが自分の職業とか人生設計、せめてピアノとかならまだ良かったのですが、そっちはからきしダメでかけらもありません。
では、何に対して競争心があるのかというと、ほとんどバカバカしいとしか言いようのない駐車場の場所取りとか、出入口のちょっとした順番みたいなものにはこれがあることにハッと気付き、そういう自分を認識できたことは思いがけないことでした。
むろん、つくづくバカで幼児性だなあと思いますが。

考えてみると車の多い駐車場などに行くと、条件反射的に俄然自分が燃えてきているのが、静かに振り返ってみたらわかりましたし、やみくもに頑張ろうとする自分をそこに見出すことができるのは、大いなる発見でしたが、なんとも滑稽でもあります。
駐車スペースの場所取りなどは、ほとんど無意識のうちにこれを「戦い」だと思っていますし、それは他のことのように投げ出すことも避けることも、いち早くあきらめることもなく、一人前に社会参加して自分も互角に他者と戦っていることに気が付きました。

車の運転にもそういうところがあって、変な割り込みなどをされるとか前の車がトロい走り方をしていることに関しては、他の事のように寛容ではいられません。車線の多い道路では、いかに自分だけが賢く先まで見通しを立てて、車線を選びながらいち早く走り抜けることが出来るかを、必要以上にいつも情熱的に考えてしまいます。

その状態に突入したときの緊張と、上手くいったときの過剰な喜びは、そのなによりの証拠だと思います。
なぜそうなのかは自分でもさっぱりわかりませんが、きっと遺伝子の中にポロンと組み込まれているのだろうと思います。とはいっても両親共にまったくそういう性質ではないんですけどもね。

むかし「ハンドルを握ると人が変わる」という言葉がありましたが、もしかしたらその一種かもしれません。
だから、昨日のように一回の買い物で、駐車場内で二度おいしいことがあると、尋常ではない喜びを覚えるのでしょう。
たしかに似たようなことをマロニエ君ほど喜ぶ人は他はあまりいないようにも思えます。

まあ、競争心といえばまだいっぱしですが、ただ単に幼稚というだけの事かもしれませんが。
こんなくだらないことでも本人にしてみれば、自分の中で競争心がちゃんと機能しているということを知ったという点ではちょっと嬉しいのですが。
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くだらん満足

以前も書きましたが駐車場というのは、その気で眺めるといろんな光景を目にするもので、自分自身が一喜一憂することもあると同時に、そこに小さな人間模様が観察できて意外におもしろい場所とも言えそうです。

昨日も行きつけのスーパーに行くと、例によって駐車場も混み合っていましたが、入口から遠い場所以外はほぼびっしりと車が並んでいて空きがありません。
このところの寒さと時おり降る雨ですから、みんな遠くへ置いて歩くのはイヤなのでしょうし、むろんマロニエ君も同じです。

ちょうど今にも出そうな車が目に止まり、見ると助手席の女性は準備万端整っているようですが、運転席の男性がもぞもぞしています。こちらが待っているのがわかったようで、案の定ぐずぐずパフォが始まりました。助手席の女性のほうがむしろこちらを気にかけてくれているようでした。

やたらゆったりした動きで、やっとシートベルトを着けましたが、なんのなんの、まだ動きそうにはありません。引っぱるだけ引っぱっているというあからさまな意志が伝わってくるようで、ああまたか…と思っていると、5台ぐらい先の車がスルリと出ていきました。
そっちのほうが入口は近いし、やったぁ!とばかりに、一気にそこへ移動してサッサと車を止めました。

止め終わって車を降りようとする頃、さっきの車は動き出して前を通って出口のほうへ向かいましたが、まあこっちはより良い場所にありつけたわけで、えらく満足な気分です(子供ですね)。

さて、買い物が終わって、車に戻ろうとすると目の前をいきなり大きなワンボックスタイプのワゴンが逆走していきます。しかもマロニエ君の車の隣が空いており、そこを狙っているようでした。

ところがマロニエ君の車の隣のスペースは、たまたま後ろに植木がある関係で、奥行きが浅く、そこだけ「軽」と地面に書かれた軽自動車専用スペースなのですが、そこへその大きなワゴン車を突っ込むべく、ルール違反の逆走までしてきて必死のバック駐車が始まりました。
駐車場内は一般公道ではないものの、それでも逆走というのはちょっと怖いものがあります。
しかもなにしろ隣なので、その車のバック駐車が終わるまでこちらは助手席のドアも開けられずに寒い中をじっと待っていました。

しかしどう足掻いても軽の場所に大型ワゴンですから、フロント部分が大きくはみ出して、とてもこのままではマズかろうという感じです。すると出ていこうとするこちらの気配に気付いて、場所を一台右に移動しようと思ったらしく、運転席の女性は針のような目つきでこちらをチラチラ見はじめました。
逆走してきて、さんざん周りを待たせた上に、今度はこっちへ狙いを定めたようです。

まあマロニエ君にしてみれば自分の駐車場でもないし、そもそも勿体ぶって動かないのはすごくイヤなことだと普段から思っているので、早々に動き始めました。ちなみにここは右に出る方角の一方通行です。
右にハンドルを切りながら動き出すと、そのワゴン車の駐車が済むまで動けずに待っていたボルボのワゴンの運転者と目が合いました。マロニエ君には「俺がそこに置くから」という意思表示のように見えました。
こちらも瞬間的に了解した気になり、それを受けてなんとなく普通よりゆっくりした感じで駐車スペースから出たところ、ワゴンの女性が動くよりも先にそのボルボがスッとこちらへ前進してくるのがわかりました。

果たしてワゴンの逆走女性は、さっきとは逆に自分が今後は進路をふさがれて、めでたくそのボルボがマロニエ君の出た後に駐車すべくすみやかに駐車態勢をとりました。

このあと軽の場所からはみ出したワゴンがどうしたかは知りませんが、マロニエ君にしてみれば二度にわたっておもしろいタイミングに恵まれて、こういうくだらないことに大満足して家に帰りました。
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河村尚子

河村尚子さんは、おそらくいま日本で売り出し中の新人ピアニストという位置付けでしょう。
幼少期からドイツに渡り、ハノーファー音楽芸術大学に進み多数のコンクールに出場したとあるので、ずっとドイツで育ったということなんでしょうか。
何であったか忘れましたが、わりに評判がいいというような噂も聞こえてきていました。

昨年11月だったか福岡でもちょうどこの人のリサイタルがあり、できれば行ってみようかと迷っていたのですが、結局どうしても都合が付かずに聴けませんでした。

するといいタイミングにNHKの放送で、昨年紀尾井ホールで行われた河村尚子ピアノリサイタルが放映されました。曲はシューマンのクライスレリアーナ、ショパンの華麗な変奏曲など。

解釈はオーソドックスでその点ではすんなり聴くことができました。
直球勝負的な演奏で、今どきよくあるつまらない小細工や名演の寄せ集め的なことをしないところは好ましく思えましたが、表現の多様性に欠けるのことがクライスレリアーナの2曲目以降から明瞭になりました。とてもよく弾き込まれている感じは受けましたが、残念なことにこの曲に必要な幻想性や文学的な奥行き、あるいは抽象表現がなく、あくまでもひとつの楽曲としてのみ捉えられているように思います。

また、テクニック的には今どきのピアニストとしてはごく平均的なレベルにとどまるというか、強いていうならややこの点は弱いように思いました。ミスが多かった点はまだマロニエ君は許せるのですが、基本的なタッチコントロールが不十分で、シューマンの音楽に必要な立体交差するような響きがまったく表現できないことは、この人の最も大きな問題点のように感じられました。

ドイツでみっちり教育を受けているらしいこと、また、内的な表現をしようと努めているらしいのはわかるのですが、曲の表情や息づかいなどの解釈あるいは表現の要素となるものが、ごく単純な喜怒哀楽の入れ替わりのみで処理されていくのもやや浅薄な感じが否めません。
幅の広さを持った音楽家というよりは、いかにもピアノ一筋でやってきた人という狭さを感じてしまいます。

ステージマナーも外国仕込みといわれればそれまでですが、いかにも大振りで、本物の音楽家でございというちょっとふてぶてしいまでの表情や所作が気になるところ。べつに、いつもニコニコして両手を前で握って可愛らしくお辞儀…などとはまったく思いませんが、それにしてもニヤリと会場を睨め回すような目つきや、両手は肩の付け根からブラブラさせるような動きは、いささか日本人の仕草としてはマッチングが悪いようにも思いました。

なによりも、ピアノの女性独特の気合いの入り方と怖さがあって、ポスターのあのあどけない少女のような雰囲気とはまったく違う人のように見えました。
この河村さんに限らず、頻繁に使う写真が実際のイメージとはあまりにもかけ離れているのは、見る者にはひとつの印象を覆すものとなり、却ってマイナスではないかと思いますが。
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エストニア

エストニアという名のピアノをご存じでしょうか?
旧ソ連時代、ロシアでは最も代表的な自国のピアノで、連邦内の大半の音楽学校やコンサート会場ではこのピアノが広く使われているということは耳にしていましたし、現在でも世界中の多くのロシア大使館にはこのピアノが設置されているといわれています。
(ちなみに20年以上前、マロニエ君が東京の麻布台にあるソ連大使館で行われたコンサートに行ったときは、ピアノはエストニアでなくヤマハのCSでした。)

マロニエ君は長いことこのピアノのことをロシア製ピアノだと疑いもせずに思いこんでいましたが、エストニアはその名の通り、現在のエストニアで製造されるピアノで、国名がそのままピアノの名前にもなっているというわけです。そして旧西側世界ではほとんど馴染みのないメーカーでもあります。
旧ソ連時代はエストニアも連邦の中に組み込まれていたので、ソ連製ピアノという括りになっていましたが、ソ連崩壊以降、諸国には独立の気運が高まり、バルト三国のひとつであったエストニアも1991年に独立を果たし、現在では主権国家となっていますから、もはや「ロシアのピアノ」という捉え方はできなくなりました。

理屈はそうなのですが、マロニエ君はいまだに「エストニアはロシアのピアノ」というイメージがなかなか払拭できません。

そのエストニアが、まさか日本で販売されているなどとは夢にも思っていませんでしたが、なんと広島の浜松ピアノ社の手によって輸入販売されているということを知って大変驚きました。
これを知ったきっかけは、広島のある教会へ、このエストニアピアノのコンサートグランドを2台納品したということが、この店の社長のブログに書かれていることが目に止まったことでした。
教会にピアノというのはよくあることですが、それがコンサートグランドで、しかも2台で、おまけにメーカーがエストニアとくればいやが上にも興味を覚えずにはいられません。

さっそくお店に問い合わせをしたところ、社長直々にまことにご丁重なお返事をいただきました。
それによると、エストニアピアノの社長とは個人的にお知り合いなのだそうで、現在日本では唯一この浜松ピアノ社が輸入販売をしておられるらしく、店頭にも一台グランドが展示されているというのですから、これは非常に貴重で特筆すべきことでしょう。

エストニアのグランドは168、190、274の3種類という意外なほどシンプルな陣容ですが、価格もいわゆる高級輸入ピアノの約半額といったところのようですから、それほど高くはないようです(もちろん絶対額は高いですが)。
勝手な想像で、価格やその成り立ちなどから、好敵手はチェコのペトロフあたりだろうか…と思いますがどうなんでしょう。

マロニエ君は一度もこのピアノの実物を見たこともなければ、ましてや音を聴いたこともないので、はたしてどんなピアノか興味津々というところです。なにしろロシアで最も広く愛用されたピアノということで、その音色はやはりロシア的な重厚でロマンティックなものだろうかなどと想像をめぐらせてしまいます。
YouTubeでエストニアピアノの音を聞いた限りでは、音の伸びが良いのが印象的で、思ったよりも遙かにクセのない、良い意味での普遍性があって、誰もが受け容れられるとても美しい音色のピアノだと感じました。現代性とやわらかさを兼ね備えるという意味では新しいヤマハに通じるものがあるようにも感じましたが、なにしろYouTubeで聞いただけですから、あくまで大雑把な印象ですが。
ここでの比較で言うならペトロフのほうが野性的で、エストニアはより洗練された印象でした。

超絶技巧の第一人者として有名な名匠マルク・アンドレ・アムランは、コンサートや録音にはスタインウェイを使ういっぽうで、自宅のピアノとしてエストニアのコンサートグランドを購入したという話を以前聞いたことがありますから、やはりこのピアノならではの独特な個性や魅力があるのだろうと思われます。

それでなくても、旧ソ連のころからの伝統あるメーカーというのは、なんだかそれだけで謎めいていて、そそるものがあります。昔のロシアの巨匠達は皆、このピアノで腕を磨いて大成していったのかと思うと、あの偉大なロシアピアニズムを支えたピアノとして、とてつもないノスタルジーさえ感じてしまいます。
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征爾とユンディ

衛星ハイビジョン放送では過去の優れたドキュメント番組の再放送をしきりにやっていますが、『征爾とユンディ』というのは、以前見ていましたがもう一度見てみました。

テレビ番組といえども、読書と同じで、2度目には初回とはいくぶん違った印象を持つものです。
以前は見落としていたことや、制作者の意図がようやく理解できたりと、2度目は見る側にも余裕があるのでより細かい点まで目が行き届くようです。

この番組は、ユンディ・リがショパンコンクールに優勝して数年後、世界的な演奏活動も軌道に乗ってきたころ、小沢征爾の指揮するベルリンフィルと初共演をする数日間をドキュメントとして追ったもので、曲も難曲中の難曲として知られるプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番に挑みます。

しかし、番組構成の主軸はユンディのほうにあり、ベルリンフィルとのリハーサルの様子などを随所に織り込みながら、もっぱら彼の生い立ちなどが多く語られました。小さな頃はアコーディオンを習っていたのをピアノに転向し、しだいに才能を顕し、中国で一番という但昭義先生の指導を仰ぐようになってさらに才能を開かせたユンディは、ついに世界の大舞台ショパンコンクールの覇者にまで上り詰めます。

子供のころからの写真がたくさん出てきましたが、どれもなかなか可愛らしく、彼はピアノの才能もさることながら、小さい頃から中国人としてはかなりの器量良しであったようです。しかもランランのような、いかにもベタな中国人というよりは、どこか西欧的な繊細な雰囲気も漂わせたルックスである点も、国際的なステージ人としては強い武器になっていることでしょう。

ユンディの「出世」によって家族の生活は一変し、もともと化粧をしない中国人女性(最近は少しは変わってきているようですが)の中にあって、お母さんはえらく強めのメイク(まだ馴れていない様子)などをして服装もあれこれと今風にオシャレをしています。
祖父母のほうは見るからに中国の一般的な年輩者という感じでしたが、昔と違ってほとんど孫に会えなくなったと、海外を拠点に演奏旅行に明け暮れる遠い存在となったユンディのことを半ば戸惑いながら話しているのが印象的でした。

ベンツの最新のSクラスをユンディ自ら運転して、高級料理店に一家で赴き、きらめくような個室の席で一羽丸ごとの北京ダックを数人の給仕人のサービスによって切り分けられて、それを忙しくしゃべりながらむしゃむしゃ食べるシーンなどは、見るからに中国の富裕層のそれで、彼がいかにピアノという手段でそれを獲得し、家族までもその恩恵に与らせているかをまざまざと見るようでした。

ユンディがピアノのこけら落としをした北京の中国国家大劇院は途方もない建物で、こういう贅を尽くしたホールなども恐らくあちこちにできているいるのでしょう。なにしろ現在中国でピアノの練習に励む子供の数は、実に3000万人!!というのですから、いやはや恐るべき規模であることは間違いありません。
そりゃあ、ヤマハもカワイもスタインウェイも、多少のことは目をつむってでも中国へビジネスチャンスを求めるのは無理もないでしょうね。
そしてこういう希有な市場規模をもっているからこそ、経済至上主義の現在にあって、世界各国は中国に対して断固たる態度が取れないという困った問題を抱えているのだと思います。

いっぽう、ベルリンフィルハーモニー(ホール)で驚いたのは、スタインウェイのD(コンサートグランド)がウソみたいにごろごろあることでした。ピアノ選びということもあってかステージ上には4台、通路のようなところやちょっとした控え室みたいなところにもあちこちポンポン置いてあって、演奏者の個室にはB型ぐらいのがありました。

残念だったのはせっかくのベルリンフィルとの共演の場面が少しもまとまって見ることができなかった点で、いかにドキュメントとはいえ、やはり二人は音楽家なのですから、その本業の場面をちょっとぐらい(2〜3分でもいいので)落ち着いて見せて欲しいものです。
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